第11話異常な母娘
おいおい、俺は夢でも見てるのか?
「お母さん!!魔石が壊れたらどうするの!?」
「別にいいでしょ?こんな雑魚の魔石なんて大した値段で売れないんだから」
「塵も積もればって言うでしょ!!それに、ここで乱暴にしてると大切なところで同じ事して、泣くことになるよ?」
「うっさいわね…母親にそんな口聞いていいと思ってんの?」
「はあ?今まで散々私の事虐待してきてよく母親なんて言えたね」
「なに?ここでやろうっての?私は何時でも買ってあげるけど、あなたはどうなの?琴音」
俺の目の前には、大鼠を蹴り殺し、ゴブリンを一撃で殴り殺しながら喧嘩する母娘の姿が映っていた。
およそ三十分前
「装備ゼロでダンジョンに潜ったぁ!?」
『杉並公園ダンジョン』前の検問所で、探索者の男が叫ぶ。
「ああ。それも、ガラの悪そうな母娘だったな。おそらく、喧嘩の強い母娘なんじゃないか?『ここなら丸腰でも大丈夫だろ』とか、調子乗ってるんじゃね?」
「はぁ…それで、様子を見てきてほしいと?」
「あんたなら、問題ないだろ?」
検問所の係員と、この探索者は知り合いのようだ。
「はぁ…ダンジョンで問題が起こるたびに、俺は面倒事を丸投げされるのか?」
「自分から進んでこの仕事を選んだんじゃないのか?」
「いやそうだけど…はぁ、わかったよ。母娘のどっちかが死ぬなんてニュースが流れたら、探索者に対する印象が更に下がる。行ってくるよ」
「ありがとう。頼んだぞ」
侵入防止のバーが上がり、男がダンジョンの中に入る。
「はぁ」
男はまたもや溜息をつきながらもダンジョンの奥へ向かっていった。
そして、今に至る。
「なんじゃこりゃ…もしかして、初心者じゃなかったのか?」
「ん?あっ、こんにちは」
「え?こっ、こんにちは…?」
おいおいおい!!初心者の出していい覇気じゃねえだろ!!
……いや、でもほとんど魔力が感じない。
もしかして、魔力をきれいに隠せるレベルの上級者なのか?
「琴音〜、ナイフ貸して〜」
「お母さん、さっき予備を貸したでしょ?」
「あっ、そうだったね。…何処だっけ?」
すると、琴音と呼ばれた少女が、大きな溜息をはいた。
「ねえ、あのナイフは初心者の私じゃ、替えがきかない代物なんだけど?」
…ん?
初心者?
コイツらが?
「ごめんなさい。確かどっかに仕舞ったと思うんだけど…」
「…そのお尻の黒光りするものは何?」
「あっ!あった!!」
琴音が再び溜息をつく。
「琴音、手伝ってほしいんだけど…」
「…」
「そうよね…一人でやるから、その人の相手お願い」
「はいはい」
すると、琴音が探索者の方を向く。
「えっとー、私達に何かようですか?」
「あ、ああ。知人から、装備なしでダンジョンに潜った奴がいるって聞いて、その…様子を見に来たんだ」
「なるほど…装備なしてダンジョンに潜った奴ってのは、多分私達ですね。お騒がせしてすいません」
琴音は深く頭を下げて謝る。
この子、意外とまともなのか?
いや、普通の人がゴブリンを一撃で殴り殺すとかあり得ないから、少なくとも実力はまともじゃないな。
「私の名前は、神条琴音です。あっちは母の神条琴歌。ついさっき探索者登録してきたばかりの新人ですよ」
「ついさっき…登録したばかり?」
「はい」
つまり…一般人の状態で、ゴブリンを一撃で殴り殺すくらいの力があったのか?
化け物だな…
「俺は佐藤哲也だ。二年前にダンジョンで足をやられてから、新人教育や、ここみたいな低難易度ダンジョンの見回りをしてる」
「そうですか…お疲れ様です」
「ありがとう。…しかし、ついさっき登録したばかりなんだよな?」
「そうですけど…何か?」
ん?警戒されてるな…
本来なら、探索者の間では余計な詮索は、マナー違反だが…
「実はな、最近は問題行動の目立つ奴や、将来有望な新人を探すよう、組合から仕事を引き受けてるんだ。登録したばかりであの強さ、君達は何者なのか…教えてくれないか?」
俺は立場上、警察の職質紛いな事が出来る。
職権乱用とか言われそうだが、これも日本の探索者の質向上のためにも、必要なことだ。
「榊」
「ん?」
「榊琴歌。これで調べれば、少しはわかると思いますよ」
榊?
この子のお母さんの苗字か?
