205 いざお茶会
◆
気を取り直して。
お茶会は、母屋の屋敷の裏庭に面したテラスで行われる。
裏庭と言っても、そこはかつて王族だった公爵家の屋敷のだから、とにかく広い。
色取り取りの花が植えられた花壇が石畳の道に沿って並び、
おかげで、ちょっとした花のテーマパークみたいだ。
そんな我が家自慢の庭園を眺めながら、優雅なお茶会を楽しもうと言うわけね。
テラスにはテーブル席が二つ用意してあって、片方に子供達が、もう片方に母親達がまとまって座るようになっている。
さらに、二つのテーブルは三メートル程、間隔を空けておいた。
子供達は母親達を気にせずお茶会を。
母親達は子供達を邪魔しないようにしながら、子供達の様子を見つつお茶会を、との配慮だ。
「お待たせしました」
エマとフルールに案内されて、お母様と一緒にそのテラスへとやってくる。
クリスティーヌ様、ソフィア様、ミシュリーヌ様、三人の母親達は、先に案内されてすでにテーブルに着いていた。
そしてそれぞれの後ろには、お付きメイドやお付き侍女達が控えている。
クリスティーヌ様、ソフィア様、ミシュリーヌ様はもちろん、三人の母親達も私達の登場で、会話をピタリと止めた。
主催の私達を迎えるのに、お喋りしっぱなしと言うわけにはいかないものね。
ただ、聞こえてきた会話から察するに、どうやら三人とも顔見知りみたい。
そんな中に一人で交じるのは、そこはかとなく疎外感やアウェー感があって、微妙に気後れしてしまうけど……。
私がいないと始まらないものね。
改めて気を取り直して。
私とお母様が席に着くと、エマとフルールを中心に、それぞれのお付きメイドやお付き侍女達が協力して紅茶を淹れ、カップと取り分けられたクッキーの小皿を配っていく。
その給仕の間、場は静かで会話がない。
主催の私の挨拶がまだだから、みんな遠慮しているんだと思う。
仲良くなれば、この時間も和気藹々とお喋り出来るんでしょうけどね。
ただ……。
ミシュリーヌ様がソワソワと落ち着きがない。
早く話したそうに私を見たり、目を輝かせて涎を垂らさんばかりにクッキーを見たり、忙しなく顔と視線が往復して、それに合わせて身体も大きく揺れ動いている。
ワンコみたいに尻尾をパタパタ振っているのが見えるようだわ。
ブランローク伯爵夫人は、そんなミシュリーヌ様の様子に天を仰いだ後、鬼の形相になっているけど。
……帰ったらまた拳骨かしら。
対して、ソフィア様は相変わらず俯き気味で、じっと身動きしない。
しかも話しかけないでオーラがすごいわ。
だけど同時に、じっとクッキーを凝視している。
配られるクッキーを目で追って、視線が全く外れない。
興味津々……いえ、食べたくて仕方ない、獲物を狙う猛禽類の目ね。
甘い物、好きなのかしら。
シャルラー伯爵夫人も、右に同じ。
クリスティーヌ様は、ツンと澄まし顔で庭園を眺めている。
花の種類や配置などにとても感心してくれているみたいで嬉しいわ。
だけど、時折クッキーをチラリ、チラリと盗み見ているのはご愛嬌かしら。
やっぱり女の子だもの、甘い物は大好きよね。
ただ、ことさら私を視界に入れないようにしているような気がするのは、多分気のせいじゃないと思う。
ちなみにリチィレーン侯爵夫人も、ことさらお母様を、右に同じ。
不安……。
思わぬ個性的なメンバーが揃ってしまって、そこはかとなく不安が湧き上がってくるけど……。
ここで私が暗い顔をしてしまったら、お茶会は失敗だわ。
お母様もそれとなく私を見ている。
これは、私を心配してじゃなく、『公爵令嬢として、わたしの娘として、この程度なんとかしてみせなさい』と言う信頼と課題だと思う。
だったら、なおさらちゃんとして、お母様の期待に応えないといけない。
よし!
頑張って準備したんだもの、絶対に成功させてみせるわ!
