224 賊の襲撃 1

◆◆



 その異変は、ロット子爵領の領都を出発し、山間部へ入ってしばらく進んだ頃に起きた。


 山の斜面を埋め尽くす木々と下草の間を縫うように曲がりくねりながら伸びる、見通しの悪い細い街道。

 そこで、前方から急な騒ぎが聞こえたのだ。


 馬のいななきがいくつも聞こえ、状況を確認したくとも、カーブに沿って木々や登り斜面が邪魔になり、五台くらい先までの馬車はともかく、それ以上先となると姿が見えず様子が分からない。


「各員、周辺の警戒を。万一の事態の時は、ベルナルドは閣下を、エルミラは奥様を、アラベルはお嬢様を連れて離脱だ」

「「「はっ!」」」


 だから、中隊長の警戒を滲ませた鋭い声音の指示に従って、わたしも先輩騎士達と共に、騒ぎが起きた前方はもちろん、後方や街道から離れた木々や下草の陰にも目を向けて警戒する。


 わたし達は、お嬢様、そして旦那様と奥様が乗る馬車を警護する位置にいる。

 馬車の隊列で言えば丁度真ん中だ。

 だから、一番安全な位置になる。


 しかし騒ぎは馬車の中にも聞こえているはず。

 お嬢様が怯えておられなければいいのだが……。


 わたしはお嬢様の剣であり盾だ。

 だから何があってもお嬢様を守り抜く。

 ゼンボルグ公爵領の未来に、なくてはならない人なのだから。


 その覚悟を改めて胸に刻み、馬の手綱を強く握り締める。


 そして、事態はすぐに判明した。


「賊だ! 賊の襲撃だ!」


 前方から伝令の兵が叫びながら走ってくる。


「賊の数は!?」

「およそ三十です!」


 中隊長の鋭い問いかけに、伝令の兵がすぐさま答える。


 その賊は、街道を塞ぐように現れたに違いない。

 行く手を遮って金品を要求しているのだろう。


「こんな山間部の交通の便が悪い街道に出る山賊にしては、やけに数が多い。しかし、馬車の家紋がどこの家の物か知らずとも、貴族の馬車と言うくらいは分かるはず。しかもこの数だぞ……それをたった三十でだと……」


 明らかに不審を滲ませ、中隊長が眉をひそめた。


 そう、こちらはゼンボルグ公爵家の馬車だ。

 しかも規模が大きく護衛も多い。

 たかが三十程度の山賊など、十分に蹴散らせる。


 それなのに、獲物の正体や規模を把握しないまま襲ってくるような、愚かな山賊がいるだろうか?


「何事だ」


 馬車の窓が開いて、旦那様が顔を出す。


 中隊長が馬を馬車に寄せて答えようとしたその瞬間。

 前方から野太いときの声が上がり、それに続いて金属同士が打ち鳴らされる音が聞こえてきた。


 明らかに戦闘の音だ。


「賊の襲撃です!」


 旦那様の顔が険しくなる。


 しかも、今度は後方からも同様に野太い鬨の声が上がり、戦闘の音が聞こえ始めた。


「敵の規模は?」


 今にも剣を手に馬車から降りてきそうな旦那様。

 その旦那様を押しとどめるように、中隊長が力強い声で答える。


「前方よりおよそ三十。音から察するに、後方でも同数かと」

「まともな山賊ではないようだな」

「詳細は分かりかねますが、恐らくは」


 それはつまり、何者かによる差し金の可能性が高いと言うことだ。


「しかし相手が何者であろうと、閣下にも奥様にもお嬢様にも指一本触れさせません。ここは我らに任せて、ごゆるりと馬車でお待ち下さい」

「……分かった」


 旦那様は頷くと、窓を閉める。


 わたしの位置からお嬢様の姿は見えなかったが、果たしてお嬢様は大丈夫だろうか。

 怯えて震えたり、泣いたりしてはいないだろうか。


 しかし、お嬢様の心配ばかりをして、集中を欠くわけにはいかない。

 後方からも、伝令の兵が賊の襲撃を伝えながら走ってきた。


 馬車の反対側で護衛していた小隊長が回り込んできて、中隊長に意見を具申する。


「中隊長、何人か援護に向かわせますか?」

「駄目だ。我々の任務は、旦那様、奥様、お嬢様をお守りすることだ。ここで守りを固める」

「はっ」


 小隊長は念のための確認をしただけだったのだろう、すぐに護衛の所定の位置へ戻って行った。


 前方はジエンド商会の馬車。

 後方はブルーローズ商会の馬車。

 護衛に付いているのは、それぞれの商会に雇われた者達だ。


 しかしそれは表向きの話。


 実際には、軍部やゼンボルグ公爵家の騎士が出向と言う形や、退役した予備役の騎士や兵士が雇われている。

 よって、その実力は全員高い。

 そこらの山賊程度なら、簡単に蹴散らせる。


 そう、そこらの山賊程度だったなら。


「「「「「うおおおぉぉぉぉーーーーー!!!」」」」」


 不意に上がった野太い鬨の声。


 わたし達のいる側、山の斜面のかなり上の下草の中から、土に汚れた山賊らしい男達が十数人、いきなり立ち上がって姿を現し、斜面を駆け下りてきた。

 鬨の声は同様に、反対側の斜面の下の方からも聞こえてくる。


「チッ! 数が多い! 全員馬を下りろ! この狭さでは小回りが利かん! 各員抜剣! 迎え撃て!」


 中隊長の命令に、わたしもすぐさま馬を下りて抜剣する。


 山賊達は、わたし達に見つからないよう距離を取り、土で汚れるのにも構わずに身を伏せて潜んでいたに違いない。

 前後の挟撃は陽動だったのだろう。

 援護に人員を割いていたら、お嬢様達が危なかった。


 山賊達も、わたし達が動かなかったから護衛が減るのを待つのを諦め、陽動部隊が倒され前後から援護の騎士達が駆け付けてくる前にと、突っ込んで来たのだろう。


 接敵するまでのわずかの間に相手の動きや姿を観察して、大きな違和感を抱く。

 しかしそれが何かを悠長に考えている時間はなかった。

 中隊長や他の騎士達が接敵して、剣戟の音が響く。


 わたしにも、あろうことか二人の山賊が向かってきた。


「おら! 死ねやっ!!」


 粗野な気合いと共に大上段から振り下ろされる、殺意の込められた剣。

 それを、両手で構えた剣で真正面から受け止める。


「ぐっ!」


 なんて力だ!


 しかも迷いのない綺麗な太刀筋。

 やはりただの山賊ではない!


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