234 レオナードの誕生日パーティーにて

◆◆



 いよいよ僕の八歳の誕生日パーティーが始まった。


 僕は今日をとても楽しみにしていたんだ。


 パーティー会場の大ホールは豪華で綺麗に飾り付けられていて、とても華やかだ。

 綺麗に着飾った貴族や各国の大使など招待客が大勢お祝いに来てくれていて、楽団がゆったりとした明るい曲を奏でている。


 父上と母上と一緒に会場へ入ると、大きな拍手で迎えられて心が浮き立つ。


 弟のシャルルはまだ赤ちゃんだから部屋でお留守番だけど、シャルルもいつかこうしてみんなにお祝いして貰えるんだろうな。

 その時は僕もいっぱいお祝いしてあげよう。


 パーティーの進行は、まず父上が挨拶。

 次に僕が、お祝いに来てくれた感謝の言葉と、パーティーを楽しんで欲しいと挨拶。

 それから楽団が曲を変えて優雅な曲を演奏する中で、本格的にパーティーが始まる。


 最初にお祝いの言葉をかけに来てくれたのは、ヴァンブルグ帝国の皇太子のルートヴィヒ殿下と皇太子妃のダニエラ殿下、そして皇子のハインリヒ殿下だった。


 この三人は今日を最後の公務として外遊を終えて、数日後にヴァンブルグ帝国へ戻るんだって。

 両国の友好のための公務の一環だったとしても、僕のお祝いをするために王国に残っていてくれたなんて、嬉しいよね。


 しかも。


「レオナード、おメでトウ。たんジョーび、ハッさい、めでタイ」

「ありがとうハインリヒ。この短い間に、オルレアーナ王国語、上達したね」

『おう、まあな。もっと褒めていいぜ』


 ハインリヒとはお互いに名前で呼び合うようになれたんだ。


 得意満面なハインリヒに、思わず笑顔が零れる。


 同い年だし、立場も近いから、対等な友達って初めてでなんだかくすぐったい。

 しかも、ヴァンブルグ帝国語しか話そうとしなかったあのハインリヒが、たどたどしくもオルレアーナ王国語を話せるように勉強したなんて、すごいことだよ。


 それもこれも、マリエットローズ嬢が発破をかけたからなんだって。

 本当にマリエットローズ嬢はすごい女の子だ。


『今度はレオナードがヴァンブルグ帝国に遊びに来いよ。オレが案内してやる』

『うん、その時はよろしくね』


 ルートヴィヒ殿下とダニエラ殿下もお祝いの言葉と一緒に、歓迎するって約束してくれた。


 僕とハインリヒが仲良くすれば、王国と帝国も仲良くなれるもんね。

 友達として仲良くしたいのはもちろん、王子としても大事なことだと思う。


 そしてお祝いの言葉は短めに、ハインリヒ達は別の人達のところへ挨拶に向かった。


 本当はもっと話したかったけど、後がつかえているから仕方ない。


 それからも、招待客の各国の大使、王城で働いてくれている重鎮の貴族達、伯爵以上の上級貴族の領地貴族達が、次々にやってきてお祝いの言葉をくれる。

 中には、露骨に同い年くらいのご令嬢を紹介してくる貴族もいて、言質を取られないよう当たり障りなく相手にするのは、ちょっと疲れたけどね。


「殿下、以上で参加者全員のお祝いのご挨拶は終了です。お疲れ様でした」


 そうして次々とお祝いの挨拶を受けていたら、不意に侍従のブリアックがそう伝えてきた。


「え? これで全員? ゼンボルグ公爵家は?」


 まだマリエットローズ嬢を見ていないんだけど?


 ブリアックに確認すると、呆れたように首を横に振った。


「欠席です。まったく、招待状を求めておきながら参加しないとは、殿下をあなどっているとしか思えませんね」


 そんなことをするような人達とは思えないんだけど……。


「ゼンボルグ公爵家から何か連絡は来ていないの? 不参加の理由とか」

「それは……」


 ブリアックが急に歯切れが悪くなる。


 この顔は知っている顔だ。

 でも、なんで教えてくれないんだろう。


 だから、父上を振り返る。


 父上は明らかに不機嫌そうな顔になったけど、溜息交じりに教えてくれた。


「道中で山賊に襲われたそうだ」

「山賊に!? それで無事なのですか!?」

「ああ、大事ないそうだ。しかし、そのせいで間に合わないと言うので、お前に謝罪を言付かっている。『参加出来ず申し訳ありません』とな」

「そう……なのですか」


 また会ってお話が出来るって、今日一番の楽しみにしていたのに……。


 ううん、それよりも。


 山賊に襲われただなんて、マリエットローズ嬢は大丈夫かな。

 怪我をしたり怖い思いをしたりしてないといいけど。

 心配だな……。


「まったく、たかが山賊ごときに襲われた程度で殿下の誕生日パーティーをすっぽかすなど、不敬極まりない。しかも、公爵家でありながら山賊に襲われるとは、山賊にも舐められているのでしょう。ろくな家ではありませんね」