紅茶とクッキーが全員に行き渡り、お付き侍女とお付きメイドがそれぞれの主人の後ろに控えた。
それを確認してから、居住まいを正して、なけなしの気品を総動員する。
そしてコホンと咳払いして、全員の注目を集めた。
「改めて、皆様、本日は私の初めてのお茶会へようこそおいで下さいました」
来てくれて嬉しいです、大歓迎です。
そう笑顔で挨拶を始める。
「公爵家の令嬢がいつまで経っても主催をしなければ、招待に応じて出席もしなかったことを、疑問に思われていた方もいるかと思います」
明確な返事はなかったけど、母親達とクリスティーヌ様から肯定する気配があった。
今の私の喋り方と内容、そしてこのお茶会を通してその疑問を解消して下さい、との意味を込めて、意味ありげに微笑む。
「私は早くから公爵である父に付いて、各地の視察に赴いていました。それをお茶会の代わりに、社交の場としていたのです」
すでに私がお父様に付いて、各地を視察していたと言う言葉に、リチィレーン侯爵夫人とクリスティーヌ様が目を見開いて、ブランローク伯爵夫人とシャルラー伯爵夫人が感心したように小さく吐息を漏らす。
おかげで、お母様がすでにドヤ顔になりつつあるわ。
ミシュリーヌ様とソフィア様は、『へえ』くらいの反応だけど。
「ですが、それでは政治向きの話ばかりになり、また当主や嫡男を始めとした大人の方や殿方ばかりとしか交流が持てません。ですので、そろそろ同年代のご令嬢達との交友を深めて良いだろうとの父と母の判断から、本日、お茶会を開催する運びとなりました」
こういう言い回しをすれば、意図的にお茶会を避けていたと伝わるはず。
そして、私が普通のご令嬢とは何かが違う、と言うことも。
おかげで、リチィレーン侯爵夫人とクリスティーヌ様の私へ向ける視線に鋭さが増した。
「開催が遅くなってしまった分、
子供達とシャルラー伯爵夫人がクッキーに目を向けて、また私に視線を戻した。
みんなさっきからクッキーが気になって仕方ないみたいね。
「まずはその一品目として、私が考案し、母と一緒に手作りしたクッキーをお楽しみ戴きたいと思います」
私が考案した、との言葉に、誰もが驚く。
特に子供達とシャルラー伯爵夫人がクッキーに釘付けになった。
本当は先達の職人さん達の努力の結晶なのに、功績を横取りするようで良心が痛むけど……。
今回凝らした工夫は、まだこの世界にはないものだから仕方ない。
ここまで公爵令嬢然として気品がある口調で話してきたけど、ここで力を抜いて子供らしく表情を緩める。
「長い挨拶をするばかりでは嫌われてしまいますね。このお茶会を切っ掛けに、皆様と楽しくお喋りをして、仲良くなれたら嬉しいです。それでは紅茶が冷めないうちに頂きましょう」
微笑んで挨拶を終わる。
演説や、何かの決起集会と言うわけではないから、誰も拍手はしない。
言葉通り、さあ頂きましょうと、まず私がカップを手に取り口を付ける。
主役の子供達の中でも、主催であり、身分が一番上の私が口を付けないと、他の誰も口を付けてはいけない、と言うルールがお茶会にはあるから。
「わーい! いっただきまーす!」
そうして私が口を付けたのを合図に、お預けを食らっていたワンコ状態だったミシュリーヌ様が、真っ先にクッキーに手を伸ばした。
「……!」
それに負けじと素早く手を伸ばしたのが、獲物を狙う猛禽類の目をしていたソフィア様だ。
クリスティーヌ様も澄まし顔を崩さないまま、それでも待ちきれなかったとばかりに、ギリギリ優雅に、素早く手を伸ばす。
お母様を除く母親達三人も、お母様が紅茶に口を付けたのを確認してから、まずは一つとばかりにクッキーを摘まんだ。
「「「「「「~~~~~!? 美味しい!!」」」」」」
次の瞬間、上がる『美味しい』の大合唱。
ふふ、大成功みたいね。
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