第9話テンプレ…?

「なに?別に絡んでた訳じゃないんだけど?」


琴歌は、声を掛けてきた探索者を軽く睨みながら、自分の思った事を言う。


「そうか?だが、この人は困ってるだろ?」

「困ってるって…何処を勧めようか考えてただけじゃないの?」


琴音が言っていることは間違ってはいない。

見た目の印象で、本当にここを勧めていいのか考えてたからだ。

しかし、困っていたのも事実であり、否定は出来ないのだ。


「とりあえず、『杉並公園ダンジョン』って所に行きたいから、退いてくれない?」

「おい!俺の話はまだ「退け」ッ!?」


琴歌が殺気を込めて威圧すると、探索者は息を呑んで一歩下がる。


「お前…本当にさっきまで一般人だったのか?」

「はあ?なにそれ?その言い方、失礼だとは思わないの?」

「いや…おかしいだろ。あんなの、一般人が出せる殺気じゃねえぞ」 


探索者は、震えながらも質問を繰り返す。

すると、横から明らかにガラの悪そうな男達がやってきた。


「おいおい、なに登録したばっかりの新人に負けてんだよ。それでも先輩かよ?」

「いや…ほんとにコイツは…」

「コイツ?人の事をコイツ呼ばわりするの?」

「いや、それは…」


すると、やってきたガラの悪そうな男達が爆笑し始めた。


「おいおい、完全に押し負けてるじゃねえかw」

「先輩の面子が丸潰れだなw」


そして、馴れ馴れしく琴歌の肩に手を置いて、話し掛けてくる。


「こんな奴放っといて、俺達が案内してやろうか?」

「そうそう。これでも二年はこの仕事をしてるからよ。ダンジョンの中を案内するぜ?」


すると、琴音が琴歌の肩に置かれた手を振り払う。

そして、手を置いた男を睨みつけて、


「出会って数秒のくせに馴れ馴れしい。そんな下心丸出しの提案に乗るとでも?」


琴音の辛口な発言に、男達はポカンとする。

数秒後、言われた事の意味をようやく理解した男の一人が、顔を真っ赤にする。

そして、琴音の胸ぐらを掴むと、


「調子乗んなよこのガキ」


殺気たっぷりの目で琴音を睨みつけるが、琴音は涼しそうな顔をする。

この程度のチンピラの殺気なら、無いに等しいのだ。

何故なら、母琴歌の殺気のほうが、何倍も鋭い上に力強い。

この程度の殺気、そよ風と大して変わらない。

すると、


「娘を離せチンピラが」


凄まじい殺気を放つ琴歌が、琴音の胸ぐらを掴むチンピラを睨みつける。

まるで、水風呂に落とされたかのような気分になったチンピラは、冷や汗が止まらなくなる。

すると、チンピラの一人が目を見開いて、なにかに気付いたような表情をする。


「お、お前…まさか、『組落としの榊』か?」

「榊?私は神条だ。その苗字を口に出すんじゃねぇ」

「つ、つまり、本人って事でいいんだな?」

「ああ」


すると、話を聞いていた周りの探索者の何人かが、動揺の声を上げる。


「『組落としの榊』?なんですかそれ?」


意味がわからないという雰囲気の受付嬢が、質問する。

すると、チンピラは受付カウンターを叩いて、


「この人はな、昔暴走族の女総長をやってたんだよ」

「どうりであんな格好を…」

「それで、その時に仲間の一人がヤクザにボコられたんだよ。そして、その仇討ち為に仲間を集めてヤクザの事務所にカチコミに行ったんだよ。そんで、一人で何十人って数の本職を一方的にボコボコにして、組長含めた幹部を全員病院送りにしたんだよ」


受付嬢は、ポカンとしており、余計に意味がわからないようだった。


「つまり、たった一人でヤクザを壊滅させたんだよ。だから、『組落としの榊』って呼ばれてんだ」

「えーっと…もしかしなくてもやばい人ですか?」

「素手で簡単に人殺せるくらいには…」


この話が聞こえていた人達全員が、琴歌に視線を向ける。


「いや、組を潰したのは事実だけど、人は殺してねえから。誤解を招くような言い方やめろ」

「す、すいません!!」


華麗なる土下座。

実に小物らしい速さで土下座をするチンピラ。


「えーっと…つまり、俺が胸ぐらを掴んでたのは、その『組落とし』の実の娘って事なのか?」

「そうよ。私の可愛い可愛い一人娘よ」

「今更母親ヅラしても意味ないから」


その言葉に、辺りの空気が凍りつく。

一つは、あの子がどんな扱いを受けて育ってきたかを悟って。

もう一つは、そんな事を言って大丈夫なのかと思って。


「琴音」

「なに?」

「後でお話しましょう?」


母親の言葉に、各々少女の未来を想像する。

しかし、その想像は簡単に砕かれる。


「ポーションを買っておいた方がいいんじゃない?昨日みたいになっても知らないよ?」

「あん?ポーションが必要なのはお前の方だろ?調子乗んなよ、このバカ娘が」

「四十路に入って衰えたあんたの事を心配してやったのに、その言い方はなに?それに、いつまで過去の栄光を振り回してるの?いい加減見苦しいよ」

「少なくとも、お前に遅れを取る程衰えてねえよ。それに、こんな事を心配するくらいなら、もっと他の事で親孝行しろよ」

「はあ?産んでもらったこと以外で、あんたに恩を感じた事ないのに親孝行しろだぁ?ボケるには早えぞ、お・か・あ・さ・ん」


今にも手を出しそうな雰囲気の二人を見て、いつの間にか距離を取っていたチンピラ達が、コソコソと話し始める。


「『蛙の子は蛙』ってことわざが、ピッタリの母娘だな」

「流石『組落とし』の娘だな。まったく引いてない」

「喧嘩っ早い性格も同じだな…」


そして、受付嬢も隣の同僚にコソコソと話し掛ける。


「止めたほうがいいのかな?」

「どうやって止めるのさ。まさか、あの間に割って入るの?」

「それは…いや、これ以上喧嘩されても困るし…」

「あんたって、無駄に怖いもの知らずな時あるよね…」


受付嬢は、同僚の言葉を聞かなかったことにして、カウンターから出る。

そして、母娘の横まで来ると、


「あの…喧嘩は他所でやってもらえると…」

「喧嘩?これは喧嘩じゃねえ、普通の会話だよ」

「え、えぇ…」

「初日くらい喧嘩しないって、お母さんと約束してるの。ここで暴れたりしないから大丈夫です」

「いや、これでも十分喧嘩だと思うんですけど…」

「「あぁ?」」

「ひっ…な、なんでもないです!!」


結局、険悪な空気を纏いながら、『杉並公園ダンジョン』へ向かって行った。






二人が出ていったあとの組合


「こ、怖かった〜」

「行かなきゃ良かったのに…」

「え〜?じゃあ、あのまま放置しておいた方が良かったって言うの?」

「それは…」


組合での会話は、さっきの母娘の話で持ちきりだ。

強そうだとか、喧嘩したらどっちが勝つとか、殴られてみたいとか、ほとんどあの母娘の話がされていた。


「『組落とし』か…調べてみよう」


そう言って、スマホを触ろうとする受付嬢。

しかし、今は勤務中。

スマホは更衣室に置かれている。


「まあ、後でいっか」

「そうだね。ほら、次の人が来たよ」


すると、受付嬢は何事もなかったかのように、営業スマイルお面を被る。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご要件でしょうか?」

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