216 未来のデザイナー候補

「お父様、他のデザインも見せて下さい!」


 お父様にお願いして、残りの植物紙も見せて貰う。


 私は胸の高鳴りを覚えていた。


 そこに描かれていたのは、ランプだけじゃない。

 ドライヤー、冷蔵庫、空調機、コンロと、個人の部屋に置けるタイプの魔道具の全てが、いくつもいくつも描かれていたから。


 しかもそのどれもが、一歩も二歩も時代の先を行く斬新なデザインばかりだ。


「すごい……すごいですクリスティーヌ様!」


 思わず身を乗り出してしまった私に、クリスティーヌ様の顔が真っ赤に染まる。


「お、お恥ずかしいですわ、まだ上手じゃないですから」

「いいえ、そんなことありません! クリスティーヌ様の『好き』がいっぱい詰まったこの絵、私は大好きです!」

「――っ!? ほ、本当ですの? 本当にそう思ってくれますの?」

「はい、すごく素敵でいい絵だと思います。私は大好きです」

「……ありがとうございますわ」


 目一杯照れちゃって、すごく可愛いわ。


「お母様もそう思いますよね?」

「ええ、わたしもそう思うわ。とてもよく描けているわクリスティーヌ様」


 お母様の褒め言葉に、クリスティーヌ様が益々照れて赤くなる。


「わたくし、ブルーローズ商会の魔道具のデザインがとても素敵で、感銘を受けたのですわ。これまでの、使えればそれでいいと言わんばかりの、ただの無骨な道具でしかなかったランプ。それが、お部屋を彩るお洒落なインテリアになるだなんて!」


 まるでその時の感動を思い出すかのように、クリスティーヌ様がうっとりと遠くを見つめる。


「誰もが思い付きそうで思い付かなかった、その斬新な発想! 前衛的で、既存に全くないコンセプトでありながら、使い、飾り、眺める者のことを考えた、合理的で、デザイン性に優れたフォルム! それはもう、いつまで眺めていても飽きることがありませんの! このようなデザインを考えつかれたデザイナー様は、まさに芸術の神様に愛された、芸術の申し子と呼ぶに相応しいと思いますわ!」


 うわぁ……ちょっと、褒めすぎじゃない?

 思わず顔が熱くなっちゃうわ。

 それに、現代日本にあるデザインを真似ているから、私オリジナルじゃない……どころか、そもそも私、本職のデザイナーでもなんでもなかったし。

 おかげで、少しだけ良心がチクチクと……。


「それでわたくし、思いましたの。もっとわたくしの部屋に合うデザインの物が欲しい、わたくしの、わたくしによる、わたくしだけのランプが! と。そこで、デザインを真似をして描いてみたのですわ」

「そうだったのですね」


 とても力強い言葉で、クリスティーヌ様の『好き』と熱意がすごく伝わってくるわ。


「子供の描いた物ですし……お目汚しではありませんでしたか?」


 リチィレーン侯爵夫人がお父様を気にして謙遜する。

 でも、もしお父様相手じゃなかったら、『うちのクリスティーヌは天才!』って自慢しているんじゃないかしら?


「そうは思わないよリチィレーン侯爵夫人。子供だからまだ技術的に足りない部分があるのは仕方がない。しかしこの絵には、それ以上の価値がある」


 お父様がチラリと私に目を向けた。

 だから即座に強く頷く。


 欲しい。

 ブルーローズ商会うちのデザイナーとして。


 クリスティーヌ様が育てば、きっと私の補助が出来る……いえ、私とはまた別の方向性で、斬新なデザインを生み出せるデザイナーになれるんじゃないかしら。

 クリスティーヌ様は、まさにダイヤの原石だ。


 私の意図を正確に汲み取ってくれただろうお父様が、頷いてくれる。


「リチィレーン侯爵夫人。クリスティーヌ嬢のデザインセンスはとても稀有で貴重だ。是非この才能を伸び伸びと育てて欲しいと思うが、どうだろうか?」

「それは……」


 まさかここまで褒められると思っていなかったのか、リチィレーン侯爵夫人が目を白黒させているわね。


「私、クリスティーヌ様なら、将来ブルーローズ商会のデザイナーとしても通用するくらい、すごいデザイナーになれると思います!」

「ほ、本当ですか!? 本当にそう思ってくれますか!?」

「はい、そう思います」

「嬉しい……」


 クリスティーヌ様、感極まったのか、なんだか泣き出してしまいそう。


 もちろん、今のクリスティーヌ様はまだまだ未熟だ。

 技術的なことはもちろん、センスも磨いていかないといけない。

 でも、正しく育っていけば、本当にいいデザイナーになれると思う。


「でも、どれだけ描いても満足出来なくて……それで、ブルーローズ商会のデザイナー様に見て戴いて、ご指導戴けないかと……それで公爵様にご紹介戴けないかと思って」

「娘が申し訳ありません公爵様。その、何度かブルーローズ商会に打診してお願いしたのですが、デザイナーとの契約で誰にも会わせられないと断られまして。それで娘が、公爵様にお願いするしかないと思ってしまったようで」


 思わず、お父様に目を向けてしまって、お父様と目が合う。


 それは確かに断られるわよね。

 だって、まだ私を表に出すわけにはいかないんだもの。


「それは申し訳なかったが、理解して欲しい。あれほどのデザインを生み出せる稀有なデザイナーだ。その身を狙う者達が後を絶たないものでね」

「……お察しします」


 リチィレーン侯爵夫人も最初から分かっていたようね。


 引き抜いて自分の物にしたい貴族や大商人、そして、消してしまいたい賢雅会の特許利権貴族達の息が掛かった者達。

 報告では、そんな人達が何人も何人も、接触しようと、また正体を突き止めようと、探りを入れてきているらしいの。

 それはもうしつこいくらいに。


「だから申し訳ないが、うちのデザイナーと会わせるわけにはいかない」

「はい……」


 ああ……クリスティーヌ様がしょげてしまった。


 なんとかしてあげたい。

 でも、さすがにまだ私がデザイナーですと名乗れる状況ではないし……。


 それにクリスティーヌ様がどうこうではなく、現状のリチィレーン侯爵家の評価では機密を開示出来ないもの。

 ゼンボルグ公爵家として、公爵として、きっとお父様は許してくれないでしょうね。


 お父様とお母様をチラリと見ると、困った顔をされてしまう。

 特にお父様には、小さくだけど、しっかりと首を横に振られてしまった。


「そ……それなら、直接会って指導は無理でも、デザインを預かって、アドバイスして貰うすると言うのはどうでしょう?」


 私の唐突な発言に、お父様とお母様が軽く目を見張って、しょげていたクリスティーヌ様が驚いたように顔を上げた。


 正体さえバレなければいいんだから、そのくらいなら不可能じゃないはず。


 いいのかい?

 本当に大丈夫?


 お父様とお母様が、そう目で心配そうに尋ねてくる。

 だから、小さくだけど、ハッキリと頷いた。


 少し迷った後、お父様が頷いてくれる。


「そうだな……デザイナー本人に確認してみないと分からないが、聞くだけ聞いてみよう」

「ありがとうございます公爵様!」


 良かった、クリスティーヌ様に笑顔が戻って。


「感謝なら私ではなく、提案してくれたマリーにしてあげてくれ」

「はい! ありがとうございますマリエットローズ様!」

「ええ、どういたしまして。クリスティーヌ様のデザインを見て、その情熱を知れば、きっとデザイナーさんも承諾してくれますよ」

「はい!」


 本当に嬉しそう。


 だって、初めて出来たお友達のためだもの。

 このくらい、どうってことないわ。


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