明らかにしない巨石塔。

月や火星に想いを馳せ、新型コロナウィルスに侵されたあとの後遺症で悩み、日米の金利差を憂う。日本の自動車産業は世界から出遅れ、コントロール出来ない殺人 AI の出現に怯える。誰かさんが sns で炎上したことなんてまったく気付かず、ランチでオムライスが食べたい、と嘆く。


我われはそんな辺境のジャングルを生きている。遠い。俺が産まれた故郷など、もう果てしなく遠い。


アニメ『コメット・ルシファー』に登場するヒロインのコスプレをしたリトアニアの少女が、 instagram で、首に掛けたダイヤモンドのネックレスを左手で持ち上げ、キスをした。そして、目をつぶって「今がすべて」とささやく。


アゲハチョウを追いかける日々。


小学6年生のとき、クラスメイトが巨石塔について調べたことがある。夏休みの自由研究というやつだ。


巨石塔は、太平洋戦争後いつの間にか存在していた。

初めて記録に残っているのは、1953年の地元新聞記事。そこには、繁華街で起きた大火事のことが書かれていたそうだ。当時、離れの山にあるサナトリウムから眺めると、巨石塔が火の海に包まれたように見えたらしい。

巨石塔の東側に 灰色のゴッホ通りと呼ばれる繁華街がある。そこの路地裏の小さなそば屋から出火した。先進国の国際空港ほどの広さを焼いた。死者82人、ケガ人168人。

そのとき巨石塔から戦車のような消防車が数台出てきた。我が街の市長が、北海道知事へ自衛隊の前身である警察予備隊の出動要請を打診した。しかし、結局巨石塔の消防戦車が自力で大火事を鎮めたらしい。


その次に巨石塔の記録が残っているのは1965年。最初の東京オリンピックの翌年、体育の日を記念して行われたマラソン大会で市民ランナーが巨石塔の周囲を 42,195 km 分走り回った。調べたクラスメイトの祖母が 当時の 8 mm フィルムを見た、と主張したが、それを発見することは出来なかった。彼女によると巨石塔は今も昔も変わらない佇まいだそうな。



最終的にクラスメイトは結論を出せなかった。小学5年生の少年が夏休みのすべてを掛けた自由研究でも、巨石塔の正体はまったくつかめないのだった。解るのは巨石塔が存在している、ということだけだ。ただただ、どうしようも無く存在する巨石塔。

いつ、誰が、何のために。


昔あった大火事の対処の仕方でも解るように、巨石塔の中に人がいるのは確からしい。しかし、巨石塔にドアや窓らしきものはない。空調のダクトも見当たらず、換気口もない。業者が食材飲みものを運び込むのを見た者もいない。果たしてゴミの処理をどうしているのやら。いつも、巨石塔の高いところにある数本の煙突から、灰色の煙が出ているのを見かけるので、何らかの活動はしているようだ。



ところで、歩いて巨石塔に近づいて行くと、むき出しの壁面にぶつかる。フェンスも何もない。見上げると大きな黒い物体が空を突き抜けている感じだ。


繁華街と巨石塔の間には、芝生に囲まれた遊歩道が整備されている。所々にブランコ、すべり台、ベンチや街路樹もある。その空間は一般市民の憩いの場となっている。

つまり巨石塔の存在は、まがいなりにも、罪のないいち地方自治体の都市開発計画に組み込まれている、ということだ。

だからといって巨石塔が、地元の夏祭りに施設内を解放するわけでもなく、地域の防災訓練に参加するわけでもない。

巨石塔は頑なに内部を閉ざしたままだ。そして沈黙。


夏休みに巨石塔について調べたクラスメイトは、最終的に市役所へ取材を申し込んだ。そして、二学期が始まる3日前に市役所の市民生活課を訪問して直接職員に質問した。

「あの巨石塔は、何なのですか?」

職員は困った顔をして次のように答えた。

「そりゃあ、私が聴きたいもんだ」と。

クラスメイトが市役所を去る際、その職員はこう言ったという。


「いつの日か、我われは巨石塔に救われるかもしれんよ」


意味解らん。つくづく俺は、不思議に感じる。そりゃあそうだろう、巨石塔はただただ黙って建っているだけだし。


その高さは200 m。地上の、円錐の塔の胴回りが直径 70 m ほど。色は全体が黒く光を吸い取る感じ。てっぺんの赤い航空障害灯以外に光るものはない。上方に灰色の煙が出ている煙突が数本。


悪魔が住んでいる、という噂もある。


俺の住んでいる街の中心に大きな塔が建っている。誰もがその建造物を、巨石塔と呼ぶ。

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巨石塔の城門 Jack-indoorwolf @jun-diabolo-13

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