第13話英雄候補の実力

千夜がやってきた次の日

琴音は朝早くからある道場に来ていた。


「おはよう琴音。約束の十分前に来るなんて、結構真面目なんだね」


ここは、千夜が個人所有している道場だ。

元々は、習い事の剣道教室に使われていた道場で、千夜はここで初めて剣に触れ合った。


「おはよう千夜。わざわざこんな朝早くに呼ぶ必要なくない?」

「剣以外にも、色々とやりたいことがあるからね。それに、琴音も今は探索者なんでしょ?一緒にダンジョンに行かない?」

「いいけど…誰と?」


琴音も千夜も、まだ未成年だ。

十八歳以下の未成年者がダンジョンに潜るときは、四人以上のパーティを組むか、保護者等の成人と必ずパーティを組む事が義務付けられている。

そのため、成人を一人誘うか、あと二人未成年者を連れてくる必要がある。


「私と琴音の二人でダンジョンに潜るの」

「お母さん呼ぼうか?」

「大丈夫だよ。二人で潜れるから」


…ん?


「ちょっと待って!!私達二人で潜るの?」

「そうだよ。二人で潜るんだよ?」

「…捕まらないよね?」

「大丈夫だよ。私が居るから、あの法律は適用されない」


はい?

法律が適用されない?

え?なに?千夜って治外法権なの?

治外法権の意味知らないけどさ。


「私ってさ、『英雄候補者』って呼ばれてるよね?」

「うん、呼ばれてるね」

「それで、特別にあの法律に従わなくてもいい、って事になってるんだよね」

「…つまり、千夜は未来の『英雄』だから、国から特別待遇を受けてると?」

「おっ?よくわかったね。普通、理解するのにもうちょい時間がかかるんだけどね」


はぁ…

国が特別待遇をする程の天才、か。

まあ、普通はあんな試合出来ないし、試験と称してダンジョンに潜らせたら、かなり疲れた様子ながらも攻略してきたらしい。

私も出来なくはないけど。


「琴音も『英雄候補者』になれると思うんだけど…申請しないの?」

「探索者は今日みたいな日にする副業。私はあの駄菓子屋が本業だから」

「あんなのよりも、本気で探索者したほうが、儲かると思うんだけど…っぶな!?」


私の不意打ちアッパーは、普通に避けられる。

流石は『英雄候補者』だ、これくらいなら普通に避けてくるか…


「私はね、金や名声のために駄菓子屋の店主を選んだわけじゃないの。あそこは、榊のご先祖様が代々守ってきた場所。そして、私のお婆ちゃんとの思い出の場所。そこを守るために店主なった。二度と間違えないでね?私は、あの駄菓子屋を馬鹿にするなら、例え親友でも本気でぶん殴る」

「ごめんなさい。…その、軽率だった」

「別にいいよ。さっき千夜が言ったことは、よく言われる事だから。それに、千夜もここを馬鹿にされたら嫌でしょ?それと一緒」


千夜は、取り壊される寸前だったこの道場を買い取って、思い出の場所を守った。

ここは千夜の剣道の始まりの場所であり、千夜に剣を教えた先生の道場だった。


「ここを貴女のおんぼろと一緒にしないで」

「…ごめんなさい」


おんぼろか…多少不快だけど、千夜のためにも我慢しよう。


「あっ!ごめんなさい!!ちょっとカッとなって…」

「別にいいよ。でも、二度とあんな事言わないでね」

「わかってるよ。お互い、思い出の場所を守るのに必死なんだよね」


二人の間に、なんとも言えない重苦しい空気が流れる。

親友と喧嘩すると、こういった雰囲気になるのかと、二人は同じ事を考えていた。


「とりあえず、竹刀か木刀を持ってきて」


この雰囲気をどうにかするべく、琴音が口を開く。

しかし、千夜が無言で取りに行った事で、その努力は水の泡になる。

そして、無言で竹刀を手渡し、受け取った。


「いつでもいいよ」


千夜が背を向けたままそう言う。

そして、振り返ろうとしない。


後ろを向いた状態で止められると思ってるの?これ、もしかしなくても舐められてるでしょ


「舐められたものね…」


琴音は、丁度いい間合いまで詰めると、全身の筋肉を使って竹刀を横薙ぎに払う。

『ビュオンッ!!』という、風を切る音と共に、琴音の振るった竹刀が凄まじい速度で千夜に迫る。


えっ、動かない!?

何も着てないのに、体で受けるなんてことをしたら怪我するよ!?


「千夜!!ッ!?」


我慢できなくなり琴音が叫ぶ。

しかし、それと同時に琴音のそれを遥かに上回る速度で、千夜の竹刀が飛んでくる。

そして、当たる寸前の琴音の竹刀を床に叩きつける。


「なっ…えっ…?」


すると、千夜がくすりと笑って、


「びっくりした?これが、『剣聖』って呼ばれてる、『英雄候補者』の力だよ」

「いや…は?…おかしいでしょ…私の剣があの位置で…それを床に叩きつける?…え?」


琴音は、あまりのことに現実を受け止めきれていなかった。


「おーい、戻っておいでー!」

「はっ!…千夜、強くなったね」

「当然だよ。これぐらい強くないと、『英雄候補者』の申請には受からないよ?」

「いや、無理でしょ…」


私が剣道をサボっているうちに、千夜がこんなに強くなってるなんて…

というか、『英雄候補者』の申請って、そんなに難易度高いの?

