221 再び王都へ出発

 予定通り一週間後、私達は王都へ向けて出発した。


「馬車がずらずら~って、連なっていますね」


 窓から顔を出して前後を見れば、馬車は長蛇の列になっていた。

 ちょっとだけ、参勤交代を思い出してしまったわ。


「そうだな。今回は前回の王都行きとは違って、大所帯だ」


 お父様の声を聞きながら、馬車の列を眺める。

 今回は前回の王都行きや、いつもの視察と違って、本当に馬車が多い。


 いつものお父様、お母様、私が乗る馬車と、同じくエマを始め侍女やメイド達が乗る馬車と、旅の荷物を満載した馬車が合わせて六台。

 それに加えて、ジエンド商会の馬車が二台と冷蔵庫と冷凍庫を載せた荷馬車が四台。

 さらにブルーローズ商会の馬車が二台と荷馬車が五台。

 合わせて十九台もの大所帯だ。


 言わずもがな、私達を護衛するゼンボルグ公爵家の騎士や兵士達と、ジエンド商会とブルーローズ商会それぞれの護衛の兵士達が、総勢で八十人以上も同行している。

 もちろん、その護衛の騎士達の中にはアラベルもいるわ。


 何故、今回に限りこれほどの大所帯なのかと言えば。

 ジエンド商会は、王都で開店したレストランで使う、ゼンボルグ公爵領特産の食材を運ぶため。

 ブルーローズ商会は、同じく王都で開店する支店で販売する魔道具の数々と、新作のスチーム美顔器を大量に運ぶため。

 つまり、私達の移動に便乗ね。


 だって大所帯の方が盗賊なんかに襲われにくくなって、より安全だから。


 ちなみに運んでいる魔道具は、私が作った物ばかりじゃなくて、オーバン先生や開発チームが作った物、さらに下請けの工房が独自に開発した物も一緒だ。

 中でもオーバン先生作の、前後二段で手前が自動でスライドする書棚が、とにかくかさばるのよね。


 本当なら、王都支店で販売する魔道具は、王都かその近郊の都市で工房を開いて現地生産したいところ。

 だって輸送コストが馬鹿にならないし。


 でも、そのためには色々クリアしないといけないことがある。


 ゼンボルグ公爵家に友好的かつ信頼出来る職人達を一定数確保するため、まずは大勢の職人およびその家族の経歴や素行調査。

 次に他の貴族家の息が掛かった職人達が潜り込んでくることの阻止。

 さらに雇用した職人達やその家族が、他の貴族家の手の者に脅されたり襲われたりしないように護衛態勢の構築、およびその人員の確保。


 などの問題が山とあって、なかなかすぐにとはいかないのよ。

 だから、わざわざこうして輸送しているわけね。


 今はまだ種類も数も少ないからいいけど。

 今後、書棚のような家電じゃなくて家具系の魔道具が増えたら、バラして運べるよう、組み立てだけをする工房を王都に開いた方がいいかもね。


 輸送関係は現場にお任せで深く考えていなかったから、後で提案してみようかしら。


 そうそう、提案と言えば。


「やっぱり、ただ取り付けただけでは邪魔ですよね?」


 座席に座り直しながら、馬車の天井を見上げる。

 そこには、試作の首振り機能をカットした薄型の空調機が取り付けられていた。


 取り付けていると言っても、ただ天井に貼り付けているだけだけど。


「そうね、座っているときはそれほど気にならないけど、乗り降りの時は気を付けないと頭をぶつけてしまいそうだわ」


 お母様も私の視線を追って上に目を向ける。


「もし頭をぶつけても平気なように、角は全部丸みを帯びさせていますけど、ぶつけないに越したことはないですもんね」

「厚みは七センチ程か。これ以上薄くはならないんだね?」

「はい。魔法陣は元から薄いからいいんですが、小さな魔石を採用していますけど魔石そのものの大きさ、スイッチで接触させたり離したりする動きの分のスペース、そして、冷暖房や風量を切り替えるための変更機構を組み込んだ上で、各魔石を交換しやすい構造となると、現状はこれ以上の薄型は難しいです」


