231 事態の予想と貴族のやり口

「……分かった。マリーの覚悟を信じよう」

「マリーはどんどん大人になってしまうわね……」


 そうして、改めてお父様とお母様が説明をしてくれた。

 現時点で判明していることはまだ多くはなかったけど、それでも驚かされたわ。


「つまり、ロット子爵家の差し金ではなかった……と」

「ああ、恐らくはね。まだ完全に疑いが晴れたわけではないが、可能性は限りなく低くなった」

「今回の旅のルートではね、ロット子爵領が数少ない襲撃に向いた立地だったのよ。だからむしろ、わたし達を狙った者達に襲撃事件を起こされて、とばっちりを受けたようなものね」

「でも、襲撃犯のリーダーは、ロット子爵家の者から依頼を受けたと、そう自白したのですよね? だからロット子爵家の屋敷に乗り込んだのでは?」


 お父様から直接ではなく、宿に残って私とお母様の警護をしてくれた騎士からそう聞いている。

 捕えた他の襲撃犯も、同様の証言をしたそうよ。

 だからロット子爵家へ向かうお父様が、今まで一度も見たことがないくらい、すごく怖い顔をしていたと思ったのだけど。


「ああ、そうだね。私達の取り調べ拷問で、最初は頑として口を割らなかったが、そろそろ頃合いだろうと言うタイミングで、ポツポツと小出しに、まるで自白のお手本のように情報を流してくれた・・・・・・・・・よ」


 お父様のその言い回し……それってつまり。


「ロット子爵に罪を被せるのが、最初から織り込み済みの襲撃だった……と」

「さすがマリーだ。恐らく間違いないだろう」

「じゃあお父様は、ロット子爵家に乗り込む時には、すでにロット子爵家の仕業ではないと分かっていて乗り込んだのですか?」

「半分正解だ。先に言った通り、その可能性は限りなく低くなったが、完全に疑いが晴れたわけではなかったからね。それに、たとえロット子爵家が白だったとしても、領内で襲撃事件を起こされるような隙を見せ、実際に私達は狙われた。その落とし前を付けさせる必要がある」


 それは……確かにその通りね。


 領内の治安を守るのは領主の仕事。

 それなのに、領内で他家の貴族が襲撃されて命を狙われたなんて大失態もいいところよ。

 逆の立場だったら、当然ゼンボルグ公爵家うちが責任を追求されるでしょうしね。


 ましてや、百人を越える規模の山賊にふんしたテロリストをのさばらせてテロ行為をされたとなれば、少数のゴロツキのような山賊に襲われたのとは訳が違うわ。

 下手な対応をすれば、戦争案件よ。


「ではもう少し詳しく、現時点で把握していることを説明しておこう」


 それからお父様は当たり障りのないところだけだろうけど、もう少し詳しく教えてくれた。


 襲撃犯のリーダーは、要約すると『依頼者のフードを被った男から、具体的にロット子爵家の者だと言われたわけではない。しかし、言葉の端々や、襲撃の日時、襲撃地点、などを詳しく説明され、それらの情報から判断して、ロット子爵家の者だと当たりを付けた』と自白したらしい。


 つまり、依頼者をロット子爵家の者だと断言したわけではない。

 これは、襲撃犯にとっては、嘘の証言で断定して貴族に冤罪を被せたわけではない、と言う逃げ道になる。


 さらに、黒幕にとっては、襲撃犯にそう自白させることで同様の逃げ道を作ると共に、自分の正体を探られる手がかりを与えない。

 加えて、ゼンボルグ公爵家をいつまでもロット子爵家への疑いが晴れない状況に陥らせて、隔意や対立を煽ることが出来る……要はゼンボルグ公爵家の敵を増やせる。


 そういうことらしい。


 そして依頼者のフードを被った男は、恐らく商人などに扮してロット子爵領を何度も訪れたことがあり土地勘がある、裏社会の者だったのだろうとのこと。


 だから、そこから辿られないよう、間に何人も挟んでいて当然。

 仮に辿られても、知らぬ存ぜぬでシラを切るのは確実。

 つまり、黒幕を確実に追い詰め断罪出来るだけの証拠を集めるのは非常に難しい、と言うことになる。


 実に貴族らしい、嫌らしいやり口だ。


「それで、その黒幕は判明したのですか?」

「いいや、まだだ」


 お父様が渋い顔で首を横に振る。

 お母様も困ったように小さく溜息を吐いた。


 それで、なんとなく分かった。


「正体が掴めないのではなく、疑わしい貴族が多すぎるわけですか……」

「さすがマリーね。ええ、その通りなのよ」


 捕えた全員の取り調べ拷問をした結果、襲撃犯達はどうやら、近隣の複数の領地から集められた、傭兵や裏社会で汚れ仕事を請っている組織の構成員の寄せ集めだったらしい。

 しかも、報酬はかなりの金額で前払いだった上に、強奪した魔道具を高値で買い取ってくれる約束だったとか。


「そんな大盤振る舞いな報酬、逆に怪しそうですけど……」

「そうだな。しかし、事実それで動いた連中だ」


 お父様は触れなかったけど……。

 その依頼は、私達の殺害も込み……だったんじゃないかしら……。


 だって、高価な魔道具の強奪だけが目的なら、前後を挟んでいたジエンド商会とブルーローズ商会の荷馬車を狙うだけでいいんだもの。

 わざわざ中央の私達が乗っていた馬車まで狙うリスクを冒す必要はないわ。


 それに思い当たって、また動悸が激しくなって手が震えてしまったけど、それを無理矢理抑え込む。

 お父様は私が怖がらないようにと、敢えて黙っていてくれたに違いないから。

 気付いて震えてしまったことを、気付かれないようにしないと。


 ともかく、公爵家の大所帯の馬車を襲おうと言うのだから、その気前の良い報酬に疑いを持たず、乗り気の者達ばかりが集まったと言うわけね。

 つまり、二流どころ、三流処だったと言うことかしら。


 だとしたら、そのおかげで私達は命拾いをして、アラベル達も軽傷で済んだのかも知れないわね。


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