第4話初めてのダンジョン探索
「イタタ…これは…そうか、魔力切れ」
鋼糸…ミスリル糸に魔力を流しすぎて、魔力切れを起こしたらしい。
やっぱり、私じゃ魔力少なすぎるから、今は使い物にならないね。
となると、短刀を使うしかないか…
短刀をギュッと握ってみると、やはり一瞬頭痛が起こり、すぐに収まった。
「短刀に特別な力は無いと…これの金属って、ミスリル…だけじゃないよね」
『ミスリル合金』
魔力伝導効率が桁違いに高いというミスリルの性質を活かすために、耐久性に優れた他の金属との合金が作られた。
そして、その代表例が『ミスリル・オリハルコン合金』だ。
『黄金鋼』の異名を持つ、金色の鉱石である『オリハルコン』を。
こちらもミスリル同様、ダンジョン内で採掘出来る希少鉱石で、ダイアモンドを凌ぐ硬さがあり、あらゆる攻撃に耐性を持つ耐久性も持ち合わせている。
そのため、上位探索者の鎧などによく使用される。
これも、ミスリル・オリハルコン合金なのかな?
重さ的にアダマンタイトとは思えないし…
魔力もよく通るから、アダマンタイトの合金ではないはず…
いや、『ミスリル・アダマンタイト合金』なんて、水と油な組み合わせは普通しないか。
『アダマンタイト』
『黒曜鋼』の異名を持つ漆黒の鉱石で、とにかく硬い。
びっくりするほど硬い。
硬さに定評のあるオリハルコンよりも、遥かに硬い。
アダマンタイトで作られた盾は、上位探索者が負けるレベルのモンスターの攻撃でしか歪んだ事がないと言われる程、頑丈だ。
しかし、びっくりするほど重い。
大盾を作ろうものなら、軽く1トンは超える。
戦士が持つような盾でも数百キロはある。
そして、魔力をほとんど受け付けない。
それは、魔法攻撃に高い耐性があるという事になるが、こちらの魔力も受け付けないため、武器にすると、ただただ重たいだけのナマクラになる。
鎧?
重すぎてまともに動けないよ?
「結構重たいけど、多分オリハルコンが混じってるからだろうね。魔力が通るし」
いや、アダマンタイトが混じってたら、片手で持てないか…
琴音は、短刀の確認を終えると、外に行く前に他になにも無いか確認する事にした。
◆
「よし、これで最後かな?」
最後の道具を回収した琴音は、ついさっき覚えた空間収納にしまう。
空間収納は、要はアイテムボックスとか、インベントリ、収納魔法の類だ。
小屋の中には様々な武器防具や、魔導具があった。
殆どが、装備者を強化する装飾品ばかりであったが、興味深い物もいくつかあった。
「何気に一番嬉しいのは、この指輪かな?名前を付けるなら、『隠蔽の指輪』か『偽装の指輪』だね」
琴音の右手小指に付けられた、赤い宝石の付いた指輪。
これには、着用者の力や、装備品の力を隠蔽する力がある。
もちろん、それ以外も隠蔽、偽装が可能だ。
例えば、気配、殺気、敵意、悪意、視線、音、臭い、魔力を大量に消耗するが、姿を消すことも出来る。
しかし、姿を消すのは黒装束の効果の一つに存在するので、使うことはないだろう。
「色々と面白そうな物はあったけど、魔力の少ない今は、殆どが役に立たないガラクタだね」
『魔力を消費して同じ性能を持つ複製を作れるナイフ』や、『魔力を消費して針(毒の有無は選択可)を生み出す指輪』、『魔力を消費して極小の銃弾(毒の有無は選択可)を撃つ事が出来る傘』、『魔力を消費して毒を生成する指輪』といった、暗器や暗殺用の魔導具が山程あった。
もちろん、この他にもあるけど、今の私では全て扱えないので割愛。
「そんな事より、早くダンジョン探索をしないと!!」
危ない危ない…当初の目的をすっかり忘れてた。
今日はちょっとだけ外を見て回るだけにしよう。
小屋の外はどうなってるんだろう?
