第2話ダンジョン付の駄菓子屋

「相変わらず寂れてるね」


一人の少女が、ある駄菓子屋に訪れる。

少女はポケットから鍵を取り出し、駄菓子屋を開ける。


「よくもまあ、このコンクリートジャングルの中で生き残ってきたもんだね。普通潰れてるでしょ」


少女は駄菓子屋の中に入り、近くの駄菓子を手に取る。

よくある魚の形をしたグミだ。


「賞味期限は…流石に切れてないか」


グミを元あった場所に戻し、常温になっているラムネを取り出す。


正直、常温のラムネは飲む気になれないね…にしても、数日放置されただけでこのザマか…


「ああ…鼻がムズムズする。2,3日しか放置してないのに、埃っぽすぎでしょ」


この駄菓子屋は、店主が死んで放置されていた。

しかし、葬式までの間も交代で遺族が掃除をしていた。


十七歳の少女に経営をさせるなんて…でも、私以外にここを任せられる奴は居ないしね。

他の奴に渡したら、絶対売るだろうし。


「ほら、帰ってきたよ。お婆ちゃん」


少女は、時代遅れなレジの横に祖母の写真を置く。


今どき、手で打ってやるレジなんて、絶滅危惧種でしょ。

東京にこれが残ってるなんて、なにかの間違いなんじゃ…


「ふぅ…とりあえず、掃除から始めるか」


少女は、慣れた手付きで引き出しから掃除用具を取り出す。

初めて来た者や、数回しか来た者の動きではない。

どこに何があるか知っている者の動きだった。


ホコリまみれ雑巾に、毛の絡まった箒。

電気で動く掃除機に、一昔前の空気清浄機、ねぇ?


「傍から見れば、タイムスリップしてきたみたいな光景だね。今どき家電なんて廃れた物なのに」


ダンジョンが世界に出現してから三十年。

今や機械は魔力で動く時代だ。

テレビも冷蔵庫も扇風機もエアコンも。

コンロだって、魔力で熱を発生させてる。

そもそも、フライパン自体に加熱術式が込められた物もある。

世間一般で言われる“家電”は、既に過去の遺産だ。


それでも、ここみたいな例外は幾らでもあるけど。


「やっぱり、電気で動く掃除機はうるさいね。騒音で苦情が来そう」


そう言いつつも、これには慣れてるんだけどね?

にしても、一回ガラリとリフォームしたほうがいいのかな?


そんな事を考えていた時、駄菓子屋人がやって来る。


「琴音、頑張ってるな」

「お父さん!…何しに来たの?」


少女…琴音は、父の来訪に警戒心をあらわにする。


「琴音…ここの事はお前に任せるで決着しただろ?それに、お婆ちゃんも琴音に任せるって言ってたし。今更ここを売ろうなんて言ったりしないよ」

「…それを届けに来ただけ?」


琴音は、父の持つビニール袋に視線を落とす。

すると、父親は袋を胸の下辺りまで持ち上げて、


「お母さんからの差し入れだよ。琴音の好きな煮込みハンバーグだ」

「ありがとう。…お父さん、またパシられてるの?」

「そうだな…お母さんは、元々暴走族の女総長をやってたくらいだしね。今思うと、あの時のお母さんはよく隠してたもんだと思うよ」


琴音に袋を渡した父親は、腕を組んでうんうんと一人で頷いている。


「お前の喧嘩強さは、お母さん譲りの才能だな」

「逆に、お父さんから貰ったモノは、中途半端は体の柔らかさだけだよ?遺伝子レベルで、お母さんの言いなりになってるよ」

「そうだな。…はぁ、肩身が狭い」

「ちょっと!この店でそんな哀愁を漂わせないでよ!!」


妻の尻に敷かれ、娘からはいい感情を向けられない。

おまけに、務めている会社では後輩にバカにされる。

散々な扱いを受けているが、これでも琴音の父親である。

…顔も正確も才能も、琴音は全て母親に似ているが、父は気にしていない様子だ。


せっかくだし、掃除くらい手伝ってもらおうかな?


「お父さん、帰る前に掃除手伝ってよ」

「言うと思ったよ。新品の雑巾を買ってきたから、それでこのガラス戸を拭くぞ?」

「終わったら、箒で中をキレイにしてね?あっ、絶対上がらないでね?」

「わかってるよ」


レジの後ろには店の奥に繋がる廊下がある。

そこに行くなと、琴音は言いたいのだ。


「私は奥の掃除をしてくるから、何かあったら呼んで。まあ、小学生でも出来る事だから、何もないだろうけど」

「そうだな。元々キレイだから、すぐに終わるだろ」


はあ?こんなに埃っぽいのに?

