第10話杉並公園ダンジョン
「あれか、『杉並公園ダンジョン』」
ナビに従って風を切っていると、そこそこの大きさの公園が見えてきた。
そして、その公園の丘の上にある、西洋系神殿風の門。
あれが『杉並公園ダンジョン』だ。
「結構人が居るね。私達と同じ新人なのかな?」
「どうだろうね?それで、琴音は緊張してる?」
「家のダンジョンで死にかけたから、まあ、それなりに緊張はしてる」
「…ん?今、死にかけたって言った?」
やっべー!!余計なこと言っちゃったー!!
お母さんって、私が危ない目に合ってるって聞くと、急に母親らしくなるからなぁ〜
どうせまた叱られるんだろうなぁ〜
「帰ったらその話、詳しく聞かせてね?」
「はいはい」
琴音は、面倒くさそうに適当にあしらう。
娘の適当な態度に、『緊張感が足りてない!』と、叱りたい琴歌だが、喧嘩になるのは目に見えているので言わないでおく。
「それと、危ないと思ったらすぐに言って。すぐに逃げるから」
「お母さんが逃げるって言うなんて…珍しいね」
「ダンジョンは何があるかわからないでしょ?逃げる事も選択肢に入れておかないと、ほんとに死ぬからね?」
…お父さん、何か吹き込んだのかな?
やたらダンジョンに詳しい琴歌を見て、父親がなにかしたのでは?と疑う琴音。
琴音の知る琴歌は、ダンジョンやダンジョンのお宝に興味がなく、組合から推薦されても見向きもしなかった。
それなのに、これだけダンジョンのことを知っているのだ、琴音が疑うのも無理はない。
「そう言えば、『杉並公園ダンジョン』って、どんなモンスターが出るの?」
「ネットには、ゴブリンとか大鼠とかスライムくらいしか出ないって載ってる。初心者向けのダンジョンなだけはあるね」
「スライムか…打撃が効かないから、私の攻撃は効果が薄いだろうね」
スライム
最弱のモンスターというイメージが強いが、全身が液体のため打撃に強い。
しかし、刺突、斬撃、魔法に弱い。
魔力で形を作っている水風船のようなイメージをするとわかりやすいだろう。
「琴音、ナイフ持ってる?」
「あるよ?」
「じゃあ、スライムが出たらそれで倒してくれない?」
「わかった」
公園の駐輪場にバイクを停めると、ダンジョンの入口に向かう。
ダンジョンの入口の前には、不法侵入防止の検問所があった。
「お二人ですね?カードを見せて下さい」
「これでいいですか?」
「はい。では、行ってらっしゃいませ」
探索者カードを見せると、入口を塞いでいたバーが上がり、入れるようになる。
琴歌は、まるで臆する事なく前に進む。
もちろん、琴音もそれに続く。
「さて、異界の迷宮がどんなものか、すっごく楽しみね」
「そうだね。ネットだとここは人工物系、迷宮型の、よくあるダンジョンらしいよ」
「The・ダンジョンって感じの内装なのね。なんだかチュートリアルをしてるみたい」
完全にダンジョンを舐めている会話をしながら入る二人。
周りからは、いい印象を持たれていなかった。
しかし、悪印象を受けるのは日常茶飯事なので、まったく気にしない二人。
そのまま、周りの視線を気にすることなくダンジョンに入っていった。
◆
「はぁ…最近あんな感じの奴が増えたな〜」
俺の名前は山田 洋平。
見ての通り、ダンジョンの検問所で探索者の検問をしてる。
「しっかしあの二人、見た目は結構良かったな〜」
四十代独身。
高卒で低収入、顔はいまいちで十人いれば、十人全員が『イケメンではない』と言うであろう、良くも悪くもない普通の顔。
年齢=彼女いない歴のアラサーだ。
「けど、プラスチックアーマーすら着ないとは…完全にダンジョン舐めてるな」
プラスチックアーマー
プラスチックで作られたプレートアーマーで、最低限の防御性能を持っている。
この道十五年の俺からしてみれば、一番見慣れた装備だ。
プラスチックだからといって侮ってはいけない。
普通に殴ったくらいではほとんど傷付かず、ゴブリンのナイフ程度なら普通に防げる。
また、プラスチック製なので非常に軽く、初心者御用達の人気防具だ。
そして、金属や革の防具に比べて安い。
「それなのに着ないとは…それに、武器も見当たらなかった。…止めるべきだったか?」
十五年もこの仕事をしていると、泣きながら帰ってくるパーティや、入ってきた時と人数の違うパーティ、酷い怪我を負ったパーティをよく見かける。
そして、その大半がさっきみたいなダンジョンを舐めてる奴等だ。
「見た感じ親子っぽかったし、『子供を庇って母親が〜』なんてニュースが流れないといいが…」
ダンジョンはそういう所とはいえ、犠牲者を見て、何も感じないわけじゃない。
入社したての頃は何度も吐いたが、今は少し慣れた。
それでも、犠牲者の亡骸や、残された人を見るのは辛い。
特に、ああいった親子の死は…
「はぁ…ネガティブなことを考えるのはやめよう。…そう言えばあの女の子、どっかで見たことあるような…」
ずっと前に、どこかで見た気が…
もしかして、あの子じゃなくてあの子の母親の若い頃に出会ってたとか?
