第7話親子喧嘩

私は今、憎きお母さんのバイクに乗って、いつもの山奥の倉庫に向かってる。

どうして山奥の倉庫に向かってるのかって?

…あそこは、榊の持ってる倉庫で、近くに榊の別荘がある。

そして、倉庫は別荘に来たときの車庫として使われている。

しかし、別荘にはそんなに頻繁に行かないので、私とお母さんが勝手に使ってる。


「最近はお前が榊の所に行ってたから、腕がなまってるんだ。丁度いい運動になるよ」

「私も、榊でゆっくりしてた分を、取り返さないといけないからね。これに関してはあんたが来てくれて良かったかもね」


そう、あの倉庫は私とお母さんが喧嘩をするときのリング代わりに使っている。

もちろん、使い終わった後はいつも掃除してる。

たまに清掃しないとホコリまみれになるのと、喧嘩するときにどうしても血が出る。

そして、倉庫を血で汚してしまうのだ。

だから、せめて床に落ちた血は拭き取っておくために掃除をしてる。


「丁度いいし、琴音のヘルメットは、駄菓子屋に置いとくか?」

「そうする。いつあんたと喧嘩するかわかんないしね」


これで、いつでもお母さんと喧嘩出来るようになる。

今度からムカつく事があったら、お母さんに八つ当たりしよう。

私の人生は、お母さんの八つ当たりのせいで、大きく歪んだまま進む事になった。

だから、お母さんに八つ当たりして当然だ。

だって、私だってされてきたんだから。


「琴音」

「なに?」

「私の事は好きなだけ嫌ってくれていいよ。好きなだけ殴ってくれていいよ。私は、それくらいの事をお前にしてきた。報いはいつか受けるべきだから」


…急にどうしたんだろう?

もしかして、お母さんも私をこんなのに育てちゃった事に、責任を感じてるのかな?


「急になに?」

「いや…なんでもない。忘れてくれ」

「…?」


本当にどうしたんだろう?


琴音は、よくわからず、首を傾げるのだった。






はぁ…

また素直になれなかった。


(ごめんなさい琴音。こんなお母さんで…って、心の中では何度だって言えるのに、どうして口に出して言えないんだろう?)


私は、琴音の母親の神条琴歌かみじょうことか

趣味は、どうやって琴音に謝るか考えること。

私は、元々素直になれない性格だった。

もちろん、榊の教育に反発して、かなり荒れてることは自覚してるよ?

でも、一児の母親として、琴音をしっかり育てたかった。

けど、


「琴音」

「今度はなに?」


自分がしっかりとした教育が嫌いだったせいで、琴音は私みたいになってしまった。

琴音が犯罪に手を染めるようなことをしないのは、私の旦那、神条和樹かみじょうかずきのおかげだ。

和樹さんは、真面目で誠実で優しい人だ。

そして、私の素直になれない不器用な所を理解してくれている唯一の人。

私が世界で一番頼りになる人だ。


(ああ、和樹さん。私はどうすれば琴音に謝れるのでしょうか?)


琴音には、かなり嫌われてしまった。

なにせ、真面目で優しい子に育つはずだった琴音を歪めたのは、他でもないこの私。

子供を作れなくなったことに対するショックで、琴音に素直になれなくなった私の八つ当たりで、琴音は大きく人生を狂わされた。

もし、今ここで琴音に殺されても、私はそれを受け入れる。

例え、どんな残虐な方法で殺されようと、琴音が望む形で死のうと思っている。

私は、それくらいの事をしてきたから。


「琴音」

「なに!!?早く要件を言ってほしいんだけど!!」

「うっさいわね。もっと声小さくしなさいよ」

「はあ?あんたが名前を呼ぶだけ呼んで何も言わないからでしょ?もしかして、怒らないとでも思ってたの?」

「うるさい、うるさい。静かにしてろこのバカ娘」

「だったら最初から呼ぶなクソババア」


…はぁ、また失敗した。

琴音は私のことが大嫌い。

だから、私が話しかけるといつも喧嘩腰で返事してくる。

そして、売られた喧嘩は絶対買うような性格が邪魔をして、ろくに会話も出来ない。

その結果、喧嘩になってまた嫌われる。

最悪の悪循環だ。


(琴音、ごめんなさい。お母さん、また謝れなかった)


