第8話探索者登録

「あの駄菓子屋には、ダンジョンがあるの」


私は、殴られるのを覚悟でもう一度言う。

お母さんは、ちょっと考えたあと、私の顔をまじまじと見てくる。

これは…嘘を付くなって言いたいのかな?


「じゃあ、これなら信じてくれる?」

「ッ!?」


私は、瞬間着脱で忍者風の黒装束に着替える。

すると、お母さんは目を見開いて、辺りを見渡す。


「お母さん?」

「すぐに着替えなさい」

「え?」

「早く!!」


琴歌に怒鳴られた琴音は、すぐに瞬間着脱で私服に戻る。

すると、琴音は琴歌に胸ぐらを掴まれた。


「どうしてこんな所で着替えるの!!」

「えっ…いや、これが手っ取り早くお母さんを納得させられるから…」


すると、眉間にシワを寄せた琴歌に殴られた。


「琴音、今貴女がした事がどれだけ危険なことかわかってるの?」

「見られたら、狙われるってこと?」

「そうよ。それに、組合に登録してあるの?」 

「いや、まだだけど…」


すると、琴歌は溜息をつく。

そして、頭に手を当てて呆れた表情を浮かべる。


「未成年が一人でダンジョンに行ったらどうなるか、貴女も知ってるでしょう?私が捕まる分にはいいけど、そのせいで駄菓子屋が風評被害を受けたらどうするの?」

「それは…」

「それに、ダンジョンは駄菓子屋の中にあるのよね?」

「うん…」

 

琴歌はまた溜息をつく。


「未登録ダンジョンに、探索者登録を済ませてない未成年が一人で入るなんて…あんたまで捕まったら、誰があそこを守るのよ」

「…」

「まあ、やってしまったものは仕方ないとして、あそこを登録すれば、駄菓子屋は確実に潰されるでしょうね」


それだけは嫌だ。

あの駄菓子屋は、お婆ちゃんと榊家のご先祖様が代々守ってきた場所。

現店主として、それだけは許せない。

それに、あそこは私とお婆ちゃんの思い出の場所。

取り壊すなんてことには、絶対させない!!


「琴音、なんとしても隠し通しなさい。あの駄菓子屋を潰すような真似はしないでね」

「わかってる。お母さんに言われなくても、それくらいわかってるよ」

「そう…それで、誰がそのことを知ってるの?」

「私と、お婆ちゃんと、お母さんだけ。他の人は知らないはず」


お婆ちゃんの遺書の内容的に、今ダンジョンについて知ってるのは、私とお母さんだけ。

そして、お婆ちゃんはもう居ないから、誰かに話すことも出来ない。

つまり、お婆ちゃんが誰かに言っていなければ、あのダンジョンは誰も知らないはず。


「お婆ちゃんが嘘ついてるとも思えないから、今この事を知ってるのは、私とお母さんだけだよ」

「ならいいわ。で?そのダンジョンでお金を稼ぐつもり?」

「うん」


すると、お母さんは顎に手を当てて少し考えた後、


「わかった。お母さん、探索者になるね」


お母さんはそんな事を言い出した。

…ん?探索者…?


