208 天才クッキー職人マリーのクッキー革命

 それからは、みんなでこれはどんな味だった、どうやって作るのか、他にこんな型が欲しい、などなど、話が弾み始めた。


「アーモンドパウダーを入れるとその分生地の繋がりが弱くなって、型から抜く時に崩れやすくなってしまうんです。なので、こちらの型抜きクッキーには入れていません」

「風味を出すために入れればいい、と言うわけではありませんのね」

「でも、アイシング? のおかげで甘くて美味しかったから気にならなかったよ」

「それもあって、無理には入れなかったんですよ」


「で、では、アーモンドパウダーを入れて型抜きクッキーを作りたいときは、ど、どうすれば?」

「さっきも説明した通り、生地は冷蔵庫で寝かせて固めています。型から抜くときに千切れたり崩れたりするようなら、常温で緩くなった生地を一旦冷蔵庫で冷やして固め直して、それから型抜きすれば成功しやすいかと」

「な、なるほど!」


 特にソフィア様が、打って変わって積極的に作り方を聞いてきて、私がそれに答える形で会話が進んで行く。


 ミシュリーヌ様は美味しければなんでもいいみたいだけど。


 クリスティーヌ様は、クッキーそのものはもちろんだけど、クッキー型抜きの種類やデザインが気になるみたい。


「型抜きだけでなくアイスボックスでも、デザインのアイデア次第で様々な模様を描けるだなんて。アイシングといい、どの手法も斬新過ぎですわ。マリエットローズ様の発想はとんでもありませんわね」


 褒めてくれているんだと思うけど、悔しそうに言われてしまうと、ちょっとリアクションに困るわね。


「やっぱり天才クッキー職人だね!」

「マ、マリエットローズ様による……クッキー革命です!」

「いいねソフィ! 天才クッキー職人マリーのクッキー革命! その通りだね!」

「そのネーミングはともかく、言いたいことは分かりますわ。今日、クッキーの歴史が大きく変わったと思いますもの」


 手放しで、よく分からない褒められ方をされるのも、リアクションに困ってしまうけど……。

 みんな楽しそうだから、いっか。


「ソフィア様はもしかして、お菓子作りをよくされたりします?」

「えっ!? そ、それは……」


 せっかく顔を上げて話してくれるようになっていたソフィア様が、顔を赤くしてまた俯いてしまった。

 その後ろでは、お付きメイドが『お嬢様頑張れ!』と小声で声援を送っている。


 しばらくモジモジした後、ようやくコクンと頷いてくれた。


「……うち、作るのも、食べるのも大好きで……」

「そんなに恥ずかしがることないですよ。私も作るのも食べるのも大好きです」


 にっこり微笑むと、驚いたようにソフィア様が顔を上げる。


「へ、変じゃないですか……?」

「いいえ、全然」


 私があっさり首を横に振ると、驚かれてしまった。


 以前、誰かに何か言われたのかしら?