しかし、もうちょい話してくれてもいいと思うんだがな…
「佐藤さん」
「はい」
「職権乱用で捕まらないよう、気を付けてくださいね?」
「そうだな…ありがとう、これ以上は聞かないでおくよ」
はぁ…釘を刺されたな。
しかし、非常に興味深い新人を見つけたもんだ。
もしかしたら、『英雄』…いや、『勇者』になれる才能の持ち主かもな。
『英雄』『勇者』
最上位の探索者に国や組合から与えられる称号で、その国の最高峰の実力者がそれに当てはまる。
わかりやすく言えば、オリンピック日本代表選手のような存在だ。
つまり、一握りの天才だけがなれる、本物のヒーローだ。
「そうだ。これ、俺の連絡先だ。先輩探索者に絡まれたとか、探索者同士で何か問題があったら呼んでくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
よし、今出来る事はこんなもんか。
かなり警戒されてるし、無理して勧誘する必要もないからな。
伊達に十年以上探索者をやっているだけあって、佐藤は引き際を弁えている。
これ以上は無駄だと判断して、後は組合に任せる事にした。
「佐藤哲也…調べておいた方が良さそうね」
琴音の呟きは佐藤の耳には入らなかったが、琴音の警戒は伝わっていた。
◆
「行った?」
佐藤が見えなくなって、数分後。
琴歌が警戒を解いた琴音に質問する。
「多分ね。探索者になりたての私達に、探知系の能力があるとでも?」
「それもそうね。じゃあ、琴音も手伝って」
「ええ〜」
魔石の回収がまだ終わっておらず、あと五体ほど残っている。
琴音はいやいやナイフを取り出して、ネットで調べた魔石のある場所を切り裂く。
そして、何故か馴れた手付きで魔石を取り出す。
「…琴音って、解体できたの?」
「ネットで場所がどこか調べてあるから、後はそこに向かって刃を進めるだけ。魚を捌く容量でやってる」
「また榊の入れ知恵か」
「お母さん、ほんとに榊が嫌いだよね。昔、何かあったの?」
琴歌は榊が大嫌いで、結婚の挨拶にすら行かず、なんなら結婚式に誰一人招待しないという行為までした。
琴音はそこまで榊の事を嫌っていないが、教育が細かすぎるせいで、『榊の人間には絶対に勉強を教えてもらわない』という、決意をしている。
「榊の教育方針が私には合わなかった。それだけよ」
「知ってる。私も榊に生まれなくて良かったって思ってるし」
「流石、私の娘ね。根本的に考えてる事は一緒みたいね」
「血は争えないからね。まあ、すぐに喧嘩するけど」
琴音は最後の一体から魔石を回収すると、血を拭いて琴歌に渡す。
琴歌はそれを受け取ると、すぐに鞄に仕舞う。
「結構溜まったね。一回帰っていいんじゃない?」
「そうだね。あと、十個くらいは入りそうだから、それで終わりにしよう」
「わかった。適当に蹴飛ばして魔石を回収したら帰る。これでいいのよね?」
「…魔石を砕かないように気を付けてね?」
琴音は、相変わらず反省しない琴歌に溜息をつきながら、モンスターを探す。
二人は、三十分程で十個の魔石を集めると、すぐにダンジョンを出た。
換金所
「もう一回言ってみろ、これでいくらなんだ?」
「い、一万六千円です…」
「はぁ…よし、歯ぁ食いしばれこのポンコt「お母さん!!」チッ」
換金所に、琴歌と琴音の怒鳴り声が響く。
琴歌は、魔石の買取価格に不満があるらしい。
「お母さん、さっきも言ったでしょ?ゴブリンとか大鼠の魔石なんて、たかが知れてるって」
「だとしても、これは少なすぎだろ!!」
「仕方ないでしょ、登録したばっかりの初心者なんだから。もっと強くなって、難易度の高いダンジョンに行かないと、お母さんが望むほどは稼げないよ」
琴音は、なんとか説得しようとするが、琴歌は不満そうな顔を変えない。
「とりあえず、その値段で大丈夫です。お母さんはこっちでなんとかしておくので…」
「そ、そうですか…お金は口座に振り込んでおきますので、またのご利用お待ちしております」
琴音は、未だに不満そうに受付を睨む琴歌を引っ張って、外に出る。
「お母さん、駆け出しの探索者の収入なんて、大したことないよ」
「…」
「お母さんなら強くなれるだろうし、まだまだこれからだと思うよ」
その後も何度か声をかけるが、ずっと不満そうな表情を浮かべる琴歌。
しかし、バイクに乗っているときは別であり、比較的落ち着いている。
「琴音!!」
「なに?」
「このまま富士山まで行っていい?」
「…は?」
富士山?
ここは東京だよ?
今から富士山に行くの?
「…駄目?」
「いや…まあ、どうしても行きたいならいいけど」
「じゃあ、富士山まで飛ばすわよ!!」
あっ、これ本気だ。
お母さん、今から富士山に行く気なんだ。
幼い頃は琴歌の顔色をうかがって生きてきた琴音は、琴歌の言っていることが本気かどうかを、即座に判断出来るようになっていた。
しかし、たまに突拍子もない事を言い出す事がある。
そればっかりは、琴音でもすぐには判別できない。
「ちなみに登るの?」
「いや?流石に登らないよ」
「それで、どこに泊まるの?」
「帰ってくるよ」
「…はい?」
日帰りで富士山に?
行けなくはないけど、どうしてそんな事を…
琴歌の思いつきに翻弄されつつも、特に文句も言わずついていく琴音。
しかし、富士山につき、帰ってくる頃には酷く後悔していた。
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