「えええええぇぇぇぇーーーーー!!!!??」


寝静まった夜の住宅街に、琴音の絶叫が響き渡った。







駄菓子屋二階


「へぇ〜、これがダンジョンなのね。というか、押入れがダンジョンになるなんて、おかしな話ね」

「で…お母さん、ほんとに探索者になるの?」

「ええ。私には丁度いい仕事でしょ?」

「まあ、ウザい先輩殴ってクビになったり、クレーマー殴ってクビになったり、ピアスを注意されて店長殴ってクビになったりしてるお母さんには、丁度いい仕事かもね」


そう、琴歌はバイトやパートをしたことはあるのだ。

しかし、大体人間関係で問題を起こして、手が出てしまうのだ。

その結果、どんな仕事をしても、一ヶ月もった事がない。

そのため、基本的に家で専業主婦をやっている。


「でも、どうして急に…」

「親子でパーティを組んでることにすれば、琴音が魔石を売りに来ても怪しまれないでしょ?」

「そうだけど…前衛✕前衛のパーティになるよ?」

「琴音、適当に後衛を募集すればいいのよ。ほら、私達って顔は結構整ってるし、その辺の高校生でも釣ればいいでしょ?」

「お母さんか私にぶん殴られて、辞める未来が簡単に想像出来るけどね」


琴歌は、気に入らない奴は殴るタイプで、琴音は実害がありそうな奴は誰であろうと殴るタイプだ。

ちなみに、実害がありそうは、精神的にもが含まれており、あんまり怒らせると普通に殴ってくる。

ストレスが溜まってる時に余計なことしても殴ってくる。

蛙の子は蛙というやつだ。


「ヤクザとか、半グレが探索者になってたら、私の名前で威圧出来るから大丈夫。チンピラも、ダンジョンに誘導してぶっ飛ばせばいい訳だし」

「私も言えないけど、その『とりあえず殴る』の精神を、いい加減どうにかしてほしい」

「仕方ないでしょ?イライラすると手が出るんだもん」

「それをどうにかしろって言ってんの」


琴音は、頭を抱えながら、登録してからどうするか考えていた。



翌朝


「ここが探索者組合ね。見た感じ、普通のオフィスビルね」

「いや、何初めて見た的な反応してるの?テレビで何回も見てるでしょ?」

「はぁ、これだから空気の読めない馬鹿って言われるのよ」

「はあ?あん…お母さんにだけは、言われたくないんだけど?」


朝っぱらから喧嘩を始めそうな勢いの神条母娘。

しかし、行く前に『初日くらいは喧嘩しない』という約束をしているので、琴音はあえてお母さんと呼ぶ。

しかし、言い方があれだったので、琴歌も少し頭に来ていた。


「『初日くらいは喧嘩しない』忘れないでね?」

「わかってるよ。私も我慢するから、お母さんも我慢してね?」

「いい子ね」


いい子、ねぇ?

果たして、それは本心なのか建前なのか…

まあ、本心だと信じておこう。


琴音は、琴歌の言葉を信じることにした。

一方琴歌は、初めて琴音に『いい子ね』と、母親らしい事を言えたことを喜んでいた。


(よしよし!このまま琴音と距離を詰めて、家族三人で食卓を囲めるようになるまで、頑張らないと!!)


琴音は琴歌の事を“信頼する”といった。

しかし、あくまで信頼だ。

琴歌の事を親として認め、時には頼る。

決して、琴歌の事を好きなったわけではない。

むしろ、今まで通り大嫌いだ。

それでも、琴歌の事を信じてみる事にしただけ。

琴音の心を揺れ動かす程の事をしなければ、一生大嫌いな母親で終わってしまう。

琴歌は、そこに気付けるかどうかに、今後の母娘の関係が掛かっている。


「じゃあ入るよ?」

「わかってるよ。心の準備は出来てる」


琴音に最終確認を行った琴歌は、組合の中に入る。

琴音もそれに続く。


「これは…知ってはいたけど、想像以上に銀行みたい」

「琴音、早く来ないと置いてくよ?」

「別にそんなに離れてないじゃん。それに、ちょっとくらい色々と見ててもいいでしょ?」


琴音は、不満ですよアピールをしながら琴歌の後を追う。


(意外と琴音もかわいい顔出来るのね…)


琴音の不満は届かなかったようだ。

そして、受付カウンターまでやって来る。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご要件でしょうか?」


世間的に、受付嬢と呼ばれる人が、営業スマイルを浮かべる。

…若干怯えているように見えるのは気の所為だろう。


「登録をしに来たの。娘と一緒にね」

「かしこまりました。運転免許証等の身分証明書になるものはお持ちでしょうか?」


琴歌は、自分の大型二輪の免許証と、琴音の原付の免許証を取り出す。

ちなみに、琴音は高校生になってすぐに原付の免許証を取っている。

しかし、原付が琴歌の住んでいる方の家にあるので、放置されている。


「少々お待ち下さい」


受付嬢は、運転免許証を回収すると、そそくさと奥へと小走りで入っていった。


「…怯えてなかった?」

「お母さんが、厳つい格好してるからじゃない?」

「そんなにかな?」


今の琴歌の格好は、拳銃とタバコが似合いそうな、アウトローな女性という格好をしている。

要するに、町中で見かけたら、距離を取りたくなるような格好をしているといえばいいだろう。


「お待たせしました。こちらが探索者証明カードになります」

「ありがとう。じゃあ私達が行けそうなダンジョンはない?」

「えーっと…」


受付嬢は、わかりやすく困った表情を浮かべる。

普通なら、初心者向けの超簡単なダンジョンへ案内すべきだろう。

しかし、目の前の二人組にそれを教えて大丈夫なのか?

後で恨まれて、暴力を振るわれたりしないだろうか?


「そうですね…お二人は登録されたばかりですので、この初心者向けの『杉並公園ダンジョン』はどうでしょうか?」


受付嬢は、自分の身よりも仕事の規則を優先した。

しかし、内心かなり焦っており、激しく後悔もしていた。

すると、助け舟を出す者が現れた。


「おいおい、新人の癖になに受付嬢に絡んでるんだ?」


二人の視線が、声を掛けてきた者に向く。

受付嬢にとっては、助け舟を出してくれた良い人に見えた。

しかし、神条母娘にとっては


「テンプレか…」


新人に絡むチンピラとして映っていた。

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