215 クリスティーヌが見せたかった物
ソフィア様とシャルラー伯爵夫人をお見送りした後、私達は応接室へと場所を移す。
その応接室へ入る時、リチィレーン侯爵夫人が澄まし顔でささっと、髪のセットの乱れがないかチェックして直したり、ドレスに皺や汚れが付いていないか気にしたりと、身だしなみを整えた。
別におかしなことではないと思うけど……。
お母様のリチィレーン侯爵夫人を見る目が、一気に不機嫌そうになって、鋭く冷たくなる。
……うん、なんとなく分かった気がする。
それが二人の確執の原因なわけね。
お父様ってば、娘の私も思わず照れてしまいそうになるくらい、イケメンだもんね。
ややこしいことになるのはごめんだから、それは気付かなかった振りでスルー。
ともかく、私とお母様がソファーに並んで座り、対面にクリスティーヌ様とリチィレーン侯爵夫人が並んで座る。
その後ろには、それぞれのお付き侍女が控えた。
エマが紅茶を淹れてくれている間に、フルールがお父様の執務室へ行って、こっちの準備が整ったことを伝えてくれる。
そして待つことしばし、お父様がセバスチャンを従えて応接室へとやってきた。
クリスティーヌ様とリチィレーン侯爵夫人が立ち上がってお父様を迎える。
私とお母様は座ったままね。
すると、リチィレーン侯爵夫人がそれはそれは見事なカーテシーをした。
「ご無沙汰しております、公爵様。お忙しいところをお呼び立てして申し訳ありません。こちら、娘のクリスティーヌです」
その挨拶の後、お父様を見て一瞬ぼうっとしてしまったクリスティーヌ様を、リチィレーン侯爵夫人が肘で軽くつつく。
それではっと我に返ったクリスティーヌ様が、慌ててカーテシーをした。
「初めまして公爵様。リチィレーン侯爵令嬢クリスティーヌ・アントワーヌですわ。面会の願いをお聞き届けて戴きありがとうございます」
二人の挨拶に、お父様は鷹揚に頷く。
「クリスティーヌ嬢、うちのマリーと仲良くしてくれたそうだね。ありがとう」
「は、はい!」
お父様の柔らかな微笑みに、クリスティーヌ様の頬が赤く染まる。
なんだか見ていて微笑ましいわ。
お父様が一人がけのソファーに座ると、クリスティーヌ様とリチィレーン侯爵夫人も腰を下ろした。
最初は貴族らしく和やかに、前置きの会話が始まる。
それは主にリチィレーン侯爵領の現状についてだけど。
それから話題は今日のお茶会の様子に移り、ショートケーキの話から、お父様からもリチィレーン侯爵夫人に、薄力粉に向いた品種の小麦の生産についてチクリと、ね。
それら前置きの会話が一通り済んでから、お父様から本題を切り出した。
「それで、クリスティーヌ嬢は私に何か見て欲しい物があるとか?」
「は、はい、これを」
クリスティーヌ様が自分のお付き侍女に命じて、書類ケースをお父様の方へと運ばせる。
それをセバスチャンが受け取ると中身を改めて、危険や問題がないことを確認してから、お父様の前に置いた。
「では、拝見させて貰おう」
お父様が中から、上質な植物紙の束を取り出す。
そしてその一番上の紙を見た瞬間、驚きに目を見開いた。
私の位置からは何が書いてあるのか見えないけど、お父様がそれほど驚くなんて……。
一体何が書いてあるのかしら?
思わずクリスティーヌ様の方へ目を向けると、クリスティーヌ様は祈るような真剣な顔でお父様を見ていた。
お父様は、二枚目、三枚目と、次々に中身を改めていく。
すごく真剣な顔だ。
それはもう、お仕事をしている時みたいに。
気になる。
すごく気になる。
クリスティーヌ様は何を書いて来たの?
数枚ほど確認した後、お父様が顔を上げる。
「クリスティーヌ嬢、マリアとマリーに見せても?」
「そ、それは……」
クリスティーヌ様が私とお母様を見て、恥ずかしそうに頬を染めてわずかに迷う素振りを見せたけど、最後に私を見て、それからコクンと小さく頷いた。
「では、マリア、マリー、見てみなさい」
そうして差し出されたお父様が確認を終えた数枚の植物紙の束。
何故だろう、お父様の言葉がお母様よりも私に向けられていた気がしたのだけど。
セバスチャンが受け取って、それをフルールに手渡して、フルールがお母様と私の前に広げて置いてくれた。
「――っ!?」
それを見て理解した。
お父様が私に向けて言った意味を。
「……ランプのデザイン」
思わず零れた言葉に、クリスティーヌ様の頬が益々赤くなる。
ハッキリ言って稚拙だ。
所詮は七歳の子供が描いた絵なんだから。
でも、それがマリエットローズ式ランプだと言うのは見間違いようがなかった。
それも、クリスティーヌ様の『好き』がいっぱい詰まっていて、これでもかってくらい伝わってくる、そんな見ていて微笑ましい絵だ。
しかもそれだけじゃない。
「……モダンシリーズ……いえ、まるでイノベーションシリーズみたい」
マリエットローズ式ランプには、デザインの違いで三つのシリーズがある。
この時代の既存のデザインを踏襲したアンティークシリーズ。
それをよりインテリア向けに可愛くお洒落にデザインしたモダンシリーズ。
そして、それらと一線を画する、前世の現代風スタンドライトのデザインを取り入れたイノベーションシリーズ。
クリスティーヌ様が描いたこのランプのデザインは、モダンシリーズのようにお洒落でありながら、さらにイノベーションシリーズを意識したテイストが感じられた。
それは確かに稚拙ながら、この時代のデザインと比べて一歩も二歩も時代の先を行く、とても斬新なデザインだった。
これを、たった七歳の女の子が描いただなんて!
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