206 美味しいクッキーとお喋り

「何これ美味しい! 何これ美味しい! 何これ美味しい!」


 ミシュリーヌ様が大絶賛で、次々にクッキーを口に放り込んでいく。


「ん~~~~♪」


 ソフィア様は一枚一枚じっくり味わいながら、頬に手を当ててうっとり夢心地だ。


「これが手作り……? 斬新なデザインに、可愛い見栄え……変わった工夫……しかもリチィレーン侯爵家うちのシェフより美味しいだなんて……」


 クリスティーヌ様は愕然としながらも味わい、しっかり紅茶で口の中の甘さを洗い流してから次の一枚と、食べる手は止まらない。


 早速何かお喋りを……と思ったのだけど、今はそれどころじゃないみたいね。

 子供達はみんなクッキーに夢中だ。


「驚いた……マリエットローズ様はお菓子作りの才能があるのですね」


 子供達に比べるとまだしも落ち着いた雰囲気で、ブランローク伯爵夫人が一枚一枚眺めて楽しみながら、味わって食べている。


「ん~~~~♪」


 シャルラー伯爵夫人は、リアクションから仕草まで本当にソフィア様そっくりだわ。


「色といい、甘さといい、しかもこのクッキーに掛かっている物は……? クッキー自体の甘みを控えることで風味を生かし、ほどよいバランスにまとめているのがまた絶妙な……」


 リチィレーン侯爵夫人は、怖いくらいの目でじっとクッキーを見つめて吟味しては、まるで味と製法を盗もうとでもするかのように、じっくり咀嚼して味わっている。


 それらの様子を見て、後ろに立つお付き侍女、お付きメイド達が、大いに戸惑っているわね。

 まさか自分の主人たる奥様、お嬢様達が、クッキー一つでこんな反応をするとは思ってもみなかったみたい。

 それと同時に、食べてみたそうで一層興味津々、と。


 特にソフィア様のお付きメイドとシャルラー伯爵夫人のお付き侍女は、二人が食べるクッキーを羨望の眼差しでガン見しているわ。

 シャルラー伯爵家は、みんな食べることが大好きなのかしら。


「お付きの皆さんの分も別室に用意してありますから、後ほどお楽しみ下さい」


 私がそう声をかけると、喜びを隠して澄まし顔だったり、思わず笑みをこぼしてしまったり、目を輝かせて涎を垂らさんばかりだったりと、みんな一礼や黙礼をしてくれる。

 思った以上に、ガッチリ胃袋を掴めたようね。


「ねえねえこれってマリーの手作りって本当!?」


 よほど美味しかったのか、あっという間に全部平らげて、尊敬の眼差しで目を輝かせながらミシュリーヌ様が身を乗り出してくる。


「お嬢様ったらまたもう。先程から馴れ馴れしすぎです。失礼ですよ」

「え~~」


 お付きメイドがたしなめると、ミシュリーヌ様は不服そうだ。


 最初といい、やっぱり距離感がバグっているとしか思えないわね。

 おかげで背後に立つエマからも、微妙に不機嫌そうな気配がするし。


 でも、みんなの反応を見れば盛り上がりそうな話題だから、ここはマリー呼びの馴れ馴れしさはスルーして、にっこり笑顔を返す。


「はい、私の手作りですよ。材料と分量の指定、クッキー型抜きの発注、生地作りから焼き上げるまで、全部です」


 もちろん、お母様、そしてエマとアラベルとフルールにも手伝って貰った。

 でも、最初から最後まで、ちゃんと私がメインで作業したわ。


「マリーすごい! どれも味が違って面白いし、形も珍しくて楽しいし、マリーは天才クッキー職人だ!」


 微妙にピンポイントな天才ね。

 でも、褒めてくれたことは素直に嬉しいわ。


 マリー呼びを私がスルーしたから、ミシュリーヌ様のお付きメイドはたしなめるのを諦めたらしい。

 黙ったまま引き下がってくれたエマを気にしながら、申し訳なさそうに頭を下げるから、気にしませんと頷いておく。


 正直、あまり馴れ馴れしくされすぎると、どう対応していいか分からなくて困るけど……。

 それで他の子も話しかけやすくなってくれるなら、むしろありがたい。


 だって。


「ぁ……あの…………」


 ソフィア様がものすごく私に話しかけたそうに、手にしたクッキーと私とを見比べている。


「はい、聞きたいことがあれば、なんでも聞いて下さい」


 むしろどんどん聞いてとばかりに、微笑む。


「……み、見た目だけ……じゃなくて、味も全部……違うんですね」

「はい、どれも変えて、工夫を凝らしてみました」

「工夫……」


 ソフィア様の目が興味深そうに輝く。


 もちろん、説明するのは全然構わないわ。

 最初からレシピを武器として、話題の一つにするつもりだったもの。


「まずこのオーソドックスに四角いのがプレーンです。アーモンドパウダーで風味を出しています」

「アーモンドパウダー! だからこの香ばしい風味!」


 俯き気味だったソフィア様が、まるで目から鱗みたいな顔で、俯かせていた顔を上げた。


「ソフィア様はアーモンドパウダーをご存じでしたか」

「はい! ……ぁ」


 元気よく答えてくれて、それが恥ずかしかったのか、顔を赤くして俯いてしまう。

 モジモジしながら、でも、チラチラと私を見て、もっと話を聞きたそうだ。


 そこで、この話題をクリスティーヌ様が驚き顔で拾ってくれた。


「アーモンドと言えば、近頃、その名前をたまに耳にするようになりましたわね」

「クリスティーヌ様もご存じでしたか」

「淑女の嗜みとして、当然よ」


 どこがどう淑女の嗜みか分からないけど、すごく得意げね。

 でも、これはドヤ顔してもいいと思う。


「アーモンドは最近、料理やお菓子に使われ始めて、広まりつつありますね」


 残念ながらまだバニラがないから、当然バニラビーンズもバニラエッセンスもない。


 おかげで私には物足りないのだけど、それがこの世界のオーソドックスな味だ。

 だから、そのままの味でも文句は出なかったと思う。


 でも、それではお菓子作りを趣味と明言している私が満足出来ないし、プライドも許さない。

 そこで、最近知られつつあるアーモンドを使ってみたの。


 アーモンドは、前世ではアジア西南部、つまりアラビア半島原産なのだけど、この世界でもアラビオ半島原産だった。

 アグリカ大陸との交易が盛んになったことで――交易船はアラビオ半島を経由するから――近年、オルレアーナ王国にも入ってくるようになったそうよ。


 ただ、高価なこともあって、まだまだ知る人ぞ知る食材扱いだけど。


 今後カカオやバニラなどを手に入れた時のため、私が食材の情報にも通じている、工夫を凝らして料理やお菓子に取り込める腕がある、と示すために、丁度いいから使ってみたと言うわけね。


「アーモンドに目を付けるなんて、マリエットローズ様もなかなかやるわね」

「ありがとうございます?」

「もちろん、ソフィア様も。意外だったわ」

「う、うちも?」


 クリスティーヌ様に褒められて、ソフィア様がビックリして目を丸くするけど、満更でもない感じ?


 そんなアーモンドを知っているなんて、本当にソフィア様もクリスティーヌ様も、なかなか情報通だわ。


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