232 黒幕の正体を推理する 1

「では、黒幕に繋がる何かしらの情報はあったのですか?」

「今、裏取りのために、騎士達を何名かずつそれらの領地に派遣している。調査結果の報告を受けられるのは、まだしばらく先の話だろう」

「ロット子爵家も動いているわ。身の潔白を証明しないと、このままではゼンボルグ公爵派と戦争にだってなりかねないもの」


 そうよね、やっぱりそれだけの事態よね。

 だって、公爵家の当主、当主夫人、長女の命が狙われたのだから。

 派閥の貴族達が黙ってはいないわ。


 それに、私だって。


 アラベルに諭されたから、さすがにもう私の手で直接どうこうしてやろうとまでは思わないけど……。

 それでも、大好きなお父様とお母様の命を狙った人達を黙って許すなんて出来そうにない。

 貴族として、なんらかの形で報復はしないと。

 でなければ、ゼンボルグ公爵家が舐められて、今後何度も同じような襲撃を許してしまい、無関係の貴族達にまで舐められてしまうもの。


 それに、そんなことになれば、いよいよお父様達がオルレアーナ王国を乗っ取る陰謀を考えてしまうかも知れない。

 それだけは絶対に回避しないと。


 だから、直接の物証や証人がなくても、黒幕の目星くらいは付けておきたいわ。


「一応、黒幕とおぼしき貴族は、誰がいるでしょう?」

「ある程度予想はしているが、それは飽くまでも予想であって、断定できる材料はまだないが、それでも聞くかい?」

「はい、お願いします」

「分かった。では、これを聞いたからと言って、決めつけて視野を狭めないように」

「はい」


 そうね、結論ありきで考えて間違った結論を導き出して、大事な証拠を見落としたり、無関係の人を黒幕と誤認してしまったら、それで喜ぶのは黒幕だわ。


 私がそう理解したのを理解したのか、お父様が頷いて教えてくれる。


「現段階で最も怪しいのは賢雅会の貴族達だろう」


 それは、私もそう思うわ。


 ヴァンブルグ帝国から輸入した魔石を輸送する船を襲撃して、強奪することを考えているでしょうし。

 一度、私も狙われたし。

 今更、私達を相手に襲撃して殺し奪うことに、躊躇いを覚えるとは思えないわ。


「次いで、賢雅会の貴族達に忖度した、その派閥の貴族や、深い付き合いがある貴族でも貧しかったり借金があったりする貴族だ」


 そうなると、結構範囲が広まるわね。

 その場合、賢雅会の貴族達の指示ではないと言うことになる。

 ただし、忖度させた・・・・・可能性が残ってしまうから余計に厄介だわ。


「しかし、賢雅会の仕業だとすると、違和感が残る」

「違和感ですか?」

「ああ。ロット子爵とその派閥は、賢雅会とは決して良好な関係ではない。だから賢雅会が罪を被せるためにロット子爵領を選んだとも考えられる。しかし、ロット子爵領はどの賢雅会の貴族達の領地からも遠すぎる」


 マリーならこの意味が分かるだろう?

 そう、お父様の目が言っている。


「領地が遠い……言われてみれば」


 エセールーズ侯爵領はゼンボルグ公爵領の隣で、もっと手前にあるし、そもそも王都へ向かうルートからは南へ大きく外れている。

 もしエセールーズ侯爵が仕掛けてくるなら、もっと早い段階よね。


 マルゼー侯爵領は南部沿岸で、エセールーズ侯爵領よりさらに王都へ向かうルートから遠い。

 ブレイスト伯爵領は北部沿岸で、方向が全くの逆。

 ディジェー子爵領は王都に近いけど、やっぱり王都へ向かうルートから外れている。


 この主要な四つの貴族家以外の貴族家の領地も、似たり寄ったりだ。


「襲撃犯達は近隣の領地から集められたと言っていましたよね……つまり、賢雅会の特許利権貴族達にとって土地勘がない」


 そんな土地勘がない他人の領地で、手練れの傭兵や裏社会の犯罪者達を、自分達に繋がる証拠を残さないように、かつ、効率よく数を集められるものかしら?

 少数や有象無象ならまだしも、手練れを百人以上はさすがに無理そう。


 うん、どんどん違和感が大きくなってきたわ。


「それに……一度しか会ったことがないですけど、あの人達なら私達の命を狙うより先に魔道具を、特に美容の魔道具を奪うことを優先しそうな気がします」


 一度狙われたことで、ついまた私が狙われたのかもと考えてしまったけど……。

 私が魔道具を作っていることを知らないのだから、私を狙うにしても腹いせ以外の理由はない。

 だから、まだ特許を登録していない新作の魔道具こそ欲しがるはず。

 仮に命を狙われるとしたら、むしろオーバン先生の方が危険だと思う。


「それに、遠いこのロット子爵領で奪ったら、輸送するだけで足が付きますね」

「正解だ」


 お父様がそう頷く。

 そう考えれば、一番動機がある最も疑わしいのは賢雅会の特許利権貴族達だけど、お父様の言う通り、違和感だらけだわ。


「むしろ黒幕は、賢雅会にこそ罪を被せようとしている?」

「さすがマリーだ、よくそこに気付いたね。賢雅会が黒幕の可能性が消えたわけではないから、白と判断するのは尚早だ。しかし、黒幕の動機だけでなく、実行するリスクおよびメリットとデメリットも合わせて考えると、また違った見え方がしてくるものだ」

「違った見え方……はい、分かりました」


 確かに、動機だけを考えれば賢雅会の特許利権貴族以上に怪しい人達はいない。

 だけど、お父様の言う通り、優先順位やリスクを考えると割に合わなくて不自然だ。

 もし逆の立場なら、私ならもっとエセールーズ侯爵領が近いゼンボルグ公爵領を出てすぐか、もう少し王都に近づいてからにするわね。

 そういう意味で、ロット子爵領に襲撃に向いた地形があったとはいえ、とても中途半端だ。


 つまり黒幕は、ロット子爵家を疑わせ、その実、賢雅会に罪を被せ、さらにその裏でほくそ笑んでいる、周到で性格が悪い人物と言うことになる。


「もうあなたったら、こんな時にまで……」

「せっかくの機会だ。ただで転ぶなどゼンボルグ公爵家の名折れだろう?」


 お母様が呆れているけど、確かにこんな時だものね。

 でもおかげで、少しは頭が働くようになって、段々冷静になれてきた気がするわ。


「では、他に黒幕候補は誰がいるでしょう?」


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