でも、琴音と唯一比較的普通に話せる瞬間がある。

それは、お互い手を出しての喧嘩をしているとき。

ただ、口に出して喋ってるわけじゃない。

そう、拳で語り合ってるの。

拳には、その時の感情とか、思考とか、意思とかが宿る。

私は…いや、私達は基本ノーガードで喧嘩する。

自分の意志を拳に乗せて、相手の体に叩き込む。

そして、こちらは相手の拳をその身で受け止めて、相手の意思を拳から読み取る。

いつだって、仲直り(?)が出来たときは、拳で語り合った後だった。


(きっと、今日の琴音の拳には、殺意と憎悪が詰まっているだろうね。はぁ、どうして望んだ子供じゃない、なんて言ってしまったのか…)


私は、母親失格だ。

何より、琴音に『親としてどうな言われたときは、胸が張り裂けそうになった。

事実とは、困っている時ほど突きつけられるものだ。

そして、その度に心を抉り、深いキズを残す。


「琴音、もうすぐ着くぞ?」

「言われなくても、見りゃわかるっての」


はぁ、やっぱり話す度に、嫌われてる事を自覚するのは苦しい。

心はいつも、恋人にフラれた気分だ。

それに、この苦しみにはなかなか慣れない。

いや、この苦しみが贖罪になるなら、慣れたくはない。

でも、そんなのはただの自己満足。 

根本的に解決してない。

だから、これが贖罪になるとは思ってない。


(この喧嘩が終わった後に話す機会があったら、今度こそ謝ろう。許してもらえるとは思えないけど、私の事を理解してほしい)


こんな強欲過ぎるお願い、叶うはずがないんだけどね。







榊の倉庫

倉庫に着いた二人は、軽く体を動かして、準備運動の代わりをする。

そして、それが終わるといつもの場所に立って、睨み合う。

これ以降、話すことはない。

後は、拳で語り合う。


「じゃあ、始めるぞ」


先に動いたのは琴歌の方だった。

声を掛けてすぐに琴音に殴りかかる。

この二人の喧嘩はノーガードが基本だが、実際は回避すらしない。

ひたすら、相手の体に拳を叩き込む。

それだけだ。


「くぅ…」


琴歌の拳は、琴音の鳩尾に突き刺さり、琴音の体がくの字に曲がる。

しかし、琴音も負けじと琴歌の腹に蹴りを入れる。


「ぐはっ!?」


蹴るのと殴るのでは威力が違う。

蹴る方が圧倒的に強い。

しかし、その分後隙きが大きかったり、体勢を崩しやすくなったりと、色々と問題もある。

しかし、この二人の喧嘩に、そんなものは関係ない。


「琴音、蹴りの威力が下ったんじゃない?」

「あんたこそ、前みたいな重さがないけど?」


ただの痩せ我慢だ。

実際は、前よりもお互い威力が上がっている事に驚愕しながら、体に響く鈍痛に耐えている。

そして、お互い少しだけ距離を取って、思いっきり拳を振りかぶる。

拳が交差してお互いの顔を捉える。

全力の拳は、二人を本気にさせるのに十分な力を持っていた。

そこからは、詳しく言う必要のない喧嘩だった。

ただひたすら相手を殴る。それだけ。

顔を、胸を、腹を、何処だっていい、手の届く範囲全てを殴る。

不満、ストレス、自分の思い。

それらを拳に込めて、相手にぶつける。

これが、神条母娘…いや、榊母娘の喧嘩だ。


神条は、昔から平和的で優しい一族だったため、この喧嘩っ早い性格は榊のものだ。


体中に響く鈍痛は、普通の人ならこれで戦意を失うだろう。

しかし、これでやる気が湧いてくるのが、榊母娘クオリティ。

ただの戦闘狂である。

そして、昼過ぎに始まった喧嘩は、夕方…日が半分落ちるまで続いた。






夕方

落ちていく夕日を眺める親子が居た。

琴音と母親の琴歌だ。


「で、喧嘩の理由って何だっけ?」


琴歌の質問に、琴音はため息を吐いて答える。


「お母さんが私を怒らせたから」

「そう…ん?お母さん?」


琴歌は、娘に久しぶりに『お母さん』と呼ばれ、あざだらけの娘の顔を見る。


「謝りたかったんでしょ?私が知らないとでも思ってるの?」

「…逆に、いつ知ったんだ?」

「昨日。お父さんに聞いた」


琴歌は空を見上げて、旦那の顔を思い浮かべる。

そう言えば、琴音にお金を渡すことを提案したのも、和樹だった。


「そうか…全部あの人の計画通りか…」

「そうだね。私も、なんとなくお父さんに言われて、駄菓子屋に来たと思ってた」

「…私から行くことはないと思ってたのか?」

「じゃあ、言われてなかったら来てた?」

「行かない」


久しぶりに娘と意見が一致して、嬉しく思う琴歌。

そして、勇気を出して、今度こそ謝る事にした。


和樹さんの作ってくれた大切な機会、無駄にはしない!!


