222 モーペリエン侯爵派の会合
◆◆◆
「栄えある我らオルレアーナ王国貴族の権威を傷つける、実に嘆かわしい事態が起きている。そうは思わんか?」
モーペリエン侯爵は多くの自派閥の貴族家当主達を前に、まだ三十手前でありながら不健康にブクブクと太りたるんだ腹を揺らし、脂ぎった顔を大仰に嘆かせた。
伯爵や聡い子爵などは、それが何を意味しているのかをすぐに悟る。
「貧乏人の田舎者どもが随分と調子に乗っているようで」
「世界の果てで大人しくしていればよいものを」
「まったくだ。何を勘違いしたのか、しゃしゃり出てきおって」
ゼンボルグ公爵家が第一王子レオナードの誕生日パーティーへ参加するため、娘のマリエットローズを伴い、王都への旅路にある。
まさにそのことに他ならなかった。
「これまで滅多に王都へ出てくることがなかったゼンボルグ公爵家が、かつてない頻度で王都を訪れるようになった。その理由など明白だ」
魔道具界に激震をもたらしたマリエットローズ式の画期的な魔道具の数々を献上し、王家に媚びへつらうこと。
それが功を奏したのだろう。
レオナード自らマリエットローズを王宮へ招待するところまでこぎ着けている。
しかも身の程を
これを調子に乗っていると言わずして、なんと言うべきか。
「一度王宮へ招待された程度で、殿下の婚約者気取りか?」
「田舎者が図に乗りおって」
「親が親なら娘も娘。殿下も王家も呆れ果てたことだろう」
「それを理解せずまたしても殿下に近づこうとは、あまりにも度し難い」
さらに近年は王都に出店までし、その活動を急激に活発化させている。
加えて賢雅会と対立し、賢雅会に煮え湯を飲まされている貴族家との接触が増えているとの報告まで上がっていた。
貧乏な田舎者どもが、たまたま天才と謳われるバロー卿を囲い込んだと言うだけで、図に乗って自らを優れていると勘違いし、まるで次期王妃とその生家がごとき思い上がった振る舞いをしだしている。
古参の貴族達にとって、まさにブンブンと飛び回る鬱陶しい羽虫のごとき存在だった。
聡い貴族達が並べ立てるそれらの不満に、鈍い者達もさすがに気付いて慌ててお
「天才と称されるレオナード殿下に相応しいのは、才女の呼び声も高いジャクリーヌ様しかおられないでしょう」
「身の程知らずの田舎娘など、ジャクリーヌ様の足下にも及ばぬことは明白」
「田舎者が己が分を弁えず娘を天才と称しているが、殿下と釣り合わせようと必死に吐いている出任せに過ぎぬこと」
「
出遅れた失態を挽回するための、モーペリエン侯爵自慢の娘を持ち上げる必死のお追従。
そんな見え透いたご機嫌取りなど、モーペリエン侯爵の心には全く響かなかったが、事実を指摘していたため、見逃すこととする。
「当然だ。レオナード殿下の婚約者に、我が自慢の娘ジャクリーヌ以外に誰が相応しいと言う」
モーペリエン侯爵には、親の欲目だけでなく、そう豪語するだけの自負があった。
さすがに天才と称されるレオナードには一歩劣るのは事実。
しかし、ジャクリーヌはまだ七歳とは思えないほどに利発で賢く、また気位も将来の王妃に相応しいほどに高い。
才女との呼び名はレオナードに配慮しての謙遜だが、ジャクリーヌ程幼くして政治の機微にも通じている賢い娘はいないと断言出来た。
何より、レオナードと同い年なのが最も良かった。
ゆくゆくは王妃の父、国母の父として、中枢で絶大な権力を振るう。
それに相応しいのは自分しかいないと信じている。
「芋臭い田舎娘など周囲にいなかったためか、レオナード殿下も今は物珍しさで関心を向けているようだが、所詮は一時の気の迷いに過ぎん。そもそも、持って生まれた資質、格が違うのだ」
その目はすぐにジャクリーヌへと向くだろう。
結果など最初から見えている。
しかし、だからといって目障りな羽虫を放置する理由にはならない。
