220 出立準備

「高級モデルの組み立ても急ピッチで始まって、それほど日を置かずに、ある程度の数が揃う予定です」


 お父様の執務室で、お父様に報告する。

 報告書はすでに提出済み。

 口頭での報告は、飽くまで確認のためね。


「そうか、よく間に合わせてくれた。大変だっただろう?」

「私はそれほどでも。ですが、職人達は大変だったと思うので、出来ればねぎらってあげて下さい」

「ああ、労いの言葉をかけておこう。反響次第で、特別ボーナスも考慮する」

「ありがとうございます、パパ」


 仕事の報告の場だけど、お父様じゃなくてパパ呼びでのにっこり笑顔は、考慮してくれたお礼。


 反響次第って言うけど、反響があるのは確実だから。

 お母様とフルールのあの反応を見れば、疑う余地なんてないもの。


 スチーム美顔器の初期モデルの量産体制も整って、これでこのお仕事は一段落。

 ようやく肩の荷が下りたわ。


 何しろ、賢雅会をやり込めるためとはいえ、その場の口から出任せから始まったお仕事だから、それはもう弁解のしようがない程に自業自得。

 自分で蒔いた種は、責任を持って自分で刈り取るしかないものね。


 でもこれでやっと落ち着いて、別のご令嬢達をご招待した次のお茶会の準備を始められるわ。


 と、いきたいのだけど……。


「では予定通り一週間後に王都へ向けて出立する。マリー、準備は出来ているかい?」


 そう、私達はまたしても王都へ行かなくてはならない。

 何故かと言えば、レオナード殿下の誕生日パーティーがあるからだ。


「気乗りしないようだね?」

「いえ、その……」

「先日のヴァンブルグ帝国大使館のパーティーの後、思いもかけず、第一王子殿下から個人的に王宮へご招待を戴いたから、気持ちは分からないでもないが」


 そうなのよね。


 お父様とお母様は、レオナード殿下かハインリヒ殿下との結婚を可能性の一つとして視野に入れて、二人を両天秤に掛けることを勧めてきたけど。

 お互いにまだまだ子供過ぎて、今はまだ私が本気で結婚を考えられないでいる。

 だから、最近はお父様もお母様も、そんな私を気遣って、その話題をあまり口にしないでくれているわ。


 つまり、それ抜きで考えると、わざわざまたレオナード殿下に会いに行って、これ以上無理に距離を縮める意味も必要もないのよ。

 だって思い掛けず、レオナード殿下にしっかりと爪痕を残せたから。

 今はその影響がどう広まっていくか、結果待ちみたいなものね。


 領地でお仕事や、お茶会を開いて、ご招待したご令嬢達を通じてゼンボルグ公爵派の貴族達に私の事を少しでも知って貰うことの方が、有意義で優先度が高いと思うわ。


 でも、せっかくお父様が私のことを考えて、色々と伝手を使って招待状を手に入れてくれたのだから、参加しないわけにはいかない。


「しかし、せっかく個人的に知己を得たのだから、誕生日を祝ってあげてもいいのではないかな。その後の殿下の様子も確認出来れば、マリーも安心だろう?」

「それは、確かに……」


 このままでは将来、私達には断罪と破滅が待っている。

 でも、それはまだもう少し未来の話。

 今のレオナード殿下には、まだなんの関係もない話だ。


 将来のそれを理由にして隔意を持って、お誕生日を祝ってあげないのは確かに違うかも。


 ましてや私の積極的な意思ではないとはいえ、手玉に取って、天秤にかけて、『爪痕を残せたからもうあなたは用済みよ』では、本当に悪女みたいだわ。


 それにお父様の言う通り、あの先王殿下が余計な事を吹き込んで元の木阿弥でしたでは困るもの。

 もっとも王家にしてみれば、私こそレオナード殿下に余計な事を吹き込んでいる張本人と思われていそうだけど。


「ハインリヒ殿下も各地の視察を終え、パーティーに参加されてから帰国されるようだ。予想通り応じては戴けなかったが、領地へ招いた手前、出来れば帰国前に一度顔を合わせて挨拶をしておいた方がいい」


 それは貴族の礼儀として、しておくべきね。

 ヴァンブルグ帝国から魔石を買い付けるのだから、ヴァンブルグ皇家こうかのご機嫌は取っておかないと。


「分かりました」


 元から行く以外に選択肢はない。

 だったら、気持ちよくお祝いしてあげよう。


 気持ちを切り替えた私に、お父様が優しく微笑んでくれる。


「加えて言うなら、王都へ行く用件はそれだけじゃない。ブルーローズ商会王都支店の開店。ジエンド商会が経営するレストランで、初のソルベシャーベットを組み込んだコース料理の提供。それらの視察をしておきたいだろう?」

「はい、したいです!」


 そうだった!

 それ、とっても大事だわ!


 お父様には他にも、各モデルのスチーム美顔器、ショートケーキを作るために作ったオーブン、ハンドミキサーの特許登録をして貰わないといけない。

 さらにお父様とお母様は王妃殿下にスチーム美顔器を献上して、夜会やお茶会で宣伝するお仕事もある。

 今回の王都行きも、ゼンボルグ公爵家にとって、とても大事なお仕事だ。


 私も、中央の子供達のお茶会の一つにでも参加して、顔を繋いだり宣伝したり、何か出来る事を考えた方がいいかも知れないわね。

 その手土産に、アイスボックスやアイシングをしたクッキー、苺のショートケーキを持って行くのも、ゼンボルグ公爵領の特産品のいい宣伝になりそう。


 だとしたら、念のためお茶会に着て行けるドレスやアクセサリーを複数、追加で荷物に入れておかないと。


「もっと気楽に楽しんでくれていいと思うが……マリーには、仕事に絡めた方が楽しくて充実しているようだね」


 頼もしくもあり、心配でもある。

 そんな顔でお父様が苦笑する。


「お父様の言う通り、私にはこのくらいが丁度いいです」


 確かにまだ七歳だけど、中身は三十代半ばの元社会人だから。

 働いていないと自堕落なニートになってしまいそうで、ちょっと不安なのよ。

 何より、みんなが幸せに笑って暮らせる未来のためだもの。


「そうか。では、準備はしっかり済ませておくように」

「はい!」


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