流石に、遺跡とか洞窟ではないはず…
琴音が恐る恐る小屋の扉を開けると…
「も、森ですか…」
あたりを見れば、木、木、木。
それも、人の手が加えられた林ではなく、自然に出来上がった森だ。
ちなみに、林と森の違いは、人の手が加えられているかどうかだそうだ。
加えられているのが林。
加えられていないのが森。
つまり、原生林=森である。
「森か〜。森って見晴らしが悪いから、不人気なんだよね〜」
ダンジョンは、特徴で一括にしても、かなりの種類が存在する。
森林系、平原系、乾燥系、湿潤系、淡水系、海水系、高温系、低温系、洞窟系、山岳系、人工物系、
天空系、異質系。
そして、細かく分けると、森林系には森、林、樹海、ジャングル、巨大樹の森、毒の森、焼け焦げた森、瘴気の森、人食いの森、冥界の森、天界の森などなど、森林系だけでもこれ程の種類がある。
「あっ、でも、空気はすごく美味しい。自然豊かな証拠だね」
現世よりも、異空間であるダンジョンの方が、自然豊かってのは、皮肉な話に思えるのは私だけかな?
こんなきれいな空気、地球上のどこに行っても吸えないだろうね。
なにせ、人類による環境汚染が、一切起こっていない世界の空気だからね。
人類の発展は、ダンジョンの出現と、術式開発によって、より環境に配慮したものになった。
化石燃料に頼らず、環境を汚染しない謎のエネルギーである魔力を主軸とした事で、環境汚染の進行が少しだけ弱まった。
しかし、工業術式の普及によって、新しい土地を求めての開拓が進んだのも事実だ。
「ダンジョンに住む…か」
平原系のダンジョンには、工業都市があるらしいけど、地球の次はダンジョンの汚染か。
草原系のダンジョンは、ひたすら平地が続いており、人が住める平地が少ない日本にとっては、夢のような場所だ。
モンスターも、壁を建設して警備を配置すれば、弱いダンジョンなら問題なく対処出来る。
また、日本は『広域保護大結界』と呼ばれる、街全体を包み込む大結界を発生させる装置が、五基存在する。
これは、厄災レベルのモンスターの攻撃でなければ砕く事が出来ず、一部のダンジョン高級街に設置されている。
つまり、人類は生存圏をダンジョン内部にまで拡大したのだ。
特に、大結界が存在する都市には、テーマパークやリゾートホテル、巨大な公園など、日本では出来なかった巨大建造物が数多く存在している。
「私には家があるから、わざわざダンジョンに住もうとは思わないけど」
私には、守るべき家がある。
お婆ちゃんのご先祖様が代々受け継いできた駄菓子屋。
家名が変わっちゃったけど、五代目『
「…そうか、このダンジョンで出る魔石とかを売って、駄菓子屋の維持費に使えば…」
もしかして、お婆ちゃんがダンジョンを遺してくれた理由は、これなのかな?
…だとしたら、相当私の力を信じてるんだね。
榊家の女は、代々強かった。
お母さんは暴走族の女総長だし、お婆ちゃんは学生の時に、一人で十人以上のヤンキーをぶちのめしたらしい。
…私?素手で探索者をフルボッコにしたことがあるよ?
まあ、相手が探索者でも雑魚の部類だったっていう理由もあるんだけどね?
