225 賊の襲撃 2

「おおぉぉっ!!」


 裂帛の気合いを込めて、受け止めた剣を力尽くで弾き返す。


った!」


 大振りになって体勢が崩れたわたしに向かって、もう一人の賊が狙い澄ましたように鋭く切り込んできた。


 慌てて崩れた体勢のままかわすが、左の二の腕を浅く切り裂かれてしまう。


 灼けるような痛みが走り血が溢れ出すが、構っている暇はない。

 無理矢理でも体勢を整えて、再び最初に切り込んできた男が振るってきた剣を受け止める。


 わたしが怪我を負ったから、鍔迫り合いで力比べをしようと言うのだろう。

 左腕の痛みを堪えて、両腕に力を込める。


「ちっ! こいつやるぞ!?」

「たかが女の癖に!」

「わたしが女だとして、それがどうした! 舐めるな!」


 怪我を負い、賊の男の相当な腕力に押され、このままでは不利。

 だから、不意に力を抜いて咄嗟に身をかわし、賊が前のめりに体勢を崩した瞬間、その腹に思い切り膝蹴りをくれてやる。


「ぐはっ!?」


 大きな隙を見せた、よろめいた賊に追撃を。


「くっ!」


 そう剣を振るおうとするが、もう一人がフォローして牽制するように打ち込んできて、咄嗟にそれを打ち払う。

 こいつら、連携が上手い。


 正体までは掴めないが、食い詰めた農民が山賊に身をやつしたり、敗残兵の雑兵が山賊に落ちぶれたりと言った、簡単に斬り捨てられる有象無象ではないようだ。


「貴様ら何者だ!?」

「こちとら泣く子も黙る山賊様よ!」

「大人しく死んどけや!」


 態勢を整え直すため下がった賊の二人を油断なく見つめ、剣を構え直す。

 明らかに、こちらの護衛を殺すことを最優先にしている襲撃。


 普通の山賊であれば、金品の強奪、身代金目的の誘拐、そしてわたしのような若い女がいれば、攫って慰み者にするか、奴隷として売り飛ばそうとするだろう。

 そんな下卑た様子を見せない以上、ただの山賊であるわけがない。

 何より、他の屈強な先輩騎士ではなく、明らかに一番年若く、女で、小隊の中で一番弱いわたしを二人掛かりで狙っているところからして、わたしからこちらの守りを崩そうと言う意図が見え見えだ。


 まったく舐められたものだ。


 しかし、事実である以上、それに文句を言うつもりはない。

 ただ、全力でお嬢様をお守りするだけだ。


「ぐあっ!?」


 次はどう攻めてくるか。

 そう警戒して構えていたら、断末魔の悲鳴が上がる。


 慌てて視線だけ向ければ、中隊長によって賊が一人、斬り捨てられていた。


「アラベルよく堪えた!」


 中隊長がわたしを狙う賊の一人に斬りかかる。


「助勢感謝します中隊長!」


 それに呼応して、わたしも残る一人に斬りかかった。


「クソ! こいつら強ぇ!」

「田舎のお飾り騎士どもじゃなかったのかよ!?」


 その一言で、頭にカッと血が上る。


 こいつらは明らかに、わたし達がゼンボルグ公爵家の者だと分かっていて襲撃してきている。

 しかも、何者かにそそのかされてか、雇われてか、その何者かから適当な情報を吹き込まれていたに違いない。


 ゼンボルグ公爵家の騎士が田舎者だから弱い?


 そんなことあるわけがない。

 世が世なら、わたし達は王家と王族を守る近衛騎士なのだ。


 わたし達には、かつてオルレアーナ王国に侵略されて軍門に降った、屈辱の歴史がある。

 だからこそ、二度と同じ屈辱を味わってなるものかと、常日頃から過酷な訓練で鍛え上げているのだ。

 そのわたし達が弱いわけがない!


「賊の頭を捜せ! そいつだけは生け捕りにしろ!」

「チッ!」


 中隊長の指示に、賊達が及び腰になる。


 襲撃されたのは、馬車の隊列の前後と中央。

 しかも中央は、ゼンボルグ公爵家の馬車六台を全てだ。

 たとえ目星を付けていたとしても、正確に、どの馬車にお嬢様、旦那様、奥様が乗っているか分からなかったからだろう。


 わたし達の小隊が守るのは、まさにお嬢様達が乗っている馬車だが、他の馬車も別の小隊の騎士達が守っていて、次々に賊を斬り捨てている。

 襲撃の最初こそ、ただの賊ではないその連携と技量に驚き押されてしまったが、すぐに態勢を立て直して、反撃に出ている。

 こうなったらもう、わたし達に負けはない。


「引け! 撤退だ!」


 不意に、山の斜面の上の方から野太い声で号令が上がる。

 同時に鋭い指笛が山間部に響き渡った。


 途端に、賊達は慌てて身を翻し逃げ出していく。

 判断が早い。


「追え! 雑魚は構うな! かしらを捕えろ!」


 中隊長の指示で、別の馬車を守っていた騎士達の半数が、賊の頭と思われる男を追って、山へ分け入り斜面を駆け登っていく。


 馬車周辺の剣戟の音は止み、馬車の隊列の前後でも程なく戦闘の音が止んだ。


「守りきれた……」


 大きく息を吐き出して、緊張の糸が切れた途端、どっと汗が噴き出して、疲労に手足が重たくなる。


「よくやったアラベル。怪我はどうだ?」

「は、はい。浅く切られただけです」

「そうか。至急、手当てをしろ。しかしまだ気を抜くな」

「はっ!」


 山の斜面で反響し、位置がよく掴めないが、逃げる賊と追う騎士達の声や戦闘の音が聞こえてくる。


 後は、追撃と捕縛に出た騎士達に任せよう。

 わたしの使命は、お嬢様をお側でお守りすることなのだから。


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