233 黒幕の正体を推理する 2

「賢雅会の次に可能性が高いとすると、私かマリーを邪魔に思っている貴族だろう」

「お父様と……私を、ですか?」

「ああ。このような形でマリアを狙うとは少々考えにくいからね。狙うなら、私かマリーだろう」


 私が賢雅会の貴族を煽ったから、それで恨まれて狙われると言うのは、まあ分からない話ではないけど。

 それ以外の貴族から邪魔に思われて狙われる理由?


「私は貴族家当主だから、どこでどんな恨みを買っているか、また逆恨みをされているか分からない。だから、これはもう仕方のない話だ」


 仕方ないで片付けたくないけど、お父様の言う通りね。

 公爵、しかもゼンボルグ公爵と言うだけで、狙われる理由になってしまう。


「マリーの場合、つい最近、個人的に第一王子であるレオナード殿下と、ヴァンブルグ帝国の皇子ハインリヒ殿下と繋がりを持った」

「あ……!」


 それは盲点だったわ。

 てっきり魔道具や領地の産業絡みだとばっかり。


 なるほど、そういうことなのね。

 レオナード殿下の婚約者の座を狙っているご令嬢達……いえ、この場合は、娘を婚約者にしたい貴族達、もしくはその貴族達に忖度した貴族達ね。


 今のところ私にその気はないけど、レオナード殿下に個人的に王城へ招待されたから、婚約者の座を巡るレースで私が一歩抜け出したように見えてもおかしくない。

 それは、多くの古参の貴族達にとって面白くない話だろう。


 そして、ハインリヒ殿下の場合も同じ。

 いえ、ハインリヒ殿下の場合、動機としてはもっと切迫しているかしら。

 ゼンボルグ公爵家とヴァンブルグ帝国が手を結んで欲しくない、もしくはそれに危機感を抱いた貴族の可能性が高い。


 これは、かなり範囲が広がってしまったわね……。


 しかもその場合、両方の理由で黒幕として最も疑わしいのは王家だ。


「レオナード殿下の誕生日パーティーに参加させず、私が二人とこれ以上接触しないようにするのが最低限……そしてあわよくばと……」

「マリー」


 お母様が急に痛ましそうな顔になって私を抱き締める。

 しまった、つい考えが口から漏れてしまった。


「もう、リシャール!」

「ああ、済まない。そんなつもりはなかったんだが……配慮に欠けていた」

「いえ大丈夫です、お母様。お父様も」


 深呼吸して、また動悸が激しくなってしまいそうになるのを無理矢理落ち着かせる。

 それから安心させるよう、出来るだけ穏やかな声音を心がけながら、お母様を抱き締め返した。


 本当は、まだ全然大丈夫じゃないけど……。

 それでも、お父様とお母様を心配させたくない。


 もし本当に黒幕が王家だったら、とんでもなく厄介な事になってしまう。


 いつまでも執拗に狙ってきそうだし。

 そうなると、もう心安らかに過ごせる日はなくなってしまう。

 しかも、相手が相手だけに、報復するのも簡単じゃないもの。


 でも、だからってそれに怯えて震えてなどいられない。

 だって王家が黒幕と判明したら、即日陰謀が発動しかねないわ。

 だから、気を強く持ってしっかりしないと。


「済まなかったマリー。しかし安心していい。マリーも気付いたようだが、今回に限り王家が黒幕の可能性はかなり低いと私は見ている」

「……そうなのですか?」

「理由は二つ。襲撃者達の質が低いこと。そして、襲撃者達がロット子爵領近隣の領地からばかり集められていること。王家が本気で動いたのなら、そんな不確実で、分かりやすい真似はしないだろう」

「言われてみれば……」


 そうね、私なら暗部を動かして一撃必殺で暗殺するわ。

 白昼堂々、こんな大勢での襲撃なんてしない。

 動機が動機だけに、自分達に疑いの目が向いてしまうもの。


 だとすると、王家の仕業と考えるには殺意が低いと言える。


 殺意……まさかこの言葉を、こんなにも身近に感じることになるなんてね……。

 本当に、前世の元日本人の感覚のままでは、この世界では生き延びられないわ。


「これだけ派手な襲撃だ、マリーが言ったように、私達を直接狙ったのはあわよくばだろう。黒幕の本来の狙いは私達の足止めで、警告や嫌がらせのたぐいの可能性が高い。だからそこまで心配する必要はない」

「それに何があっても、マリーは絶対にわたし達が守るわ」


 お父様とお母様が優しく、それはもう優しく頭を撫で、抱き締めてくれる。

 部屋の隅で、アラベルを始めとした護衛の騎士達も、私に力強く頷いてくれた。


 本当に、みんなに心配をかけてしまったみたいね……。

 これ以上心配をかけないよう、気をしっかり持たないと。


 ここは雰囲気を変えるために、話を変えた方がよさそうね。

 後でお父様がお母様に叱られてしまうかも知れないわ。


 それに、まだ情報が足りなくてお父様も黒幕を断定できていないようだし、これ以上の詳しい話は情報が揃ってからでも遅くない。


「それで、私達はこれからどうするんですか?」

「しばらくここに待機だな。今、領地うちへ早馬を走らせている。追加の護衛部隊が到着するまでここから動かない方がいいだろう」

「騎士達も少なくない人数が怪我を負っているし、他領へ調査にも向かわせているわ。万が一を考えると、護衛が少ない今の状況で動くのは危険よ」


 襲撃が失敗した以上、この先、さらなる襲撃がないとも限らないものね。

 だからロット子爵には、道中通ってきたロット子爵が所属する派閥、アージャン伯爵派の貴族達の領地で、護衛部隊が攻め入ってきたと勘違いされないよう、また変に足止めされないよう、すんなり通過出来るように通達をさせるらしいわ。

 少しでも身の潔白を証明することや補償を盾に、協力させるそうよ。


 でも、それでもかなりの日数が掛かってしまう。


「それでは誕生日パーティーには……」

「ああ、恐らく間に合わないだろう。日程に余裕を持って出発したとは言え、ここで最低でも十日以上、半月程は足止めされるだろうからね。さすがにロスが大きすぎる」

「黒幕の思う壺、ですね……」


 それはすごく悔しいわ。

 そんな私の頭を、お父様がいたわるように撫でてくれる。


「しかし、これ以上の危険は看過できない。大事な大事なマリーに何かあってからでは、後悔してもしきれないからね。だから王都の屋敷へも早馬を走らせている。王家には王都の屋敷から謝罪がいくだろう」


 それは……仕方ないと割り切るしかないわね。

 私だって、お父様やお母様に万が一があったら後悔してもしきれないもの。

 それに、領地に残っている大事な大事な可愛いエルヴェを、物心つく前に天涯孤独にするわけにはいかないわ。


 レオナード殿下には悪いけど、私達の安全には替えられない。


「悔しいでしょうけど、無理をせず待ちましょう。これ以上、事態が大きくなっては困るからと、ロット子爵家からも、宿の周囲に護衛の兵を出すそうよ。この宿に滞在している間は安全だわ」


 お母様も私を不安がらせないよう、気を遣ってくれている。

 本当に優しいお父様とお母様で、大好き。


 だから私も、こんなことでへこんで、黒幕を喜ばせてなんてやらない。

 もし黒幕が分かったら、貴族らしく、絶対に報復してやるわ。


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