それでも、探索者は命がけの戦闘をしてるから、一般人よりも遥かに強い。
そもそも、モンスターを倒して強くなってるんだから、普通は一般人が勝てるわけないんだけどね。
「さて、一回深く考えるのをやめて、ダンジョン探索を再開しないと」
琴音は、気を取り直して、ダンジョンの探索を始めた。
◆
小屋から数分歩いた場所
「あれは…ゴブリンか」
特徴的な緑色の肌の小人、ゴブリンだ。
ゴブリンは、ノーマルだと精々子供と同じくらいの力しかない、雑魚中の雑魚だ。
しかし、様々な環境で姿を変えて生き残る適応力や、圧倒的な進化の速さでどんどん強くなる厄介なモンスターだ。
ゴブリンは性欲が強いらしいね…
あんなガキみたいな見た目して、中学生みたいな奴なのか。
よし、殺そう。
「まだ気付かれてないはず。隠蔽の指輪の効果を発動して…」
生憎、喧嘩することが多かったせいで、人を傷付ける事には慣れてる。
後ろから『ドスッ!』ってやれば、殺れるはず。
琴音は、指輪で気配と音を消すと、黒装束の力で身を隠す。
そして、背中を向けているゴブリンに向かって走り出した。
魔力が切れるまでが、琴音の勝負だ。
魔力が切れて倒れてしまったらどうなるか…
ゴブリンまでは、三秒もあれば着く距離だ。
しかし、魔力は五秒程度しか持たない。
一般人の魔力で魔導具の効果を発動出来るのは、それが限界だ。
「シッ!!」
三秒未満で距離を詰めた琴音は、短刀にも魔力を流して、ゴブリンの首目掛けて振り下ろす。
すると、ゴブリンの首は豆腐のように抵抗なく切れた。
「やった!!…ッ!!?」
琴音が初勝利の達成感に浸ろうした時、これまでの十六年で感じたことのないような強烈な吐き気に襲われた。
それは、胃の中にある全てが込み上がる…そんなレベルの話ではない。
身体の内側、全ての内臓が、喉を通して外に出ようとするような吐き気。
そして、琴音は胃の中身を全て吐き出した。
辺りに酸っぱい臭いが漂う。
それで、吐き気はかなり収まった。
しかし、次に訪れたのは、世界にモザイクが掛かったような目眩。
頭の上に大瀑布がの出現したかのような目眩が琴音を襲う。
(くる…しい…これ、は…まさ……か)
『魔力欠乏症』
短期間に大量の魔力を消耗することで発生する症状だ。
もっと分かりやすい言い方をすれば、脱水症状の魔力バージョンだ。
本来、魔力が枯渇しただけでは命に関わる事はない。
精々、とんでもない苦しくなってしばらく動けなくなるくらい。
しかし、魔力が枯渇した状態で魔力を使用するのは非常に危険だ。
無いものを欲しがった所で、無いものは無い。
だから、他のもので代用する必要がある。
それは何か?
魔力の研究でわかった、生命体が持つもう一つのエネルギー。
生命力、あるいは生命エネルギーを魔力の代用品として消費するのだ。
生命力は、読んで字の如く生命活動を続けるための力だ。
そんなものを消費すれば、命を削る事になる。
そのため、魔力の消耗で気絶した場合は、即撤退が推奨されている。
(わ…わたし…し…死ぬ…の?)
魔力の消耗による気絶は、最初で最後の警告。
即撤退を推奨する基準だ。
しかし、琴音はその基準を知らなかった。
この症状を手っ取り早く治す方法は、魔力を補給すること。
ダンジョンで入手することが出来る、『マナポーション』を使用することで、一時的に症状を和らげる事が出来る。
(マナ…ポーション…たしか…小屋に…あった…はず…)
琴音は、朦朧とする意識の中で、空間収納からマナポーションを取り出す。
空間収納を使うのにも魔力を必要とする。
苦しくなる一方で、なんとかマナポーションを口に運ぶ琴音。
(苦っ!?)
まるで、漢方薬をブラックコーヒーで飲んだような苦味が、琴音の口の中に広がる。
そのおかげが、一気に意識がはっきりとしてくる。
「うぅ…まだ気持ち悪い…」
マナポーションを飲み干した琴音は、貧血に似た目眩の中小屋へと向かう。
ここで倒れるのは不味い。
不味すぎる。
モンスターの餌になるくらいなら、お婆ちゃんの駄菓子屋で死にたい…
…いや、それだと駄菓子屋が事故物件になるね。
とりあえず、魔力欠乏症をどうにかする方法を調べないと。
琴音は、重たい体を引きずりながら、なんとか家まで帰った。
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