「ごめんなさい、琴音。こんなお母さんで…そ、その…」

「無理しなくていいよ。例え謝られても、私はお母さんの事が嫌いだから」


その言葉に、琴歌は心臓を抉られたような痛みを感じた。

しかし、決してその気持ちを表には出さない。

娘の前で、そんな恥ずかしい姿は見せられない。


「でも、信頼してる」

「は?」


流石の琴歌でも、これには困惑した。

すると、琴音が目を丸くした後、クスクスと笑い始めた。


「なに?」

「いや…お母さんでも、そんな顔するんだな〜、って」

「顔に出てた?」

「うん、すっごくわかりやすくね」


琴歌は、何故か負けた気分になった。

こんな下らない事で負けた気分になるのもどうかと思うが、それでも娘が笑うような姿を見せてしまったのだ。

強く、厳しい母親。

この固定概念を琴音の中に残して置きたかった。

いつか、琴音が復讐しに来る事を祈っていたのからだ。


「お母さん、これでも私のこと気に掛けてたんでしょ?でも、お母さん不器用だし、まともに育ってないし、どうすればいいかわからなかった。そして、追い打ちをかけるように、子供を産めない身体になってしまった。知らず知らずのうちに、怒りの矛先を私に向けてた。その結果がこれだよ」


琴音は苦笑いしながら、琴歌に付けられた、顔の青あざを指差す。


「子は親の鏡。お母さんが親に反抗して育ったように、私もお母さんに反抗して育った。私は、どこまで行っても、お母さんの子供だよ。だから、いつまでもお母さんに反抗する。それに、不器用なところも受け継いでるからね。その…『ありがとう』って、簡単に言えないんだよね」


照れ臭そうにする琴音の姿を見て、琴歌はこの子は自分の娘だと再確認した。

本当なら、ここで琴音を抱きしめたかったが、やっぱり不器用な性格が邪魔をして、出来なかった。

それに、琴音が耳を赤くして、琴歌と反対方向を向いている。


「琴音。無理して言わなくていいわよ。私達には別の会話方法があるじゃない」


琴音はため息をつき、振り返らずに、


「そうだね。私達らしい会話方法があるし、わざわざ言わなくてもいっか」


その声は、どこか嬉しそうだった。

そして、琴音は勢いよく振り返り、


拳が交差した。



日が沈み、寝静まった海岸で、アイスを食べる二人の女性。

一人は背が高く、もう一人は高校生くらいの身長をしていた。 

後ろ姿を見れば、普通に見えるだろう。

しかし、前から見ると、二人ともあざだらけで、明らかに喧嘩したあとに見える。

その喧嘩の激しさは、腫れ上がった頬を見ればよくわかるだろう。

だが、二人は手を繋いでおり、既に仲直りしているようにも見えた。


「夜の海って、思ってたより暗いな」

「そうだね。まるで、一昔前のあんたみたい」

「はぁ、せっかく仲直りしたのにそれか?それとも、母親として再教育したほうがいいのか?」

「ほんとにするの?」

「どう思う?」

「ん〜?やらない」

「正解」


下らない会話。

しかし、クスクスと笑う姿は、二人が仲直りしている事を確信させるい理由になった。







帰り道、琴音はダンジョンの事を言うべきか迷っていた。

普通は親に言うべきだろう。

しかし、万が一その事を表に出すような事をされると、駄菓子屋が潰される危険性がある。


いや、ここはお母さんを信じてみよう。

私の信じるお母さんなら、そんな事はしないはず。


「お母さん」

「ん〜?どうしたの?」

「その…実は、お母さんに隠してた事があって」

「なに?」


私の様子がおかしい事を悟ったお母さんは、道路脇に止まってくれた。


「それで?隠し事って何?」

「実は…あの駄菓子屋には、ダンジョンがあるの」


琴歌は、その言葉を理解できず、フリーズする。

そして、数秒後、


「琴音、もう一回言ってみて。下らない事言ったら、ぶっ飛ばすから」


明らかに、琴歌は怒っている。

琴音は勇気を出して、もう一度言う。


「あの駄菓子屋には、ダンジョンがあるの」


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