235 モーペリエン侯爵令嬢ジャクリーヌは勝ち誇る

◆◆



「もしかしたら、山賊に襲われたと言うのは嘘で、パーティーに着てこられるドレスが用意できなかっただけかも知れませんわ。だって貧乏な田舎者なのでしょう?」


 もっとも、嘘でも本当でもどうでもいいのですわ。

 だって邪魔な田舎娘が来ていなくて、清々しましたもの。


 なんでも、レオナード殿下が個人的に王宮へ招待したことがあるとか。


 ふざけていますわよね、貧乏な田舎者の癖に。

 ましてや、すわ婚約者最有力候補か、だなんて。

 まったく不愉快だったらありませんわ。


 レオナード殿下の婚約者に最も相応しいのは、知性と教養、家柄と美貌、全てを持つこのわたくし、モーペリエン侯爵令嬢ジャクリーヌ・ラ・ド・モーペリエンだけですわ。

 身の程をわきまえろと言う話ですわよ。


 でも、これでゼンボルグの田舎娘はレオナード殿下の婚約者候補から脱落ですわね。


 だってほら、レオナード殿下のご尊顔は、今日もとってもお美しい。

 穏やかな微笑みを浮かべていて、欠席した無礼な身の程知らずの田舎娘のことなど、まったく気にもされていないのですもの。


 ああ、本当にレオナード殿下は素敵ですわ。

 レオナード殿下だって、ダサい田舎娘なんかより、美しいこのわたくし、ドレスも化粧も流行の最先端を行くこのわたくしを見ている方が、よほど有意義ですわよね。


「田舎者は世界の果てから一生出てこなければいいのですわよ。そんな者達にうろつかれては、オルレアーナ王国の品位が下がりますわ。そもそも――」

「ねえ、モーペリエン侯爵令嬢」

「――はい、なんでしょう殿下?」


 まあ、殿下から話しかけて下さるなんて!


 ですが、モーペリエン侯爵令嬢などと他人行儀ではなく、ジャクリーヌと呼んで下さって構いませんのに。

 だってわたくし、ゆくゆくは殿下の婚約者になるのですわよ?

 お父様もそうおっしゃっていますし、わたくしもそのつもりですもの。


「モーペリエン侯爵令嬢は、ゼンボルグ公爵領を訪れたことはありますか?」

「いいえ、ありませんわ。どうしてわたくしが世界の果ての田舎領地に行く必要がありまして?」

「モーペリエン侯爵令嬢は見たこともないのに、どうしてゼンボルグ公爵領を貧乏で田舎だと思われるのです?」

「そのようなもの、見なくても分かりますわ」


 誰も彼もが、貧乏だ田舎者だと口を揃えて言っていますのよ?

 でしたら、間違いなんて何もあるはずありませんわ。

 わざわざ世界の果てに出向いて確かめる必要などありませんでしょう?


 それにしても殿下、笑顔ですが、少しばかりご機嫌が悪いようですわね。

 陛下も王妃殿下も、少々渋い顔をしておられますわ。


 きっと無礼な田舎娘の不敬な欠席がお気に召さず、不愉快に思われているのでしょう。

 無礼者の話題をいつまでも続けるなど、楽しいはずがありませんもの。


「殿下、そんな無礼な田舎者の話より、もっと有意義なお話を致しましょう? ヴァンブルグ帝国の皇子殿下とは、大変仲良くなられたとか」

「ええ、ハインリヒとは仲良くさせて貰っています」

「まあ、お名前を呼び合う仲になられたのですのね。殿下と皇子殿下が仲良くされれば、両国の関係は安泰ですわね」


 ぱあっと花咲く笑顔で、少し大げさなくらいお祝いムードを演出ですわ。


 フッ、話題を変えるのは大正解でしたわね。

 殿下だけではなく、陛下と王妃殿下からも不機嫌そうな様子がなくなりましたもの。


 お父様とお母様はまだ田舎娘の悪口を言い足りないようですけど。


 ですがご安心を。

 田舎娘を扱き下ろさずとも、このわたくしが選ばれないはずがありませんもの。


 フフッ、機微を読み、場に即した話題を提供する。

 そのように政治的な立ち回りを可能とするのは、このわたくしだからこそですわ。


 天才と称えられるレオナード殿下には及ばないでしょうけど、これほどの配慮を見せられる令嬢は、他にはいないのではなくて?

 しかも、それだけではありませんわよ。


「これからの両国の関係を考えれば、お互いの国の事情に通じていることは重要かと思いますわ。だからわたくしも最近、ヴァンブルグ帝国語を学び始めましたのよ」


 どうかしら?

 国のためを思って、学ぶ姿勢を見せるこのわたくしは。

 実に王妃に相応しいのではなくて?


 しかもさりげなく、妻として殿下のご友人たる皇子殿下との交流も問題ありませんのよと、アピールも忘れませんわ。

 妻たる者、夫となる者の交友関係を理解して、交流を持ち、もてなせる。

 殿下の婚約者として、とてもポイントが高いのではなくて?


「それはいいことですね。ハインリヒもオルレアーナ王国語を学び始めて間もないので、ヴァンブルグ帝国語で会話できる友人が少ないものですから」

「まあ、そうでしたのね。わたくしで良ければ、いつでもお話相手になりますわよ。だって殿下の大切なお友達なのですもの」

「もしハインリヒがそう望んだときは、よろしくお願いします」

「ええ、他ならぬ殿下のためですもの、いつでもお声がけ下さいですわ」


 やりましたわ!

 これは絶対に好印象を与えられましたわ!


 世界の果ての田舎娘には到底真似出来ない、国際社会の政治にも通じたこのハイセンスさ。

 さすがわたくし!

 自分で自分に惚れ惚れとしてしまいますわ。


 これには、田舎娘を扱き下ろし足りないお父様とお母様も大満足ですわね。


 陛下も、表情こそ何を考えているのか読めない穏やかなものですが、このわたくしのことをじっと見つめて、内心ではとても感心されているに違いありませんもの。

 王妃殿下も、わたくしに注目されているようですし。


 フフッ、わたくし、他の婚約者候補ライバル達に大きく水をあけて、リードしてしまいましたわね。

 王家から婚約についての正式な打診が来るのが、今から楽しみですわ。


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