 ブリアックは、前々からゼンボルグ公爵家について軽く見てるところがあったけど、マリエットローズ嬢に無作法を指摘されてから、すごく敵視するようになった。

 何かあれば、すぐこうして嬉々として悪口を言うようになったんだ。


 普段はちゃんと自分の仕事をしてくれているからまだしも、こういうところはちょっと嫌だ。


「ブリアック、事はゼンボルグ公爵家だけの問題じゃない。公爵家を襲う山賊が王国内でのさばっている。そのことを危険視すべきだと思う」

「っ……はい、申し訳ありません」


 いくらマリエットローズ嬢が気に入らないからと言って、まだ七歳の女の子が乗る馬車が山賊に襲われたことをむしろ喜ぶなんて、人としてどうかと思う振る舞いだ。


 下唇を噛んで、ブリアックが恨めしそうな顔をしている。


 きっとマリエットローズ嬢に逆恨みをしているんだろうな……。

 本当に、ブリアックのこういうところは嫌いだ。


「父上、その山賊の討伐に王家から兵を出すべきでは? 野放しにしていては、次にどの貴族が襲われることか。オルレアーナ王国の沽券に関わります」

「そうだな。しかし一地方の領地で起きた事。まずその領地貴族自身で解決させるべきだ。でなければ顔を潰すことになる。分かるな?」

「それは……はい」

「動くなら、その貴族から援軍要請があってからだ」


 言われてみれば、そうかも知れない。


 でも……。


 父上はまるでその山賊のことを問題視していないような、そんな事態にはならないって考えているような気がする。


「陛下、殿下、一度控え室へ下がってご休憩を。お食事の用意が整っております」

「うむ」


 父上にそれを尋ねようとしたら、それより早く父上の侍従に促されてしまった。


 結局、欠席はゼンボルグ公爵家だけ。


 仕方なく一度下がって軽く食事を取って休憩すると、再び会場へと戻ってくる。

 そこからは、改めて招待した貴族達や招待客の間を回って、少し多めに時間を取って個別に歓談をする時間だ。


 ただ、どの貴族達から回るかは、色々と面倒があるけど。

 例えば、何かと張り合っているプロヴェース公爵とブラゴーニュー公爵の、前回はどっちを先に回ったから今回はこっちから、みたいな。


 しかも今回は、ゼンボルグ公爵家が急遽欠席になった。

 そのせいで、それ見た事かとばかりに、みんなゼンボルグ公爵家を悪く言うんだ。

 特に一部の貴族は、王家の敵みたいな言い草だ。

 まるで僕に、ゼンボルグ公爵家を嫌いなさいって押し付けてくるみたいに。


 そんなの、せっかくの誕生日パーティーでする話じゃないと思う。

 どうせ話題にするなら、画期的な魔道具の数々で生活が変わってきたことや、マリエットローズ嬢のすごいところにすればいいのに。

 おかげで、ちょっとうんざりだ。


 そしてまたそんな貴族がやってきた。


「遠目から拝見しておりましたが、貴族達の挨拶を受けるお姿は堂に入っており、大変ご立派でしたな。そのお姿を拝見出来ず、ゼンボルグ公爵家もざまぁありませんな」

「ええ、まったく。調子に乗っているから、山賊などに襲われるのですわよ」


 愉快げに嘲笑う、モーペリエン侯爵とモーペリエン侯爵夫人だ。


 そんなモーペリエン侯爵とブリアックが、一瞬だけ、何事か目配せをし合う。

 叔父と甥だからか、どこか似ているんだよね、嫌な部分が特に。


「もしかしたら、山賊に襲われたと言うのは嘘で、パーティーに着てこられるドレスが用意できなかっただけかも知れませんわ。だって貧乏な田舎者なのでしょう?」


 さらに、モーペリエン侯爵令嬢もごく自然に馬鹿にする。


 本当にうんざりだ。

 マリエットローズ嬢がどれだけすごい子か、知りもしない癖に。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る