第12話親友

午前三時


「つ、疲れた〜」


ヘトヘトの琴音が、座布団を枕にして倒れ込む。

朝から晩まで琴歌に振り回され、日付の変わった午前三時になって、ようやく帰ってくることが出来た。


「二度とお母さんのバイクには乗らない…あっ!!私の原付!!しまった〜!!」


琴音は、家に自分の原付を取りに行くつもりだったが、琴歌に振り回されて回収するのを忘れていた。


「はぁ…また今度取りに行こう」


琴音は諦めて、今日は寝ることした。

流石にこんな時間まで銭湯は開いていない。

気乗りはしないが、そのまま布団を敷いて、朝一番で銭湯に行くことにした。



午前五時


「ふぁ〜〜…はぁ、銭湯行こう」


大きな欠伸をした琴音は、適当に髪を整えると、鞄に必要なものを入れて店を出る。

もちろん、戸締まりはしっかりして。


「…え?」


戸締まりをして、銭湯に向かおうとしていた琴音の目に、一台の原付が映った。

琴音は、それをまじまじと見つめる。


「私の原付だ…」


どうしてここに…お母さん、かな?

それとも、話を聞いたお父さんが、気を利かせてくれたとか…

でも、これで銭湯に行きやすくなるね。


「そうだ…ヘルメット持ってこないと」


琴音は鍵を開けて、ヘルメットを取りに行く。

その姿を見て、微笑む女性の姿があった。


「昨日は…いや、夜はごめんね琴音」


女性はフードを被ると、駄菓子屋から離れていった。







午前六時

琴音は原付に乗って、店に帰る。

徒歩や自転車で行くよりも何倍も楽に行き来することが出来て、琴音は改めて文明の利器の偉大さを感じる。


「今日は、ようやく開店出来そうだね。しばらく開けてなかったから、お客さん来てくれるかな?」


最近はずっと閉まっていた為に、お客さんが来るか心配なのだ。

お客さんと言っても、望まぬお客さんもいる。


「あれは…」


店の前に立つ人の影を見て、琴音の表情が一気に険しくなる。


「ん?なんだ、ここのババアの孫か。いや、今はお前が店主なんだったか?」


ガラの悪そうな小柄な男が、二人の大柄な男を連れていた。

借金取りだ。


「うちに何のよう?…って言いたいけど、理由はわかってるよ。少なくとも今月分は返せる」


すると、借金取りが面白くなさそうな顔をする。


「何だよ、今なら金なんてねぇと思ったんだがな。そうかそうか。まあ、返してくれるなら文句はねえよ」

「最初に文句が聞こえた気がしたけど、私の気の所為?」

「そうだな」


琴音は溜息をつきながら駄菓子屋を開けて、二階に上がる。

そして、茶封筒からお金を取り出すと、借金取りの所まで持っていく。


「これでいいでしょ?」

「ああ、十分だ。しかし、これはババアの遺産か?」

「違うよ。珍しく母親らしい行動が見られただけ。それに、私が継いだ遺産は、ここと借金だけだよ」

「そうか…まあ頑張れよ」


そう言って、借金取り達は帰っていった。


「…もしかして、割といい奴なのかも」


借金取り達の後ろ姿を見ながら、そんな事を呟いた。

琴音は借金取りの様子を遠目で観察したあと、興味をなくしたかのように店に戻る。


「開店準備しないと。今日は私が店主になってからの初開店だからね」


今日から『榊屋』は、私が店主として新しく始まる。

榊のご先祖様が代々受け継いできた『榊屋』

私だって、後世に残してみせる!!


