新付喪神記
稜雅
物による物のための行進
「器物百年を経て、化して精霊を得てより、人の心を誑かす、これを付喪神と号す。」
ー『陰陽雑記』
どんちゃん、どんちゃん
がちゃがちゃ、がちゃがちゃ
わいわい、がやがや
どこどこ、ばたばた
ぎーぎー、ばったんばったん
【こんこんちきち、こんちきちん】
行けよ、進めよ、ひたすらに。
【こんこんちきち、こんちきちん】
逝くも、還るも、楽しみながら。
【こんこんちきち、こんちきちん】
我らが生まれた意味とはなにか?
【こんこんちきち、こんちきちん】
我らを産んだあやつらはなにか?
【こんこんちきち、こんちきちん】
我らを捨てたあやつらはなにか?
【こんこんちきち、こんちきちん】
友との訣別、かの裏切り、如何に晴らさでおくべきか?
【こんこんちきち、こんちきちん】
今宵は狂乱、付喪の行進。
世は新たな元号を迎え早くも4年が経とうとしている。
超規模での感染症拡大に伴い、世界は未曾有の大混乱に陥っていた。また、それはかつての都、京都でも同様である。
収束の見えない不安感に覆われ、街には太古の昔、大飢饉が起こったあの頃と変わらぬ、うら寂しい光景が広がっていた。
留まることをしらない感染者数に、日々増加する死者数。街は目に見えない病原菌に埋め尽くされ、人々は生きる気力を失いかけていた。
そんな折、政府から一つの宣言が出される。
その悪名高き方策こそ、後の世において「令和の煤払」と呼ばれるものである。
簡単に言ってしまえば、住み慣れた街を捨て新たな土地へ移住しようという計画である。
当然多くの反対意見が出たことは言うまでもない。だが「緊急事態」という言葉は甘く、人々の思考を溶かした。
「一切の家財道具を持ち運ぶことを禁ずる」
お触れにはそう書かれていた。
人々は文字通り、後ろ髪を引かれながら街を後にするしか方がなかった。
残された街からは、生活の痕跡を全くそのままにして、そこに居たはずの人々だけがごっそりと消えてしまった。後には鳥が寂しく鳴くばかりである。見る人を失った夕陽は寂しげに赤く焼けていた。
1世紀。100年。1200ヶ月。36,500日。876,000時間。52,560,000分。
3,153,600,000秒。
単位はなんでもよいが、1人の人間が生まれ落ち死に絶えるまでの期間が過ぎた。
その間風雨に晒され、時の重みを受け続けた街はかつてとは様相を異にしていたはずだ。
「誰もいなくなったはずの街で祭りの音がするらしい」
出どころもわからない噂が、まことしやかに囁かれるようになったのは一体いつ頃だろうか。
とうの昔に出された「令和の煤払」により、かつての都であった京都から人の姿が消えたことは、誰でも知っている事実だった。
それは、人口の9割を失うという形で決着のついた未知の病原菌によるものであったが、残された人々には結束するという道しか残されていなかったのだ。元いた場所に戻ることなど、100年経っても誰の考えにも浮かばなかった。もはや故郷などという概念は何の役にも立たなかったからだ。
そんなかつての故郷では、毎晩のように賑やかな音が聞こえるらしい。
自分達とは違う場所で生き延びてきた人々が、再び都の活気を取り戻そうとしているのだろうか?
明日の米にも難儀する自分達だが、もしかしたら美味い食事を分けてもらえないだろうか?
閉ざされた人間関係に飽き飽きしていたが、そこのコミュニティなら合う人がいるのではないか?
うまくいけば、また社会を形成するきっかけにならないだろうか?
人々の想いは交錯した。
祭りの噂は人々を高揚させた。
「よし、見に行こうじゃないか」
そう決断されるまで、それほど時を要さなかった。足腰の丈夫な若者2人が選ばれ、まずは噂の真偽を確かめるため派遣された。
2人は野を越え、山を越え、ちょうど辿り着いた頃は夕闇の帳が街を覆う頃であった。
立ち並んだ木々の向こうに、薄らと明かりが見え始めたとき、2人は歓喜した。
「どうやら噂は本当だったらしい」
どこからともなく、祭囃子の音まで聞こえてきた。
歩き通した疲れが一気に吹き飛び、2人は我先にと駆け出した。
【こんこんちきち、こんちきちん】
「音が近いぞ!」
「人の声も聞こえる!」
「やったぞ、やったぞ!」
【こんこんちきち、こんちきちん】
「あの岩の向こうだ!」
「あと少し、あと少し!」
2人はもつれる足を必死に回した。ようやくのことで岩のところまで辿り着くと、目を輝かせて祭りの喧騒を眺めようと覗いた。
【こんこんちきち、こんちきちん】
先頭を行くのは、錆びついた自動車だ。
ハザードをちかちか点滅させながら、パンクしたタイヤを引き摺るようにして練り歩く。
ガラスの割れた車内に人影はない。
勝手に回るハンドルと、歌うように鳴らされるクラクションが賑やかさを演出している。
その後ろを続くように冷蔵庫がドアをがちゃがちゃさせながら進む。泥を被って本来の色がわからないほどまで汚れ切っているが、中には小さな家電達がぎっしりと詰まっており、めいめいが歌を口ずさむ。
わいわいと賑やかな行進を見せるのは鏡の集団である。大きなものから小さなものまで、多種多様色鮮やかな集団が、きらきらと破片をこぼしながら進んでいく。通った後には虹の橋がかかった。
目の前の鏡達を踏み潰しそうになりながら、つんのめるようにして進むのはパソコンモニターたちだ。長く垂れたケーブルをずるずると引き摺り回しながら、暗い井戸の底のような色をした画面に流れる灯火を映している。
時計、ドア、靴、マスク、皿、人形、机、スマートフォンなどなど。眼下には、収まりきらない数の「物」が溢れていた。そして、皆一様に決まった方向へと流れていた。
割れた街灯が要所を照らし出し、朽ち果てたロッカーが音を奏でる。街には地鳴りにも似たような低い音が立ち込めている。
【こんこんちきち、こんちきちん】
行けよ、進めよ、ひたすらに。
【こんこんちきち、こんちきちん】
逝くも、還るも、楽しみながら。
【こんこんちきち、こんちきちん】
我らが生まれた意味とはなにか?
【こんこんちきち、こんちきちん】
我らを産んだあやつらはなにか?
【こんこんちきち、こんちきちん】
我らを捨てたあやつらはなにか?
【こんこんちきち、こんちきちん】
友との訣別、かの裏切り、如何に晴らさでおくべきか?
【こんこんちきち、こんちきちん】
今宵は狂乱、付喪の行進。
2人の男は音も立たずに岩陰で震えていたそうな。
新付喪神記 稜雅 @ryo190
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