207 公爵令嬢の実力の片鱗

 もちろん、工夫を凝らしたクッキーはその一種類だけじゃない。


「丸いのがバターの量を増やして風味を強く出した、バタークッキーです。プレーンよりサクサクの食感が楽しいですよね。それから、もう一つ丸いのが、紅茶の茶葉を入れた紅茶クッキーです。そしてこのチェック柄とマーブルのアイスボックスが、プレーンと紅茶です」

「このチェック柄とマーブル模様はアイスボックスと言うのですね……初めて見ましたわ」

「は、はい……うちも、初めて」


 これまで、私もアイスボックスのクッキーを見たことはなかった。

 みんなシンプルに四角か、丸か、型抜きで抜いたハートや星などばかりだったから。

 つまり、クッキー一枚につき、味は一種類だった。


「ふたつの味を、こ、こんな風に合わせて……見た目も可愛くて……すごい工夫です。どうやって作ったんだろう……」


 ソフィア様、声が段々と出てきたみたい。

 俯き気味だった顔も上げて、真剣な顔で吟味している。


「難しいことはよく分かんないけど、どれも美味しかったよ!」


 ミシュリーヌ様はシンプルね。


「お菓子作りに慣れていれば、どれも簡単ですよ。まず――」


 分量の話は一旦脇に置いておいて、簡単に作り方を説明していく。

 特に重要なポイントは、生地を冷蔵庫で寝かせることだ。


 生地を冷蔵庫で寝かせることで味を馴染ませると同時に、生地を固くして作業しやすくするの。

 特にアイスボックスは、棒状にしたそれぞれ味が違う生地を、ブロックのように組み合わせて模様を作った後、金太郎アメみたいに切り分けるから、形が崩れてしまわないように、生地にある程度の固さがあることがポイントね。


 さらに、バタークッキーはそれでバターが緩くなり過ぎないようにすることでバターの風味を強く出せるし、型抜きクッキーは作業中に生地を冷やし直すことで型崩れ防止にもなる。


