219 スチーム美顔器の使い心地

「ママ」

「いらっしゃいマリー」


 ノックして許可を貰いお母様の部屋へ入ると、ジャストタイミングでお母様がスチーム美顔器を使っているところだった。


 ソファーに座って、ローテーブルに合わせた背が高いモデルのスチーム美顔器から噴き出す蒸気を顔で浴びながら、お母様が微笑む。


「ママ、高級モデルの使い心地はどう?」

「ええ、とても素晴らしいわ!」


 キランと鋭く目を光らせて、とても実感が籠もったお言葉ね。


「お肌が瑞々しくなって、触れるとしっとりプルプルで、まるで十代にまで若返った気分よ」

「そんなにですか?」

「ええ。これまでも、マリーに倣ってお風呂に頻繁に入るようになって、お肌のケアを入念にしてきたでしょう? おかげで肌が驚くくらい美しくなっていたわ。それなのに、さらにもう一段磨きが掛かるだなんて。本当に魔法のようだわ」


 確かに、魔道具の原理は魔石と魔法文字を使った魔法だけど。

 実際の効果は科学の分野よね。


 お風呂に頻繁に入るようになったお母様の肌は、しっとりすべすべ。

 頬擦りしたりされたりすると、とっても気持ちいいの。


 でも、近頃は輪をかけて、もちもちすべすべ感が増して気持ち良かったわ。

 つまり、お母様が言う通り、実際に効果があったと言うこと。


 お母様の側に控えていたフルールも同意して、それはもう大きく頷く。


「奥様もわたくしもですが、メイクその他、汚れが大変に落ちやすくなり、普段から肌の色が明るくなりました。保湿後のケアを怠らなければ、肌に潤いが増して化粧ノリも大変良いです」


 それから、小さなことではありますが、と付け加えて。

 洗顔料や化粧品の消費も抑えられているみたい。


 美容に情熱を傾けて大金をポンと支払う上級貴族のご夫人やご令嬢達なら、その程度のコストの違いなんて気にもしないでしょうから、深く考えてこなかったけど。


 魔道具本体は初期投資として考えて。

 魔石のランニングコストと比較して、抑えられた洗顔料や化粧品のコストの関係が果たしてどうなのか。

 後で詳しく聞き取り調査して、レポートにまとめたいわね。

 下級貴族にとっては気になるところでしょうから。


 お母様と一緒にフルールにも使い心地を試して貰っていたから、公爵夫人お母様に加えて男爵夫人フルールの生の意見はありがたいわ。


「それなら、このまま売りに出しても大丈夫そうですね」

「絶対売れるわ!!」

「絶対売れます!!」


 お母様とフルールったら、そんなに力一杯……。

 かつては私も三十路だったから、その気持ちはよく分かるけどね。


 通常モデルや簡易モデルの方でだけど、他にも試して貰っている侍女やメイド達からの反応も良いし、問題なしってことで良さそう。


「ちなみに、モデルごとの使い心地の差はどうでした?」

「マリーのお勧め通り、簡易モデル、通常モデル、高級モデルと、十日ずつ順番にグレードを上げて使い心地を試してみたけど、それぞれ効果はてきめんね」

「はい。お嬢様のおっしゃる通りグレードが低い順に試したおかげで、その差の違いがよく分かりました」

「簡易モデルでも効果は十分に感じられたけど、グレードが上がるにつれて、より一層肌が滑らかになっていったのよ」

「奥様の仰る通りです。高級モデルの効果を知ったら、もう簡易モデルには戻れません」


 二人とも、すごい熱量だわ。

 そんなに気に入って貰えたなら、魔道具師冥利に尽きると言うものよ。


 正直、私としては、簡易モデルと高級モデルでそこまで違うのかな……と思わないでもないけど。

 簡易モデル、高級モデルと言う名前の違いで、プラシーボ効果と言うか、多少は思い込みも入っていそう。


 セールストークに生かせそうだから、下手に指摘はしないでおくけどね。


 一応自分でも試してみたのよ?

 だけどほら、七歳児のお肌は最初からもちもちすべすべだから。


 でも、外観の豪華さ以外にも、ちゃんと性能には差を付けてある。


 簡易モデルは試作段階の魔法陣や噴き出し口を、ほぼそのままに。

 通常モデルはそれを試行錯誤して改良した物を。

 高級モデルは満足いく完成品を搭載している。


 簡易モデルだと、発生する蒸気の量が少なくて、噴き出す範囲が少々狭く、勢いもやや強めで、顔全体に当たりはするけど微妙に均一に当たらない感じになっている。

 あとこれはイメージだけど、発生した蒸気の粒の大きさが十分に小さくなくて、さらに大きさもバラバラで不揃いに。


 高級モデルになると、発生する蒸気の量が多く、噴き出す範囲が広く、勢いも優しく柔らかく、顔全体に均一に当たる。

 これもイメージだけど、発生した蒸気の粒の大きさが十分に小さくなって、大きさも均一に。


 蒸気の粒の大きさに関しては調べようもないから、使っている魔法文字の種類や文面の違いで、多分そうなっているんじゃないかなって憶測だけど。


 通常モデルは、その中間の性能ね。


 ちなみに、噴き出す勢いは噴き出し口の形状の違いから生まれているだけで、実際の性能はどのモデルも一緒。


「じゃあ、簡易モデル、通常モデル、高級モデルそれぞれに、大きめの据え置き型のローテーブル用、普通のテーブル用、同じ据え置き型でも持ち運びしやすいコンパクトタイプの、ローテーブル用、普通のテーブル用と色々バリエーションを作って、本格的に量産体制に入りますね」

「ええ、大至急お願いねマリー」


 と言っても、実際にはすでに簡易モデルと通常モデルは先行量産を開始していて、問題がなければそのまま量産ラインとして確定すると言う段階まで動いている。

 どちらもお母様とフルールに使い心地をモニターして貰って問題なしと判断した後、すぐに取りかかったの。

 でないと、時間がもったいないからね。


 そして、高級モデルは作るのに時間が掛かってしまうから、これもパーツごとの量産はすでに始まっている。

 今お母様とフルールの意見を貰ったから、今日からでも組み立てに入って貰って、これも量産ラインとして確定して良さそう。


 ちなみに、最初に量産するのは簡易モデル、通常モデル、高級モデルそれぞれの、大きめの据え置き型のローテーブル用だけ。

 何しろ、職人達の手が全然足りないから。


 現場の都合も考えず、私が次から次に魔道具を開発してしまうのが悪いのよね。

 しかも今回のスチーム美顔器は、他の魔道具の生産を脇に置いてでも、最優先で行うように指示を出しているし。

 だから、現場の負担にならないように、まずは種類を限定しての生産になる。


 それに、残りのタイプは後日、新型モデルとして売りに出した方がより売り上げに繋がるから。

 そういった商売上の都合も加味しての判断だ。


 さて、それじゃあ離れのお屋敷マリーの仕事部屋へ行って、量産の指示書を書き上げるとしましょうか。


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