第14話長い車の中で
「ほんとに長い車ってあるんだね…」
私は今、千夜の長い車に乗って、ダンジョンに向かっている。
「一応言っておくと、上位探索者…特に、『英雄』や『勇者』は結構な確率で持ってるよ。それに、上位探索者が増えたことで、こういった車の需要も増えたから、そこまで珍しくないよ。」
「そうなんだ…じゃあ、この車の運転手とかの需要も上がったの?」
「そうだね。給料もそこそこ良いらしいし、隠れ人気職だと思うよ」
遠征に行くと言われると楽ではないだろうが、都内を回るだけなら多少は楽な仕事だろう。
しかし、気になる事もある。
「専属の運転手をつけるなら、別にこの車じゃなくても良くない?」
「そこは…まあ、ほら雰囲気ってやつで…」
「つまり、特に意味はないと…」
「そうだね…」
琴音の夢のない会話によって、車の中の空気が一気に重くなる。
(やばい…余計なこと言っちゃったな〜。はぁ…せっかく千夜の好意で乗せてもらってるのに、何してるんだろう、私)
余計なことを言って空気が重くなった事を、琴音は激しく後悔していた。
しかし、言ってしまったものは仕方ないので、琴音は別の話で空気を良くすることにした。
「私の行けそうなダンジョンってさ、どれくらいの難易度なの?」
「う〜ん…三年以上探索者を続けてる人とか、才能のある人が行くくらいの難易度かな。いくら琴音と言えど、一人で行ったら普通に死ぬと思うよ」
「それのどこが大丈夫なの?」
「私が見張ってるから?」
千夜の適当な返事に、琴音は溜息をつく。
そして、聞くんじゃなかったと後悔した。
千夜って、私が思ってるよりずっとヤバい奴なのかも…
じゃなきゃ、親友を死ぬかもしれない場所に連れてかないでしょ?
元暴走族の女総長の娘で、入学一ヶ月半で学校を止めた挙げ句、祖母から継いだ店にあったダンジョンに、未登録で入った私が言えたことじゃないけどさ。
「親友をそんな所に連れて行くのって、どうなの?」
「いや、琴音に頂きの高さを実感してほしくてね。言っとくけど、今向かってるダンジョンは、良くて下の上。中の下じゃなくて、下の上だから」
「?」
「まあ、行けばわかるよ。『百聞は一見にしかず』って言うでしょ?あれだよ、あれ」
千夜…知ってはいたけど、やっぱり適当だなぁ。
なんと言うか…適当と言うよりは、面倒くさがり?
でも、剣に関してはまったく手を抜かないんだよね〜
ちょっと、ストイック過ぎるんじゃないかな?
すると、運転席側の小窓が開く。
「神科様、目的地周辺です。降りる準備をされたほうがいいかと」
「わかった。ありがとね」
…カーナビみたいな言い方。
琴音はそんな下らない事を考えていたが、千夜は瞬間着脱を使って着替える。
『英雄候補者』なだけあって、いい装備を持っているようだ。
「知ってる?瞬間着脱の装備」
「流石に知ってるよ。本当に日曜の朝にやってそうな着替え方するよね」
千夜の装備は、袴…でいいのかな?
なんか、新選組みたいな格好してるね。
でも、The・サムライって感じでかっこいい。
すると、千夜がハッとした表情になり、空間収納の中からプレートアーマーを取り出す。
「はい、これ使って」
「プレートアーマー?こんな動きにくいの着るの?」
「いや、装備なしでダンジョンに潜るつもりだったの?杉並公園ならわかるけど、流石にここは無理だよ。さっ、大人しく着なさい」
千夜が無理矢理着させようとしてくるので、プレートアーマーを受け取って着る。
やはり、プレートアーマーが邪魔をして動き辛い。
それでも、琴音は少し体を動かしてこの状態に馴れようとする。
はぁ…やっぱりアーマーは動き辛い。
私も千夜みたいな服がほしい。
いや、持ってるけどさ、あれを着たら絶対怪しまれるでしょ。
登録したばかりの新人が、そんな凄い装備持ってたらおかしいもん。
だから、着れないんだよね〜
「あと、ガントレットと、ナイフも渡しておくね。これだけあれば、多分大丈夫だよ」
「命に関わる仕事で多分とか言わないでよ。不安になるじゃん」
「わかった。それだけあれば大丈夫だよ。これでいい?」
「…まあ、ちょっとウザかった事を除けば」
ん?今、こめかみがピクピク動かなかった?
千夜って、結構短気なのかな?
いや、あんな事言われたら、普通誰だって普通キレるか…
琴音は千夜からガントレットとナイフを受け取ると、色々と動かしてみる。
出来るだけ、何もつけてない状態に近い方がいい。
琴音は素のスペックが高いので、それに蓋をするような装備を嫌っている。
そのため、防御性能の高い服が好みだったりする。
「神科様、着きましたよ」
「ご苦労さま、帰りはまた呼ぶからここに来てね」
そう言って、千夜は車から降りる。
そして、琴音がドアに近付いた時に、パシャパシャとカメラのシャッター音が聞こえてきた。
それも、かなりの数の。
「マスコミ?」
「いや、一般人」
それは良かった。
マスゴミが張り込んでると考えると、虫酸が走る。
今までどれほどの人が、マスゴミの犠牲者になったか…
「琴音の心配するマスゴミは居ないから大丈夫。いたとしても、ぶん殴ればいいし」
そう言えば、千夜は前にしつこいマスゴミをぶん殴った事があるらしい。
多少問題になったけど、そのマスゴミは普段からラインギリギリの事をしていたので、マスゴミのほうが叩かれた。
あの時は運が良かったみたいだけど、今度もそうなるとは思えない。
それに、問題行動は称号剥奪に繋がるらしいから、そんなすぐには殴らないはず。
「ほら、はやく出ておいで」
「言われなくてもわかってるよ。そんなに子供じゃないし」
琴音は千夜に引っ張られながら、車から降りた。
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