「誠、鬱陶しいことだと、そうは思わんか?」
モーペリエン侯爵の鋭い視線が、末席で小さくなっている一人の貴族へと向けられた。
その場の全員がその貴族へと目を向ける。
にわかに注目を集め、何よりモーペリエン侯爵の鋭い眼光に射貫かれて、ルシヨ子爵はビクリと身を震わせ、縮こまった。
ルシヨ子爵はモーペリエン侯爵派では新参者である。
新参者と言っても、年は三十半ばを過ぎ、父親の代で派閥に入ってすでに十数年過ぎていた。
しかし、貴族家の歴史を語る時にはその程度の年月などあってないに等しい。
しかもただ新参者と言うだけでなく、現在最も力がなく、財力は男爵家にさえ劣るため、派閥の貴族達全てから軽んじられていた。
原因は数年前の水害である。
ルシヨ子爵領は農業に力を入れている領地だったが、豪雨と水害により農地は壊滅。
多額の借金を抱え込むことになった。
モーペリエン侯爵から多額の資金援助を受けていなければ、領地を手放し降爵され法衣貴族となっていたことだろう。
そうして現在、領地の立て直しの真っ最中である。
幸か不幸か、ルシヨ子爵は凡才で、立て直しは遅々としながらも、少しずつ前へと進んでいる。
しかし、モーペリエン侯爵への返済は滞り、毎年援助を受け続けていた。
理由は、間が悪かったこと。
今、社交界を最も賑わせているマリエットローズ式の魔道具の数々。
その最たるはドライヤーだ。
ご夫人、ご令嬢達がこぞって買い求める姿は、ドライヤー戦争と呼ばれる程に加熱している。
どれだけの数を持ち、どれだけお気に入りの侍女やメイドに
貧しいから買えないなどと言えば、
そんなことになれば、ルシヨ子爵家は没落してしまう。
だから領地の立て直しが遅々として進まず、借金の返済が滞ってでも、マリエットローズ式魔道具を買い求めないわけにはいかなかったのだ。
結果、多少生活が便利になり彩りが増したが、困窮は変わらず楽にはなっていない。
その事情を、この場の全員が知っていた。
だから、モーペリエン侯爵の歓心を買いたい貴族達のルシヨ子爵を見る目が、嫌らしく歪む。
新しい
「誰よりモーペリエン侯爵閣下に世話になっているルシヨ子爵であれば、閣下のご心痛は痛いほどよく分かるだろう?」
「子爵も、あの田舎者のせいで気苦労が絶えないのだからな」
「然り。モーペリエン侯爵閣下のご心痛をどうにかして差し上げたいと思わぬか?」
「当然、思うであろう」
「うむ、ルシヨ子爵は誠に礼節を知り義に厚いことだ」
ルシヨ子爵は俯き拳を握り締める。
具体的には何も指示されていない。
内容は誰も、モーペリエン侯爵も口にしていない。
『忖度しろ』
しかし、その圧力がずっしりと重く両肩にのしかかる。
「ところで」
モーペリエン侯爵がまるで関係のないことのように切り出す。
「子爵の領地の立て直しは、なかなか進んでいないようだな。いつまでもそれを見過ごすのも忍びない。今年は追加で同額の援助をしよう。なに、忠義者の子爵への、ほんの礼だ。気にするな」
「……っ」
口を挟む間もなく立て続けに言われてしまえば、それを受け取らないと言う選択はあり得ない。
つまりその金を使って『忖度しろ』と言う命令だ。
「……閣下のお心遣い、非常にありがたく……感謝申し上げます」
「うむ。誠、忠義の臣がいて、喜ばしいばかりだ」
ルシヨ子爵は察する。
それは一見すると、忖度し動く自分へ向けた言葉のように聞こえる。
しかしその実、自分に忖度するよう、モーペリエン侯爵に忖度して圧力をかけてきた者達へと向けられた言葉なのだと。
成功すればよし。
失敗すればトカゲの尻尾のように切り捨てられ、最悪破滅する。
ルシヨ子爵は暗鬱たる気持ちを、無理矢理飲み込むしかなかった。
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