琴音はやる気に満ちた、力強い目で開店準備に取り掛かった。

そして、三十分後に『榊屋』は開店した。








時刻は午後三時


「はぁ…」


琴音がほほずえをついて、店の外を眺めていた。


「まさか、一人もお客さんが来ないとは…やっぱり駄菓子屋は廃れてるのかなぁ」


外に目を向ければ、色々な人が往来しており、一人くらい来てくれないかと視線を向ける。

しかし、一般人が視線に気付けるはずもなく、誰一人として振り向かない。


「お婆ちゃん、よく毎日退屈しないなぁ。やっぱり、歳を取ると心に余裕が出来るって、本当だったりして…」


どうせなら、スマホでもいじりながら待ちたいが、そんな事をすれば店のイメージダウンに繋がるかも知れない。

琴音は馬鹿ではないので、それくらいわかっている。


「何か、本でも読もうかなぁ。この際、新聞でもいいけど」


琴音は退屈さに耐えきれず、暇つぶしになりそうなものを考える。

すると、一人の学生が歩いてきているのが見えた。


「初めてのお客さん!?…ん?あれって」


初めてのお客さんは、琴音にとって見覚えのある人物だった。

そして、それが誰かすぐに理解して、溜息をつく。


「琴音、調子はどう?」

「最悪だよ。今日開店なんだけど、誰も来ない。そもそも、見向きもされてない。朝の六時半頃から開店して、未だにお客さんはゼロだよ」

「え?1じゃないの?」


入ってきた女子学生が、目を丸くする。


「なに?自分はお客さんだって言いたいの?なら千円分の駄菓子買って」

「千円分の駄菓子って、相当な量だよ?」


琴音の無茶振りに、正論で返す女子学生。


「十円ガム一個買って、『お釣りはいらないよ』って言ってくれればいいのよ。千夜の財力なら、それくらい問題ないでしょ?」

「…私のことATM扱いしないならいいよ」

「唯一の親友にそんな扱いするわけないでしょ?そもそも、普通の友達すら居ないんだから」


彼女の名前は、『神科千夜かみしな ちよ

私の唯一の親友だ。

そして、『剣聖』『英雄候補者』の異名を持つ天才だ。


「はい、これ買います。お釣りは結構です」

「お買い上げ、ありがとうございます。…良かったの?こんな十円で買えるチョコを一万円で買って」

「先に請求してきたのは琴音でしょ?それに…」


急に空気が一変し、千夜の目つきが鋭くなる。


「この一万円で手合わせを願いたいんだよね」


どうやら、この一万円札は果し状だったようだ。


「もう一枚くれるならいいよ。探索者としていくらでも稼げる千夜と違って、こっちは借金の返済で忙しいんだから」

「…私が建て替えようか?」

「別にいいよ。この借金は、駄菓子屋と一緒に受け継がれてきたものだから。返済は、出来るだけ自分の手で済ませたい」


それを聞いた千夜は、もう一枚一万円札を取り出して、琴音に渡す。


「カツアゲでお金を集めれば、すぐに返済出来るんじゃない?」

「カツアゲ?そんな事をするくらいなら、お母さんを誘って半グレか暴力団から奪うっての」

「うん、相変わらずの異常な母娘。まっ、変わってなくて安心したけど」


千夜は、カウンターにもたれ掛かって、少し上を向く。


「寂しかったんだよ?せっかく同じ高校に入学出来たのに、ほとんど来ずに辞めちゃうんだもん」

「それはごめん。ここの相続で揉めてて…」

「知ってる。おばさんから聞いたから」


お母さん、千夜と話してたのか…変なこと吹き込んでないといいけど。


「せっかく超人的な剣の才能があるのに…」

「全国大会の事?」

「うん。努力と才能だけで私と互角に戦えたのは、琴音だけなんだから。鍛えれば、絶対私より強いのに」

「剣聖様に褒められて光栄だよ」


琴音が中学生の頃、剣道部に入っていた琴音は、その強さから一年生で全国大会に出場した。

しかし、一年生で全国大会に出場していたのは琴音だけではなかった。

それが神科千夜だった。

二人は決勝戦に進出し、そこで剣を交える事になる。

そして、剣道の歴史に残るような戦いを繰り広げた。

それはまさに、剣豪同士が最強の名を懸けて切り合っているようだった。

三十分以上に及ぶ激闘の末、一瞬の隙きを突いて千夜が一本取った事で、琴音が降参。

大会は、千夜の勝利で幕を閉じた。


「あの時、どうして降参を選んだの?」

「…体力だよ」

「体力?」


琴音の返答に、千夜は首を傾げる。


「あの三十分の戦いで、千夜はもう戦えないくらい疲弊してたでしょ?でも、私はまだ体力には余裕があった」

「そんな…じゃあ、あのまま続けてたら」

「間違いなく私が勝ってたね」


それを聞いて、千夜は複雑そうな顔をする。


「情けで勝利を譲ったわけじゃないよ?」

「え?」

「あのまま続けて勝つのが面白くなかったから、私は千夜に勝ちを譲ったの」

「勝つことが面白くないって、どういうこと?」


もっともな疑問をぶつける千夜。

すると、琴音はにっこり笑って、


「私ね、あの戦いがすごく楽しかったの。お母さん以外でまともに戦えたのは、千夜だけなんだ。だから、純粋に勝負を楽しみたかった」

「確かに、すごく楽しそうだった…」

「でもね、剣の才能は確かに千夜のほうが上だよ。けど、体力に差がありすぎた。持久戦をすれば、確実に勝てる。それが面白くないんだよ」


すると、千夜が納得したらしく、目を見開いたあと微笑む。


「本気でやって、ギリギリ勝てるかどうか。そんな勝負がしたかった。そうでしょ?」

「正解。千夜に私くらいの体力があるか、私の体力が少なければ、私は降参なんて選ばなかった。勝ってしまう事が怖かった。圧倒的な才能の壁を前に、折れていく人を何人も見てるからね」

「私もそうなるかも知れない。だから、あえて降参を選んだのね…ありがとう、気を使ってくれて」


千夜は、これから自分がどうすればいいか気付いたらしく、顔が明るくなっていた。


「もしかしたら、今なら本当に互角に戦えるかな?」

「さあ?でも、昨日探索者登録してきたから、あぐら掻いてると、痛い目見るよ?」


千夜は、またしても琴音の言葉に目を見開く。

そして、今度は不敵な笑みを浮かべた。


「へぇ…それは楽しみだね」


千夜は、本気で琴音と戦う為に、日々の鍛錬の見直しを始めていた。

一方の琴音は、どうやって千夜からお金をむしり取るか考えていた。

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