223 王都への道中 ロット子爵領にて



 王都へ向けてお屋敷を出発してから、早二十日が過ぎた。


「ロット子爵家の人達も、やっぱり失礼な人達ばかりでしたね」


 現在地は、ロット子爵領の領都。

 朝食を終わらせてゆったり過ごした後、ロット子爵家のお屋敷をやっと出発する。


 そうして領都を出て、馬車の周囲にゼンボルグ公爵家の関係者しかいなくなってから、私は早速不平不満をぶちまけさせて貰った。


「そうね。でも、あんな貴族達をいちいち真面目に相手していたら疲れちゃうわよ? 無礼は許さない。矜持のためにそれは示すけれど、本気で相手の態度を変えさせようと思ったら、相応の準備をしてからでないと無駄に疲れるだけだわ」


 お母様が苦笑しながら、宥めるように私の頭を撫でてくれる。


「でも、現実を知らなすぎます。あの『田舎者を歓待してやっているんだ』と言わんばかりの上から目線が特に」


 出発してから最初の十日程は良かったのよ。

 だってまだゼンボルグ公爵派の貴族家の領地だったから。


 どの家も大喜びで歓待してくれて、交流するのが楽しかったわ。


 でもゼンボルグ公爵派の領地を出て、古参の貴族家の領地に入った途端、どこもかしこも、なのよ。


「そのくせ、『泊めてやった礼に、新しい美容の魔道具をよこせ』って露骨な態度で」


 特に今回の旅は馬車の数も人数も多いから、前回とは違うルートで出来るだけ大きな街道と町を経由するようにしているの。

 だって人数が多い分、小さな町や村では寝泊まりできる宿が足りないから。

 それも安全に。


 何しろ高価な品が山ほど荷馬車に積んであるからね。

 だから必然、領都を経由する回数が多くなる。


 そして領都へ立ち寄る以上、そこの領主の貴族家に挨拶で顔を出さないわけにはいかないのよ、貴族の社交として。


 それが今回の旅では、かなり面倒なのよ。


 一応、お父様とお母様と私と、身の回りの世話をする侍女やメイド、護衛達を少数、屋敷に泊めてくれる貴族は、まだ態度がマシと言えるわ。

 酷いところは、通り一遍の挨拶を済ませたら、そのままお帰り下さいで、歓待もなしに宿に追い返されるの。

 それだけこっちを舐めているのね。


 私としては相手に気を遣わなくていい分、宿の方が気が楽だけど。


 でも、それはそれ。


「お父様もお母様も、私しか聞いていないんですから、もっと文句を言っていいと思います。だいたい、ここの方がよっぽど田舎じゃないですか」


 ロット子爵領は、山に囲まれた狭い盆地の領地だ。

 その狭い土地をやりくりして、細々と農業と林業をしている。

 山々の向こう側はどこも別の貴族の領地で、その立地から大きく発展しようがない領地なのね。


 領民達はのんびりと暮らしているみたいだし、そういう意味では決して悪い領主ではないと思うけど。


 ただ、ゼンボルグ公爵領全てを、この狭い盆地より田舎だとでも思っているんじゃないかって、そう疑いたくなるような酷い態度だったのよ。

 全く以て、信じられないわ。


「マリーが代わりに怒ってくれているからね」


 お父様も、ちょっと困ったように微笑む。


 そういう所は、まだまだ子供だな。

 なんて目で見てくるけど……そうじゃないのよ?

 発散できる時は発散しておいて欲しいだけなの。


 積もり積もった不満が、いつか大爆発してしまわないように。

 そしてオルレアーナ王国を乗っ取ろうと言う陰謀が、破滅と断罪が、一歩でも遠ざかり心穏やかに笑って暮らせるように。


 でも、子供の私が不満タラタラな態度を見せたせいで、逆に親として、大人として、冷静にさせちゃったかしら。

 だとしたら失敗ね。


「マリーも、馬車の中ここでならいいが、外では極力態度に出さないように」

「下が真似してしまうわよ?」

「はい、気を付けます」


 肩から力を抜くと、素直に座席に座り直す。

 これ以上は逆効果になるものね。


 程なく、馬車が山間の道に入り始めた。


 すると途端に馬車の揺れが大きくなる。

 盆地部分の街道は、それなりにならして整備してあったけど、山道はろくに整備していないみたい。


 ちゃんと整備すれば、流通量も増えて、もう少しくらい発展出来るでしょうに。

 安定していると言えば聞こえはいいけど、良くも悪くも親から子へ、右から左へ、代々現状維持しかしてこなかったのでしょうね。


「景色も退屈……」


 蛇行する山道のせいで、窓から顔を出して外を見ても、木々が多くて見通しが悪い。

 特に見所がある綺麗な風景でもないから、大人しく座席に座っておく。


 何か気分を変える楽しい話題でもないかしら。


 そう、ぼんやりと窓の外を見ながら考えている時だった。

 不意に前方から、いくつもの馬のいななきが聞こえてきた。

 同時に、騎士達の怒鳴り声まで聞こえてくる。


 程なく、ガクンと大きく揺れて馬車が止まってしまった。


「え……なに?」


 思わず呟けば、いきなりお母様が強く私を抱き寄せた。

 振り仰げば、お母様の顔が強ばっている。


「何事だ」


 お父様も怖い顔で、窓から馬車と並んで護衛している騎士に尋ねる。


 まるでその答えのように、前方から明らかに騎士達の物とは違う野太いときの声と、金属同士が打ち鳴らされる音が聞こえてきた。


「賊の襲撃です!」


 窓に馬を寄せてお父様に答えた騎士の、緊張に強ばった顔と声。

 さらに後方からまで、野太い声と、騎士達の声と、金属同士を打ち鳴らす音が聞こえてくる。


 賊の襲撃……?


「大丈夫よマリー、うちの騎士達は強いのだから」


 お母様の腕に力が籠もって、痛いほどに私を抱き寄せる。

 その手は、微かに震えていた。


「賊って……」


 あまりにも現実味のない声と音と事態。


 でも、その襲撃者達との戦いの音と声は、中央に位置するこの馬車の側でまで聞こえてきた。


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