 それでも、開発チームのみんなは、よくぞこの薄さまで仕上げてくれたと思うわ。

 冷暖房用の水属性と火属性の魔石、送風用の風属性の魔石、そして変更機構が組み込まれているんだもの。


 もっとも、おかげで縦横それぞれ十五センチ近くになってしまって、それもまた邪魔に感じる要因になってしまっているけど。


「薄さとサイズは今後の研究課題として、現状考えられる最も邪魔にならない方法は、薄型空調機を天井に埋め込んでしまうことです」

「それだと、外から見たらその分、馬車の屋根の上に出っ張りが出来てしまいそうね」


 お母様が困ったように溜息を吐くけど、まさにその通りなのよね。


「不格好にならないようにデザイン性を持たせて出っ張らせるか、いっそその分の厚みを元から天井に持たせるしかないかなと」

「それだと薄型空調機を使うには、馬車ごと買い直しだな」

「高く付くわね。快適なのは事実だけど。物珍しい物が好きなお金持ちの貴族はいいとして、そこまでお金をかけられない貴族には厳しいでしょうね」


 そうなのよね。

 馬車の買い直しって、つまり乗用車の買い直しと同じだから。


 一般の商人が使っている簡素な荷馬車と違って、貴族の馬車はデザイン、快適さ、頑丈さなどなど、特別仕様の高級車だからお高いのよ。


「一応、こうして既存の馬車にも対応出来るよう、取り付け型も出すつもりです」


 そのタイプを使う場合は、足下に置くマルゼー侯爵領製の小型電気ストーブっぽい暖房の魔道具と、天井に取り付けるゼンボルグ公爵領製の薄型空調機と、どちらがより用途に合致して、どちらがより邪魔にならないか、個人で判断して貰うしかない。


「開発中のサスペンションが完成して、それを同時に搭載したタイプの馬車にすれば、セット販売と言うことで、売れやすくなると思うんですけど」

「一層高価な馬車になるが、薄型空調機単体よりは、貴族達の耳目を集めて購買意欲を掻き立てるだろうな」

「それでそのサスペンションの開発の進捗具合は?」

「形はおおよそそれらしい物は出来たみたいです」


 私のあやふやな記憶を元にした大雑把な構造や形状から、よくぞ形にしてくれたと、職人達を褒めたいわ。


「ただ、現段階ではまだ耐久性に難があるようで。荒れた道や長距離移動となると、頻繁に壊れて部品交換が必要になるそうです。スプリングを入れた座席も、座り心地にまだまだ改良の余地があるみたいですし」


 他にも、スプリングが壊れて、その破片が座席内に仕込んだ暖房の魔道具を壊したりと、課題は多いわ。


「そうか。実用にはまだ耐えられないか」

「残念ね。早くそのサスペンションを載せた快適な馬車に乗ってみたいわ」

「そこはもう、職人達の成果を待つしかないですね」


 私も早く新しい快適な馬車が欲しいわ。

 だって、どれだけクッションを重ねても、馬車が揺れてお尻が痛いんだもの。

 長距離の馬車の旅は、それがあるから憂鬱なのよね。



◆◆◆



 領都ゼンバールを出て一路東へ、王都へと向かう整備された幅広い街道。

 その街道を往く、ゼンボルグ公爵家の家紋が入った六台の馬車と、それを前後に挟む、同様に家紋と商会のマークと名が入った十三台の馬車の列。

 それを遠目に眺めている者達がいた。


 街道から大きく離れた位置にある木々と茂みの陰に身を潜めているその者達は、望遠鏡を覗き込み、窓から顔を出して外を眺めているマリエットローズの姿を確認して互いに頷き合う。


「至急報告に戻るぞ」


 そしてマリエットローズが窓から顔を引っ込めたところで、リーダー格の男の指示で見張り役を残し、その場を速やかに離れ馬に乗ると、東へ向けて走り出すのだった。


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