絶対嘘だよね?


「冗談は置いといて。実際は、定期的に審査があってね。その審査に合格出来ないと『英雄候補者』の称号を剥奪されるんだよね。まあ、定期テストみたいなものだよ」

「定期テストね…それって、抜き打ちテストもあるの?」

「もちろんあるよ。先週にあってね、私は日頃から努力してたから合格だったけど、何人か不合格になってたね」


やっぱり、テスト直前に焦って勉強するタイプの奴は、結構居るんだね…

私も申請するなら、頻繁にダンジョンに潜って努力しないと。


「ちなみに、二回連続で不合格になると、その場で『英雄候補者』の称号を剥奪されるよ。だから、不合格になった人達は、今頃必死で努力してるだろうね」

「ふ〜ん…そう言えば、千夜って毎日学校行ってるの?」

「最低限の日数しか行ってないよ?多分、成績が大変なことになってるだろうね」


成績か…千夜なら退学になっても、なんとも思わなそう。

探索者としてやっていけるし、万が一大怪我しても、教官とかになって稼げばいいだろうし。

それに、『英雄候補者』の称号は、色々な所で役に立ちそう。


「『英雄候補者』の称号ってさ、色々と優遇してもらえたりするの?」

「そうだね。あらゆる交通機関の料金を国が肩代わりしてくれたり、中級以下のダンジョンなら一人で入っても問題ないし、奨学金なんて申請しなくても、学費は国が全額負担してくれるし、申請が通れば経済支援もしてくれるからね」

「至れり尽くせりだね…」

「何より、ホントは駄目なんだけど、色々と配慮してもらえるからさ…ほら、成績とか」


急に千夜が悪い顔をして、耳元で囁いてくる。

本来なら良くないが、多少の配慮が働いているらしい。

国が特別待遇をする人間だ、多少の配慮は目を瞑ってもらえるという事だろう。


「特別待遇ってさ、やっぱり妬まれたりするの?」

「するね。ネットを見るとわかると思うけど、『候補者』への特別待遇に対する風当たりは強いよ。なにせ、自分達の支払ってる税金から出てるわけだし」

「…でも、稼ぎが増えたら、自分の支払った税金から出されるんじゃない?」


『英雄候補者』は、探索者のアスリート。

収入が一億を超えるなんて普通であり、むしろ少ないくらいだ。

それなら、国の特別待遇の費用よりも、支払った税金のほうが多いはずだ。


「そうだね。でも、そこは出来るだけ自分が支払った税金を取り返して、かつそれを超えるだけの待遇を受けられるよう、うまくやってるんだよ」

「なるほど…そりゃあ風当たりが強いわけだ」

「せっかくの特別待遇だよ?うまく利用しないと」


どうしよう、私も申請しようかな?

でも、迂闊に申請して店のダンジョンがバレたら不味い…やっぱり止めとこう


「よし、ダンジョン行く?」

「まあ、せっかく特別待遇の恩恵が受けられるなら、行っておこうかな?」

「決まりだね。琴音でも大丈夫そうなダンジョンまで送るよ」


送る?

まさか、あのセレブが乗ってそうな長い車でもあるのかな?

だとしたら、特別待遇凄すぎでしょ…


「十分くらいで迎えが来ると思うから、それまで私が剣の稽古つけてあげる」

「いや、頼んでないんだけど…」

「ほらほら、ちゃんと竹刀で防がないとケガするよ?」


千夜は、容赦なく竹刀を琴音の頭目掛けて振り下ろす。

琴音は間一髪で回避するが、いつ次の一撃が来るかわからないので、竹刀を拾って構える。


「そうそう。それでいいんだよ」

「手加減してね…」

「任せて、死なない程度に本気を出すから」

「はあ!?ちょっ!!危ないって!!」


死なない程度に本気を出すというのは本当だったようで、琴音の動体視力を持ってすれば、防げないことはない程度の剣が、何度も飛んできた。

しかし、本当にギリギリ防げる剣が何度も飛んでくるため、琴音は何度も冷や汗をかきながら、千夜の剣を防ぎ続ける。

そして、十分程で道場に迎えがやって来た。


「迎えが来たよ。じゃあ、今日はここまで」

「はぁ…はぁ…絶対…強くなって…同じ目に合わせてやるから…」

「そっか、じゃあ楽しみにしてる」


コイツ…絶対あの時の仕返ししてるでしょ。

私だってあの時は本気だったっての!!

はぁ…千夜って、意外と根に持つタイプなのかな?

だとしたら、嫌われないようにしないと。


すると、千夜が謎のペットボトルを取り出して、手渡してくる。


「はい、元気の出るジュース」

「なにその怪しい飲み物。…変な薬とか入ってないよね?」

「ただのポーションを混ぜたジュースだよ。怪しい物は入れてないから大丈夫」


そう言って、蓋を開けて口に近付けてくる。

琴音は渋々受け取ると、少しだけ飲む。


「どう?原液で飲むよりは全然いいでしょ?」

「そうだね…これなら普通に飲めそう」


若干ポーションの独特な味はするが、クセの強いエナジードリンクだと思えば問題ない。

このジュースを作るのに、一体どれだけのポーションを使ったのか考えながら、道場を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る