第41話 コドクノムラ
妙に歩道が滑るなと思ったら、雪では無く霙(みぞれ)が降っていた。
伝えられない言葉を胸に閉まって、和久は一人、寒空に耐えて帰途に着いていた。
冬に真実を語らないことが、本当に正しいことなのかは分からない。
――それでも冬が傷つくよりは、毒舌以下の嘘を吐く方が遙かにマシだ。
孤独であることに耐える、最善の方法。
それは、己が孤独であることに気づかないことだ。
あるいは、孤独では無かったことにすら気づかないことだ。
どちらも悲劇ではあるが、語らないだけで救われる者もいる。
和久は、冬を失いたくない。
冬はどうなのだろうか。
自分と一緒にこの村を守る、と言った冬を信じたいが、冬にとってベストなパートナーが他にいないとも限らない。
更なる来訪者が、山王Z村にやって来ない、とも限らない。
そのときまではせめて――。
「和ー久ー」
突然の呼び声に驚いて、和久は振り返った。
館長室のソファで眠っていたはずの冬が、コートを羽織りながら駆け寄ってきた。
よれよれとふらつきながら、緑色の髪の毛を揺らして、冷たい雪の上をみしみし歩いて。
「何やってんだよバカ。黙って寝てりゃいーだろ。このアホ緑猿」
「すぐ帰って寝るけど、帰るなら帰るって言いなさいよバカ。気になるじゃない」
「起こしたら起こしたで怒るんだろーが、どーせよ?」
和久が鼻を鳴らして笑っていると。
「………………………………一人にしないでくれてありがと」
寝ぼけ眼をこすり、ぼそりと冬が言った。
「……は?」
「和久の毒舌は大嫌いだし、聞くだけで苦しいけれど――でもありがと、怒ってくれて。ばいばい、おやすみ」
冬は大きな欠伸をして、ぺろりと小さく緑色の舌を出した。
ふりふりと手を振って踵を返し、来た道をまたよれよれと、ふらつきながら帰っていく。
唖然と見送りながら。
寝ぼけていたのだろう、と和久は思うことにした。
疲れた体で寝ぼけながらこの霙の中を歩いてくるのは、自殺行為ではあるけれど。
それを覚悟して、和久を追ってきたのかもしれないけれど。
結局、冬と和久は言葉がすれ違う。
心も、きっとすれ違い続けている。
出会ってからずっとだ。
ぴったり気持ちが重なったことなど、一度も無かった。
重なったことは無いが、離れすぎたことも無い。
ただ分かることは、お互いにきっと、もう本当の孤独には耐えきれないだろう、ということだけだ。
そこに、和久も冬も気づいてしまった。
「難儀なもんだな」
と、一人で笑って帰ろうとして――。
ふと和久は、不吉な考えを巡らせてしまった。
この山王Z村は、未だに蠱毒の呪いの術法の、内側にあるのではないだろうか、と。
結界によって閉じられていたはずの、この村という呪いの術法の場の。
毒を持つ魂が殺し合い、最後の一人になるまで蠱毒の術からは抜けられない。
〝呪われた子供達〟はこれからも何かのきっかけで目覚めて、冬の前に立ち塞がるのではないだろうか。
小町は? エディは?
彼らの妙な才能も、〝呪い〟の一環では無かったのか。
その中では、ケガレた毒舌の和久だけが、呪いの術の外側から来た異邦人なのだ。
古代より、村社会に変容をもたらすのは外からの稀人(まれびと)であった、と冬の父は語っていた。
自分の存在が在って、自分が耐えることで――
蠱毒の村が、冬の孤独が変わるのならば。
「離れやしねーよ」
例え背中合わせであろうとも。
永遠に近い氷に包まれた冬の空に、和久は誓う。
毒舌と猛毒は、近づき離れながらも、孤独を避けようと歩み続ける。
人は孤独に耐えられず、生きている限り村を作る。
――それが巨大な氷河の彼方でも。
こどくのむら 猛毒少女と毒舌少年 ホサカアユム @kasaho
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