210 子供達のケーキ争奪戦

 主に苺のショートケーキやお菓子作りの話題を中心に、話が弾む。

 その和やかな雰囲気のおかげもあって、みんな、さっきクッキーを何枚も食べたにも関わらず、ケーキも二切れ目までペロリと平らげてしまった。


 そして――


「お代わり!」

「もう一切れ……」

「その最後の一切れを――」


 ――ミシュリーヌ様、ソフィア様、クリスティーヌ様が、大皿に残った最後の一切れをお代わりしようと、自分のお付きメイドやお付き侍女に取り分けるよう指示を出した。


「「「!?」」」


 ほぼ同時のそれに驚いて、三人の視線が交錯する。


「わたくしは侯爵令嬢ですのよ。わたくしに譲るのが筋ではなくて?」

「ええっ!? アタシだって食べたいよ!」

「う、うちも食べたい……!」

「あなた達伯爵家は遠慮なさいな」

「ず、ずるい……」

「横暴だ! 反対! クリスのけちんぼ!」

「なんですって!? 誰が横暴でけちんぼですの!」

「じゃあ模擬戦で決めよう! 勝った人が食べられる!」

「卑怯ですわよ! あなたの勝ちは決まっていますでしょう!」

「ケーキだから、お菓子作りで勝負……」

「それも同じですわ! 自分が勝てる勝負に持ち込もうだなんて!」


 唐突に、ケーキ争奪戦が始まってしまったわ。

 うん、やっぱりみんなまだまだ子供よね。


 たかがケーキ。

 されどケーキ。


 それだけ美味しいって思ってくれた証拠だと思う。


 ただ、後ろのお付き侍女とお付きメイド達が宥めているけど、言い合いは一向に収まらない。


 突然の我が子の醜態に、母親達は唖然とした後、三者三様だ。


 ブランローク伯爵夫人は恥ずかしそうに顔を赤くしながら鬼の形相になって。

 シャルラー伯爵夫人は恥じ入るように俯いて小さくなってしまって。

 リチィレーン侯爵夫人は信じられないとばかりに目を覆って天を仰いで。


 お母様は困ったように苦笑を漏らしているけど、仲裁する気はないみたい。

 自分でなんとかしなさいってことよね。


「皆さん、落ち着いて下さい」

「でも――!?」


 仲裁に入った私に、クリスティーヌ様が反論しかけて、はっと気付いたように我に返ると、ばつが悪そうに俯いて顔を赤らめた。


「――……申し訳ありませんわ」


 子供達の中では、やっぱり一番頭がいいみたい。


 急に言い合いを止めてそんな態度になったクリスティーヌ様を、訝しそうに見るソフィア様とミシュリーヌ様。

 その二人に、お付きメイド達が耳元で何か囁く。


「えっと……マリーごめんね?」

「ご、ご免なさい……」


 途端に二人もはっと気付いて、同じようにばつが悪そうな顔で大人しくなった。


 エマは私の後ろで、きっと不機嫌な気配を発しているでしょうね。

 だって、最後に残ったその一切れは、私の分なんだもの。


 八等分して三人とも二切れずつ食べたのだから。

 さすがにこれは無作法で、不味いことをしちゃったわね。


 恥ずかしそうな母親達と、自分が仕えるお嬢様の失態にハラハラしているお付き侍女とお付きメイド達。


 でも、子供のしたことだもの、目くじらを立てる程のことでもないわ。

 だから、エマにお願いする。


「エマ、二つに切り分けて、ミシュリーヌ様とソフィア様に」

「お嬢様、よろしいのですか?」

「ええ、お願い」

「はい、畏まりました」


 エマが最後の一切れを綺麗に切り分けて、ミシュリーヌ様とソフィア様の小皿に取り分ける。


「マリー、いいの!?」

「ほ、本当に……いいんですか?」


 ミシュリーヌ様はぱっと顔を輝かせて、ソフィア様はすごく申し訳なさそうだ。


「ええ、もちろん。そんなに気に入って貰えたなら、作った甲斐がありました」


 にっこり微笑むと、二人ともぱあっと顔を輝かせる。

 二人のお付きメイド達も、私とエマにペコペコと頭を下げた。


「ミシュリーヌ様、ソフィア様、譲ってくれたクリスティーヌ様にお礼を」

「うん! ありがとうクリス! マリーも!」

「お、お二人とも……ありがとうございます」

「ええ……」


 対して……頷きはしたものの、クリスティーヌ様が絶望の顔を。


 わたくしの分は?

 三等分ではありませんの?


 そう言いたげな顔ね。

 クリスティーヌ様のお付き侍女も不満そう。


 でも、これは意地悪じゃなくて、私なりに考えがあるからよ。


「クリスティーヌ様。自分が満足するためだけに侯爵家の権力を振りかざすのは、淑女ではないと思います。身分が下の者達に譲り分け与える寛容さも、時には必要ではないでしょうか。ましてや、クリスティーヌ様は二人より一つ上のお姉さんなのですから」

「……はい」


 自分ももっと食べたい。

 納得いかない。

 でも、私の言うことも分かる。

 しかも主催で身分が上の私から言われたら従うしかない。


 そう、じわっと涙目になっていく。


 だから――


「クリスティーヌ様は、私と半分こしましょう。私はまだ手を付けていませんから」

「えっ!?」


 驚きに顔を上げたクリスティーヌ様に優しく微笑む。


「二人に譲ってあげられたご褒美です。とても偉かったですよ」

「マリエット……ローズ様……」


 エマに目でお願いをして、私に取り分けられていた手つかずのケーキを半分にして、クリスティーヌ様の小皿に取り分けて貰う。

 あまり行儀がいい行為ではないかも知れないけど、公爵令嬢の私が侯爵令嬢に下賜かしした、と言うていで、ギリギリセーフ……と言うことで。


「マリエットローズ様……ありがとうございます!」


 クリスティーヌ様が、今度は感動したように目を潤ませる。


「わたくし、マリエットローズ様を誤解していましたわ!」


 ん? 誤解?


「マリエットローズ様がこんなにもお優しい、淑女の鑑のような立派な方だったなんて! わたくし、自分が恥ずかしいですわ!」


 えっと……なんだかよく分からないけど。

 ともかく泣き出さなくて良かったわ。

 実は内心、ハラハラしていたのよね。


 クリスティーヌ様のお付き侍女も一転して、申し訳なさそうに、そして感謝を表して、私に深く一礼した。


 何はともあれ、これで一件落着でいいわよね。


「では、戴きましょう。うん、美味しい」


 フォークで小さくカットして、一口目を食べる。


「うん、美味しい! マリー、クリス、ありがとう!」

「みんなで分けて食べたから……さ、さっきより、美味しい」

「そうですわね……独り占めして食べるより、ずっと美味しいですわ」


 良かった、みんな笑顔になってくれて。


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