 従来の魔道具の保冷箱では、ここまでの作業は難しかったと思う。

 だから、この手の工夫が普及していないのも当然。

 本当に、魔道具の冷蔵庫様々だったわ。


「そんな工夫が……!」

「冷蔵庫をお菓子作りにまで使うなんて!」


 うんうん、驚いてる驚いてる。

 冷蔵庫も冷凍庫も、食材の保存用と言う印象が強いものね。

 どちらもお菓子作りには必須だから、是非この工夫を知って欲しいわ。


「あ、あの……ここまで聞いておいて、今更……ですが、レシピは秘密にしなくても、い、いいんですか?」

「はい、全然構いませんよ。後ほど詳しいレシピをお渡ししますから」

「ほ、本当にいいんですか!?」

「はい。もし料理人を派遣していいのであれば、うちで指導もしますよ」

「……!!」

「なので是非皆さんも広めて下さい。より一歩進んだ美味しく珍しいお菓子を、にするくらいの勢いで」


 私がにっこりと、でもちょっとだけ意味深に微笑むと、お母様とエマとフルール以外、その場の全員が驚きに声を失う。


 まさか七歳の私がここまで言うとは思いも寄らなかったんでしょうね。


 ここでレシピを公開して、私の実力を示すと同時に、ご招待したブランローク伯爵家、シャルラー伯爵家、リチィレーン侯爵家に恩を売り、より親密な関係を築く。

 それは、お父様とお母様にちゃんと許可を取ってあるわ。


 みんないいリアクションを返してくれたし、手応えはバッチリ。


 特に母親達は、私がそれぞれの領地から、小麦粉、バター、卵、牛乳、砂糖、果物などなど、各種材料を取り寄せていることを知っているはず。

 その上で、冒頭の挨拶での、私が各地の視察に赴いていたと言う情報。

 それらを合わせれば、私が何を言いたいのかもう分かったはずよ。


「そして、もう一種類」


 私が自分の小皿から、その一枚を摘まんで見せると、今日一番の注目が集まった。


 私が摘まんだ一枚。

 それは苺型の型抜きクッキーだ。


 さっきも言ったけど、これまでのクッキーには、四角や丸、ハートや星などの単純な図形しかなかった。

 精々、料理人が生地を切って形を凝るか、紐状にした生地で模様を描くなどの、個別の工夫をされたものがある程度。


 でもそれだって、模様や図形ばかり。

 この苺を始め、小鳥、犬など、何かを象った型抜きはこれまで存在しなかった。

 だから急いで発注して作って貰ったの。


 だって見た目で楽しいじゃない。

 特に子供に受けること間違いなしだもの。


 案の定、みんな楽しそうに食べてくれたわ。


 そしてもう一つ。

 この型抜きクッキーには大きな工夫が凝らしてある。


「このクッキーにカラフルな色が付いているのが、皆様が一番気になっているところですよね?」

「うん! クッキーに色が付いててビックリした!」

「甘くて……味も、い、色ごとに違って」

「初めて見ましたわ。甘さから、お砂糖……だとは思うのですけど」


 みんな、本当に興味津々だ。

 だから、満を持して教えてあげる。


「これはアイシングと言う工夫です」

「……アイシング?」

「初めて聞きますわね」

「うん」


 そうでしょうね。

 だってアイシングもこれまで見たことがなかったから。


「アイシングは、クリスティーヌ様がおっしゃったように、お砂糖に味と色を付けたもので、こうしてお菓子に色を付けたり模様を描いたりするための工夫なんです」


 摘まんだ苺型のクッキーを、改めてみんなに見えるようにかざす。


「この果肉の部分のピンク色は、本物の苺の果汁を使っています」

「うん、普通のクッキーのはずなのに、苺味がしてビックリしたよ! ねえねえその苺ってもしかして!?」

「その通りです。ミシュリーヌ様のご領地の苺ですよ」

「やっぱり!」


 ミシュリーヌ様、すごく嬉しそう。


「他にも、小鳥の黄色はレモン果汁です」

「クッキーの甘さと爽やかなレモンの風味が口の中に広がって……初めての味わいでしたわ」

「レモンは南方の領地、クリスティーヌ様の領地でも栽培していますね」

「え、ええ。その通りですわ」


 さすがクリスティーヌ様。

 その意味を、子供達の中で一番理解しているみたい。


「犬の白は牛乳を使っています」

「だ、だからクッキーの甘さと……あ、相性が良かったんですね」

「その牛乳はもちろん、ソフィア様のご領地から取り寄せました」

「わぁ……♪」


 みんな驚いたり、感心したり、納得したり、いいリアクションを見せてくれる。

 この色はどんな味だろう。

 そう楽しみながら食べてくれた証拠だわ。


 そして、話を聞いていた母親達もまた、子供達同様……いえ、それ以上のリアクションを見せてくれていた。


「こう言ってはなんですが、七歳の子供でも作れるレシピ……それならすぐに普及するでしょうね」

「美味しいお菓子はみんな大好きだから、きっとみんな知りたがるはず……だって今すぐもっと食べたいんだもの」

「こんな新しいクッキーを考案……しかも特産品の産業を絡めて……まだ七歳の子供が……信じられないわ」


 順に、ブランローク伯爵夫人、シャルラー伯爵夫人、リチィレーン侯爵夫人のリアクションね。

 リチィレーン侯爵夫人だけは、なんだかすごく納得いかなそうな、悔しそうな顔をしているけど。


 おかげでお母様のドヤ顔がすごいわ。


 たかがクッキー。

 されどクッキー。


 お菓子のレシピは、貴族家として強力な交渉の手札になる。

 だって甘くて美味しいお菓子は、貴族の財力の象徴でもあるから。

 しかも、それが自分の領地の特産品を使っているとなれば、なおさらよ。


 そのレシピを気前よくあげようと言うのだからね。

 エマとフルール以外のお付き侍女やお付きメイド達も、息を呑んだり、生唾を飲み込んだり、信じられないような目で私を凝視したり、驚きを隠せないでいる。


 お茶会はまだ始まったばかりなのに、そんなに驚いていたら後が持たないわよ?


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