204 想定外はお互い様

◆◆



「ようこそいらっしゃいました、クリスティーヌ様、リチィレーン侯爵夫人。ゼンボルグ公爵令嬢マリエットローズ・ジエンドです。お会いできて嬉しいです」

「……」


 ……このわたくし、リチィレーン侯爵令嬢たるクリスティーヌ・アントワーヌが圧倒されて、息をするのも忘れて見とれてしまった。


 ようやく人前に出られるだけの、マナーもギリギリもギリギリ。

 間違いなく、見苦しいに決まっている。


 お母様がそう言っていたし、だからわたくしもそう思っていたのに……。


 わたくしがこれまで見たどのご令嬢よりも気品に溢れ、容姿もドレスも所作も、綺麗で、可愛くて、美しい……まるで天使が舞い降りたのかと錯覚してしまった程のご令嬢。


 我に返って、ふつふつと、自身に対する怒りが湧き起こってくる。


 悔しい!

 一体、これはどういうこと!?

 このわたくしが、思わずこうべを垂れてしまいそうになるだなんて!


「あ、あの……?」


 しかも!


 ドレスもアクセサリーもお化粧も、どれも一流で、目を奪われる程。

 ドレスのデザインは流行を押さえながら、レースの配置が新しいわ。

 ふんだんに万遍なくではなく、敢えて偏りを出している。

 その配置の偏りが、年頃に見合ったレースの可愛さの中に、ちょっと大人びたセクシーさを感じさせて、マリエットローズ様の醸し出す雰囲気にとてもマッチしていた。


 お付きのメイドか侍女のセンスがずば抜けていいのか……。

 それともマリエットローズ様ご本人のセンスがずば抜けていいのか。


 可愛さ、美しさ、気品、センス。

 全てにおいて、このわたくしが負けたと思わされるなんて!

 こんなの想定外もいいところよ!


 ……いえ、まだよ。


 可愛くて、気品があって、センスが良くても、世間知らずの甘ったれで、とんでもない我が侭かも知れないわ。

 ええ、きっとそう。


「あ、あの……何か?」

「いいえ、なんでもありませんわ」


 お父様には仲良くしなさいと言われたけど、気に入られるために下手したてに出たり、おべっかを使ったりなんて嫌。

 とんでもない我が侭公爵令嬢に下手へたに気に入られでもしたら、面倒なことになるのは目に見えているもの。

 当たり障りなく、ほどほどの距離感を保つくらいで丁度いいのよ。


 ともかく、マリエットローズ様にはちゃんとご挨拶したから一旦いいとして。


 ブルーローズ商会の会長である公爵様はいらっしゃらないのかしら?


「えっと……何かお探しですか?」


 癪だけど、事情を知っているだろうマリエットローズ様に尋ねるのが一番確実よね。


「本日、公爵様は?」

「お父様ですか? 生憎執務中で……お父様に何か?」

「ええ……いえ、別に何もありませんわ」


 そう、お仕事なのね……。

 きっとブルーローズ商会のお仕事でお忙しいのだわ。


 今回は令嬢と付き添いの母親だけのお茶会で、当主は参加しないから、当主である公爵様も顔を出すのを控えているのかも知れない。


 ……残念だわ。

 見て戴きたい物があったのに。


「それでは会場へご案内します」


 公爵家のメイドに案内されたお茶会の会場は、庭園が眺められるテラスだった。


 とても綺麗な庭で、さすが公爵家だわ。

 いつまでも眺めていられそう。


 そして、他の参加者の二人が先に案内されて席に着いていた。


「ミシュリーヌ様、ソフィア様、お久しぶりですわ」


 わたくしが着席して声をかけると、ミシュリーヌ様は相変わらず何も考えていなさそうな脳天気な笑顔になって、ソフィア様はビクリと身を震わせて俯いてしまう。


「ミミでいいって言ってるのに。相変わらずお堅いなぁ、クリスは」

「しれっと勝手に愛称で呼ばないで下さいます? そのような許しを与えてなどいませんわ。前にもそう言いましたわよね」


 悪い子でないことは分かっています。

 ですが、相手にすると疲れるので、馴れ馴れしくしないで戴きたいですわ。


「ソフィア様も、相変わらず野暮ったいドレスとお化粧ですわね。もっと流行を取り入れて華やかな装いにしませんと、益々田舎者だと笑われますわよ。そのような有様では、公爵令嬢のお茶会には相応しくないのではなくて?」

「っ……」


 ソフィア様は返事どころか挨拶も返さず、益々俯いて、わたくしと目を合わせようともしない。

 まったく、本当に相変わらずですわね。


 せっかくわたくしがして差し上げたのに。


 ゼンボルグ公爵派の中にも、自分達が中央から貧乏だ田舎者だと言われるからと、ソフィア様のような子を貧乏だ田舎者だとさげすんで憂さ晴しをする、性格が悪い子もいますわ。

 ですから、頼まれればコーディネートくらいして差し上げますのに。


 もっとも、本人にやる気がないのであれば、わたくしからして差し上げるようなお節介な真似はしませんけど。


「ふぅ……」


 やはり、マリエットローズ様は世間知らずのようですわね。


 初めてのお茶会はとても大切なもの。

 初っ端で失敗したせいで、お茶会嫌いになる子だっていますわ。


 それなのに、わざわざこんな癖のある子をも招待するだなんて。


 この上、マリエットローズ様が我が侭放題すれば、きっとお茶会は荒れに荒れて、滅茶苦茶になること請け合いですわ。


「……仕方ありませんわね」


 お父様にも言われていますし、お節介は趣味ではありませんが、このわたくしが、さり気なくフォローして差し上げるしかないようですわね。

 それも、マリエットローズ様に気に入られ過ぎないよう、ほどほどに。


 もっとも、我が侭も度が過ぎれば見限らせて戴きますけど。



 この時のわたくしは、そんな気遣いなど不要……いえ、それどころか、数々の衝撃を受けることになるとは、露ほども思っていませんでした。


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