肴を待つ

「帰ろう、ね。帰ろう、ね。」

古着屋のベストには釣具が入っている。僕がセカンドストリートにて購入したナイロン素材の適当なベストにも、見えない釣具が備えられている。

でもそれは、価値観にぶら下がる価値観であり、有効的に使われることはない。少なくとも僕の周りでは。

「引いたよ、こっち来てよ、引いた」

スウェットパーカーの男が女児に寄る。眉間に皺をよせるのがなんでもないような顔立ちをして、女児の持つ竿を掴んで引っ張った。


「お父さん、釣れたね」

サンゴ付近で遊泳していたイシダイは彼女らによって自我を放り捨てられて、俄にくたびれたスクリーンセーバーみたいに踊らされていた。スウェットパーカーの男がクーラーボックスを開けて、針から人形のようなイシダイを取り外して中に入れた。

 クーラーボックスに腰掛けたスウェットパーカーの男に女児は問うた

「お父さんも、釣れたね」


地面にもたれかけたスウェットパーカーの男の竿は、ただ風に靡かれている。男はそれを起こし、関節技をかけるみたいに解体し始めた。女児はそれを見て、さざ波みたいなキラキラした目をして自分の折りたたみ椅子を片付けた。男はパーカーを外した

「ほんまやな、釣れたわ」




ワークマンに入って、ちゃんとしたフィッシングベストを購入した。私服には向かないかもしれないが、価値観が有効的に使われる為のパイオニアに成らざるを得なかった。店を出ると、13アイスの自販機前にスウェットパーカーの男が見えた。付き添う女児のオーラを電信柱越しに感じた。

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なんでもないわ 大谷義一 @koogy

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