209 白くて甘くてふわふわの

「エマ」

「はい、お嬢様」


 エマが一度下がり、屋敷の中へ。

 そして厨房から二品目をワゴンに載せて運んで来てくれた。


「あっ、苺!」

「白い……何?」

「……随分と大きいですわね?」


 子供達が声を弾ませて、運ばれてくる二品目を期待の籠もった目で追う。

 母親達も、子供達みたいに声を上げこそしなかったものの、やっぱり興味津々だ。


 フルールも手伝ってくれて、母親達と子供達のテーブルの真ん中に、それぞれ二品目が置かれた。

 さらに取り皿とフォークが配られ、新しく紅茶が淹れられる。


「マリー、これなに!?」


 ミシュリーヌ様がワクワクを隠しきれない顔で、私の顔とテーブル中央の二品目の間を、忙しなく視線を行き来させる。


 それに答える代わりに悪戯っぽく笑みを浮かべると、エマに向かって頷いた。


「それでは切り分けさせて戴きます」


 エマがナイフをすっと差し入れて、綺麗に八等分する。

 そして一切れを、この場で一番身分が高い私の取り皿に移した。


 顕わになったその美しい断面に、途端に歓声が上がる。


「中にも苺だ!」

「スポンジケーキ……!」

「間に苺と白い何かを挟んで層になって……綺麗だわ♪」


 ふふふ、驚いてる驚いてる。


 そう、何を隠そう、これは苺のショートケーキだ。


 私にとっては王道中の王道のケーキ。

 だけど他のみんなにとっては、これまでなかったホイップした生クリームをたっぷり塗った、初めて目にする全く新しいケーキだ。


 その苺のショートケーキを、エマが家格に従って、クリスティーヌ様、ミシュリーヌ様、ソフィア様と、順番に取り分けていく。

 母親達のテーブルでは、同じくフルールが家格に従って、お母様、リチィレーン侯爵夫人、ブランローク伯爵夫人、シャルラー伯爵夫人へと取り分けていた。


 リチィレーン侯爵夫人が驚きに目を見開いて、まるで鑑定か査定でもするように、険しい視線でしげしげとケーキを観察して。


 ブランローク伯爵夫人が苺が使われていることに嬉しそうにしながら、はしゃぐミシュリーヌ様のことを忘れてしまったかのように、一層興味津々にケーキを眺めて。


 シャルラー伯爵夫人が、匂いを嗅いだり、様々な角度から眺めたり、娘のソフィア様顔負けの獲物を狙う猛禽類の目で、今にも涎を垂らさんばかりになって。


 さっきのクッキーのおかげで、みんなの期待値がとても高いことが伝わってくる。


 全員にケーキと新しい紅茶を配り終えると、エマとフルールが私とお母様の後ろに戻った。

 それを確認してから、満を持して、自信たっぷりに微笑む。


「さあ、皆様、どうぞ召し上がって下さい」


 私の言葉を合図に、大人も子供もなく、フォークを握ってケーキを食べ始める。


「甘い!! ふわふわ!! 美味しい♪」

「ん~~~~~~~~♪♪」

「この白くて甘い滑らかな舌触りが……甘酸っぱい苺と絶妙なバランスも……味だけでなく見た目も鮮やかで楽しめるケーキだなんて……!!」


 うんうん、大好評ね。


 ミシュリーヌ様は一口食べるたびに大はしゃぎ。

 ソフィア様はまたもや頬に手を当ててうっとり夢心地。

 クリスティーヌ様は眺めて、味わい、また眺めてとじっくり堪能。

 母親達からも、同じように驚きと絶賛の声が聞こえてくる。


「マリエットローズ様、この白くて甘くてふわふわのは、一体なんですの?」

「これは生クリームです」

「生クリーム?」


 クリスティーヌ様は生クリームを知らないみたいね。

 夢中で食べながらもちゃんと聞いていたのか、ミシュリーヌ様も一緒に首を傾げている。


「こ、これが生クリーム、ですか!?」

「はい、そうですよ」


 その代わり、ソフィア様が大きな声が出るくらい驚いているわね。

 さすが産地のシャルラー伯爵令嬢だわ。


 現状、生クリームはバターにするくらいしか使い道がない。


 そもそも一般的に飲まれているのは牛乳じゃなくて山羊のミルクだから、産地でもない限り、牛や牛乳を目にすることが滅多にないのよ。

 山羊はミルクのために一般のご家庭でも一階の土間や庭で飼われているから身近な動物だけど、牛は身近では飼えないから。


 加えて、これまでは新鮮な牛乳の輸送に問題があったから余計にね。


「作り方は簡単ですよ。まず生クリームを――」


 生クリームの作り方は、牛乳を加熱して殺菌し、後は冷まして一晩放置するだけ。

 牛乳に含まれる脂肪は粒の大きさがバラバラだから、軽い粒が浮かんで層になった物が生クリームになる。


 だけど、山羊のミルクの脂肪は粒が均一だから、生クリームが出来ない。

 だからバターの製造工程を知らなければ、生クリームを知らなくても当然。

 しかも、生クリームに砂糖を入れてホイップして、甘くして食べることはなかったのよ。


 これまでスポンジケーキこそあったけど、それはカステラっぽい物や、パウンドケーキなどだった。


 パウンドケーキならドライフルーツを交ぜて、甘さや食感を変えてバリエーションを出すなどの工夫もあったけど。

 でも、ホイップした生クリームをたっぷり塗って、フルーツをデコレーションして、ここまで見た目が華やかになったスポンジケーキはなかった。


「そ、そんな簡単な方法で……まさかあの生クリームが、こんなに甘くて美味しいお菓子になるなんて……!」


 ソフィア様が感動で目を潤ませているわ。

 それもこれも、荷馬車用の冷蔵庫のおかげね。


「それでその絞り口? を使うことで、表面に塗るだけでなく、このように華やかな飾り付けが出来るようになるのですわね」


 ほとほと感心したように、そして自分も生クリームを飾り付けたそうな興味津々の顔で、クリスティーヌ様がデコレーションした生クリームを眺める。


「クリスティーヌ様、後で絞り口と、それを使ってデコレーションするところをお見せしましょうか?」

「ええ、是非!」


 目を輝かせて、これまでの大人びた澄まし顔と違って、年相応の顔で可愛いわ。


 製法を知って満足したのか、ソフィア様はまた一口食べて、うっとり夢心地になる。


「はぁ……♪ 生クリーム、甘くて美味しい……苺だけじゃなくて、ブルーベリーやラズベリー……ブドウやレモンもいいかも……♪」

「さすがソフィア様、すぐそれに気付くなんて」

「ふぇ!?」


 うっとり味わいながら無意識に零していたみたいで、褒めたらビックリされてしまった。


「ソフィア様が今考えられたアレンジもいいと思います。他にも、一種類にこだわらず色々なベリーを飾り付けて、より複雑な味わいで美味しく、より華やかにとか。それこそフルーツはお好み次第で」

「い、いいと、思いますか?」

「ええ、とても素晴らしい発想だと思います。やっぱり普段からお菓子作りをしている人は着眼点が違いますね」

「そ、そんな風にお菓子作りを褒められたの……家族以外で初めてです」


 頷いた途端、ソフィア様が頬を染めて、嬉しそうにはにかむ。


「甘くて美味しいならなんでもいいよ!」


 対して、ミシュリーヌ様は本当にシンプルね。

 口元にべったり付いた生クリームをお付きメイドに拭いて貰いながらなのが、いっそ微笑ましいわ。


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