あの二人が親子なら、納得がいくが…
「おーい!係員さーん!」
「あっ!すいません!少し考え事をしていて…」
「別にいいですよ。はい、僕のカードです」
いけないいけない。
今は業務中なんだ、深く考えるのは帰ったからにしよう。
こうして、俺はまた仕事に戻った。
◆
「ふん!!」
「プキャァ!!」
一匹のゴブリンが、琴歌に股間を蹴られて悶絶する。
琴歌は身体能力のスペックが元から高いので、普通の蹴りでも一般人とは比べ物にならない威力がある。
「うわぁ…お母さん、そこ蹴るの?」
「大丈夫、汚れてもいい古い靴履いてきたから」
「いや、ゴブリンの股間を蹴るなんて、精神衛生上良くないでしょ…」
琴音は、躊躇なくゴブリンの股間を蹴る琴歌の姿を見て、ドン引きしている。
ゴブリンは、汚いというイメージを持たれがちで、琴音もその例に当てはまる人間のようだ。
「オスの股間なんて、蹴るためにあるようなもんでしょ」
「どうりで学生時代、彼氏が出来なかったわけだ…」
「だまらっしゃい!!結婚も出来たし、子供も出来たからいいの!!」
「だとしても、レディがそんな事言うもんじゃないでしょ…」
琴歌は、溜息をつきながら、琴音から借りたナイフで、ゴブリンにとどめを刺す。
「私はもうレディなんて歳じゃないよ」
「でも、お母さんって四十路の癖に、二十代くらいの見た目してるよね」
「癖には余計よ。まあ、健康には気を使ってるからね」
琴歌は、健康的な食事に、九時に寝て六時に起きるというかなり健康的な生活を送っている。
……酒も煙草もやってるからプラマイ・マイナスになってる気もするけど。
運動?
毎日ランニングとヨガ、そして、散歩がてら近所にチンピラが湧いていないか探して回っている。
ちなみに、チンピラは見つけ次第ぶっ飛ばしている。
そのため、琴歌の近所には、半グレも道を極めた人達も近付かない、とても平和な街になっている。
「お母さん、魔石の回収しないの?」
「あっ、忘れてた。確か、心臓の近くにあるんだよね?」
「そうだよ。心臓の少し下辺りにあるはず」
琴音の指示を受けながら、ザクザクとゴブリンの体を切り裂く琴歌。
その姿は、何故か手馴れているように見えたが、気の所為だろうと自分を誤魔化す琴音。
ようやくお互い心を開いたのだ。
暗い過去は考えたくない。
「あった!思ってたよりおっきいんだね」
「でも、大きい物でも40センチくらいらしいし、大きいだけでスカスカらしいよ」
「なんだ、ただのハリボテか」
そう言って、取り出した布で魔石に着いた血を拭き取る琴歌。
…うん?あれって、お父さんのお気に入りのタオルじゃ……見なかった事にしよう。
「よし、じゃあ次の獲物を探しに行きましょう」
「うん…」
「大丈夫だよ、ちゃんと琴音にも殺らせてあげるからさ。元気だして」
「お母さん、その言い方だと、私完全にヤバい奴なんだけど…」
別に、モンスターをいたぶる趣味はないんだけどなぁ
というか、お母さん何も感じないのかな?
平然と股間を蹴り上げて、平然ととどめを刺してたし…
…やっぱり馴れてるんじゃ。
「ん?なに?」
「い、いや、なんでもないよ!ちょっと考え事をしてただけだから」
琴音は適当に誤魔化すと、琴歌の隣まで走った。
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