 もしかしたら、中央の貴族の子供達かもね。

 中央はゼンボルグ公爵領と違って、ご令嬢が厨房に立つのをあまりよしとしない風潮があるみたいだし。


「女の子が美味しいお菓子が大好きなのは当たり前。こんなお菓子を食べたいって、自分で作るようになっても不思議じゃありませんよ。ね、クリスティーヌ様」

「そうですわね。わたくしは、ほどほど、ですけど」


 澄まし顔でクールに振る舞っているけど、絶対に好きよね、甘い物。


「はいはい! アタシは食べるのは好きだけど、作るのは面倒!」


 元気いっぱいに手を挙げたミシュリーヌ様は、まさにそんな感じね。


「ソフィア様は普段、どんなお菓子を作られているんですか?」

「う、うちですか? その……やっぱりクッキーとか、パンケーキとか……アップルパイなんかも」

「アップルパイ! 私もアップルパイ大好きなんです♪」


 お母様の愛情たっぷりのアップルパイは私の大好物よ。


「お母様が作ってくれる時には、必ずお手伝いするくらい♪」

「わぁ♪ うち、うちも! よく母さまと一緒に作ります!」


 やっぱりお菓子の話題は最強ね。

 俯いてあんなに話しかけないでオーラを出していたソフィア様が、顔を上げて楽しそうにお喋りしてくれるようになったわ。


「クリスティーヌ様はあまりお菓子を作られないなら、他に何かご趣味は?」

「わたくしは最近、絵画を習い始めましたの」

「へえ、女の子で絵画とは珍しいですね」

「……マリエットローズ様も女の子が絵画なんてとおっしゃいますの?」

「いえ、逆です。女の子は刺繍や裁縫、歌や楽器演奏などを習って、芸術的センスを磨かないといけないのに、それ以外の絵画や彫刻などの美術関係はあまりいい顔をされないでしょう?」


 なんでそんな風潮があるのか、さっぱり分からないのよね。


「刺繍や演奏にセンスがある方は、もっと他の芸術も学んで、そのセンスを生かすべきと思っていたので、なんだか嬉しくて」

「……嬉しい?」

「はい、嬉しいです」

「そ、そうですの」

「今度、クリスティーヌ様が描いた絵を見せて戴けませんか?」

「そ、そうですわね。気が向けば……」


 ツンとそっぽを向いてしまうけど、ちょっぴり頬が赤い?

 もしかして照れてる?

 なんだか可愛いわ。


 ところで、クリスティーヌ様の後ろでお付き侍女が、頑張れ頑張れと応援していたと思ったら、ガックリ項垂れてしまったのは一体……。


「はいはい! アタシは馬に乗るのが好き! 剣術も!」


 うん、ミシュリーヌ様は本当に見たまんまね。


「ねえねえマリー、今度遠乗り行こう、遠乗り!」

「えっ!? 遠乗りですか!?」

「それと模擬戦もしよう、模擬戦!」

「模擬戦まで!?」


 馬術も剣術も、まだそんなレベルじゃないのだけど。


「お、お父様とジョベール先生の許可が戴けたら……」

「うん、約束ね!」


 許可……出るのは当分先のことだと思うわ。


「ソフィとクリスもやろう、模擬戦!」

「う、うち!? 無理無理無理無理無理無理!!」


 ソフィア様、必死で首を横に振って、今日一番大きな声とリアクションかも。


「わたくしも遠慮しますわ。それと、許可なく勝手に愛称で呼ばないで下さいと何度言えば分かりますの」


 ツンと澄まし顔をして、クリスティーヌ様は馴れ馴れしいのはお嫌いみたいね。

 せっかく仲良くなれそうなんだから、私も気を付けないと。


「もう、本当にお堅いなぁクリスは」

「ですから……!」


 こういうのは、距離感バグっている方が最強よね……。


 楽しげに笑いながらミシュリーヌ様が自分の小皿に手を延ばして、途端に絶望する。


 うん、真っ先に食べ切っちゃったものね。


 哀愁たっぷりに自分の空の小皿を見つめて、物悲しそうに私達の小皿を見回す。


 ソフィア様は慌てて自分の分をパクパクと食べきってしまった。

 クリスティーヌ様はミシュリーヌ様を視界から外して気付いていない振りをして、腕を回して小皿を隠すように死守している。


「……」


 ミシュリーヌ様が目を潤ませながら小皿を持つと、空なのを私に見せつけてきた。


「ねえマリー、お代わり頂戴?」


 ああ……後ろでお付きメイドさんが恥ずかしさに耐えきれなかったのか、真っ赤になった顔を両手で隠しているわ。

 ブランローク伯爵夫人がまた鬼の形相になっているし。

 これは、きっと帰ってから拳骨二倍ね。


 母親達も含めて全員の小皿を眺めると、みんなほぼ食べきってしまっている。


「では、そろそろ二品目にいきましょうか」

「「「「「「!?」」」」」」


「あら、最初に言いましたよね? 『おもてなしお菓子には他にはない趣向を凝らしました』、『まずはその一品目』と」


 驚くみんなに、ニヤリと不敵な笑みを返した。


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