一体どんな汚部屋で過ごしたらそうなるんだか…

やっぱり、お父さんは信用ならないね。


琴音の辛辣な考えとは裏腹に、そんな事は知らない父親は、せっせと窓拭きをしていた。

琴音はそんな父親から視線を外し、店の奥に入る。

店の奥もやっぱり埃っぽく、鼻がムズムズした。

持っていたマスクをつけると、まずは突き当りの部屋に入る。

そこには、大量のダンボールが置かれており、店の在庫があった。


「ダンボールが埃を被ってるね…やっぱり、しばらく商品を変えてないのか。賞味期限大丈夫かな?」


さっきのグミは大丈夫だったけど、他の駄菓子はどうだろう?

まあ、アイスは全部溶けてるだろうから廃棄だけど…


琴音はダンボールの埃を払い、中を確認する。

中にはチョコが入っており、割と重たかった。


「五十円チョコ…これが生き残ってるのが不思議でしかないね」


五十円硬貨に見立てた袋に包まれているチョコで、名前に五十円と付いているにも関わらず、大抵十円で売られてる。


ここも埃っぽい。

それに、ダンボールがいっぱいあるから、Gが出そう。


「先に二階の掃除をするか…」


流石にこの軽装でGが出そうな部屋の掃除は出来ない琴音は、先に二階の掃除をすることにした。

倉庫を出てすぐの古臭い階段を登ると、扉が3つある。


ここがキッチンで、あれが寝室、奥の部屋が…確か、物置だったはず…


「ここに来るのも久しぶりだね。泊まりじゃないと二階には上がらないし」


琴音が最初に入ったのは、台所だった。

中は雨戸も閉まっていて、真っ暗。

入ってすぐのスイッチを押して、電気を点ける。

天井の蛍光灯が、一秒のタイムラグを経て点灯する。


蛍光灯か…そう言えば、ここって魔力通ってるのかな?


「水道、電気、魔力。ライフラインが揃ってないなんて事はないよね?」


少なくとも、水道と電気は使えたはず。

でも、魔力は通ってなかった気が…ん?


「え?…これ、まだあったの?」


琴音の見つけたもの、ソレはガスコンロと呼ばれる物だった。


「あ…IHでさえ古いって言われるのに、今どき化石燃料なんて…」


日本は元々化石燃料に頼り切っていた国であったが、魔力をエネルギー資源として活用出来るようになると、一気に置き換えが始まった。

なぜなら、日本は『世界三大ダンジョン大国』の一つだからだ。

その理由としては、日本と国土面積が近いドイツと比べて、三倍以上の量のダンジョンが存在するためだ。

日本は、ダンジョンが資源利用出来るということを知ると、世界で十三番目にダンジョンを、民間開放した。

そして、魔力を資源利用する体勢を整え、4番目のライフラインとして組み込む事に成功した。

そして、周辺国から付けられた異名は、


『世界一のダンジョン先進国』


ちなみに余談だが、日本の著しい経済発展をよく思わない周辺国から、武力をちらつかせた脅迫文が届き、国内外から多大な反対を受けながらも、正式な方法で憲法改正が行われた。

ソレは、『自衛目的であれば、新型の武器の開発を許容する』というもので、これにより、日本は数々の魔導兵器を開発。

更には、非核三原則を巧妙に回避した、『魔力暴走兵器』通称、『魔導核兵器』を開発し、核保有国として認知される事になった。


「嘘…使えちゃった…」


琴音が昔教わった通りにガスコンロを動かすと、実際に火が出た。


「やっぱり、この家は旧ライフラインで動いてるのか…」


旧ライフライン

水道、電気、ガス。

この3つを指す言葉であり、魔力の資源利用が行われてから、ガスが魔力に置き換えられた事で、そう呼ばれるようになった。


「旧ライフラインは高いんだよね〜」


主に、ガス代が旧ライフラインの価格を高騰させている。

何故なら、魔力は自国で賄えるし、電気も魔力発電が主流のため、エネルギー資源を他国から輸入する必要ないのだ。

そのため、天然ガスを輸入する必要があり、金がかかるのだ。


「ガス代を浮かせないと不味いかもな〜」


琴音は現実逃避のためにキッチンを出る。

そして、隣の寝室に入る。


「畳敷きの和室…?」


畳が敷かれているが、和室とは言うような雰囲気ではない部屋。

ここが寝室。

部屋の左に襖があった。

おそらく押入れだろう。


「襖の押入れねぇ?布団が外にあるのに、押入れに意味なんて…え?」


襖の奥にあったのは、押入れではなくボロボロの部屋だった。

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