203 お出迎え 2

 リビングへ戻って待つことしばし。


「シャルラー伯爵令嬢、伯爵夫人、ご到着なさいました」

「ソフィア様ね。今度はどんな子かしら」


 ミシュリーヌ様を思うと、もう少し大人しめの子がいいなと思いつつ、再びお母様と二人で玄関ホールへ。


 そこで待っていたのは、六歳にしてはやや背が高めでややふっくら体型、ソバカスがある素朴で大人しそうな可愛い子だった。

 この子がシャルラー伯爵令嬢ソフィア・エルメスね。


 萌葱色のドレスとブルネットのふわふわロングが可憐だわ。


 ただ……。


「ほ、ほん…………まね………………あ、あり…………ます」


 俯いて視線を逸らしてしまって、一度も目が合わない。

 声も小さくてよく聞こえないし、オドオドビクビクしている。


 かなり緊張しているみたい。


 察するに『本日はお招き戴き、ありがとうございます』かしら?

 俯いているせいで、垂れ目なのが余計に気弱そうに見えるわ。


 じゃあ、そんな娘をフォローすべきシャルラー伯爵夫人はと言えば……。


「お、お初……お目にかかり…………こ、公爵夫人に、おかれ……」


 ……こっちも同じ。


 社交が苦手とは事前に聞いていたけど、どう見ても親子揃ってコミュ障よね……?


 ミシュリーヌ様より大人しい子がいいなと思ったのは確かだけど、これはちょっと極端すぎないかしら……。


 あっと、いけない。

 ぼうっとそんなことを考えている場合じゃないわ。


 ご挨拶が終わって、ソフィア様とシャルラー伯爵夫人がこの後どうしていいか分からないように、私とお母様の顔色を窺ってオドオドしてしまっている。


「ようこそいらっしゃいました、ソフィア様、シャルラー伯爵夫人。ゼンボルグ公爵令嬢マリエットローズ・ジエンドです。お会いできて嬉しいです」


 フォローするように、私は怖くないわよと、人畜無害のにっこり笑顔でカーテシーをしてご挨拶する。


 すると、ソフィア様が俯かせていた顔を驚いたように上げて、ほうっと溜息を吐いて固まってしまった。

 ちなみに、シャルラー伯爵夫人も全く同じ。


 さすが親子でそっくりだけど……この後どうすれば?


 とにかくこっちに目を向けてくれたから、もっとちゃんと言葉を交わして……。

 と思ったら、その気配を察したのか、ソフィア様も伯爵夫人もさっと目を逸らしてしまった。


「あの……」

「……」


 声をかけただけで、ソフィア様は怯えたようにギュッと目を閉じて縮こまってしまう。

 話しかけないでオーラが半端ないわ。


「……」

「……」


 玄関ホールが静寂に満たされる。


 ……これ、どうしよう?


「……応接室へご案内しますね」


 結局、十分なコミュニケーションを取れないまま、挨拶は終了。

 二人はメイドに案内されて応接室へ。


 なんと言えばいいのか……。


「相変わらずね」


 二人が玄関ホールからいなくなってから、お母様が困ったように溜息を吐いた。


「えっと……ソフィア様もシャルラー伯爵夫人も、いつもあんな感じなんですか?」

「そうね。シャルラー伯爵家は、伯爵も伯爵夫人も、長男も長女も、初対面の相手、特に爵位が上の相手の時はみんなあんな感じね。やっぱり次女も同じだったわ」

「そ、そうなんですか……」


 まさかコミュ障一家だったとは。


「だから、シャルラー伯爵家は牛と羊としか上手く喋れないと揶揄されるのよ」


 それはまた……。

 気持ちは分からないでもないけど。


「せっかく新しい流通網のおかげで特産品の売り上げも上がり始めたのだから、それで自信を付けて、もっと社交的になって貰いたいものだわ」


 そっか……。

 内向的な性格は仕方ないにしても、自信を持つことは大事よね。

 元々そのつもりではあったけど、やっぱり仲良く出来たら嬉しいわ。


 そうしてお母様とお話をしていたら、間を置かず、最後の招待客が到着した。


「初めまして、リチィレーン侯爵令嬢クリスティーヌ・アントワーヌですわ。本日はお招き戴きありがとうございます」

「わぁ……」


 クリスティーヌ様が、それは見事なカーテシーで挨拶をしてくれる。

 これぞまさに貴族令嬢と言う感じ。


 瑞々しいオレンジを思わせるウェーブが掛かったロングヘアと、やや吊り目気味で気が強そうに見える翡翠の瞳。

 ピンクに白の差し色が入ったレースたっぷりのドレスは、とても上品かつキュートだ。


 頭を上げて元の姿勢に戻ると、何故かフフンと言わんばかりのドヤ顔になっていたけど。


「ようこそいらっしゃいました、クリスティーヌ様、リチィレーン侯爵夫人。ゼンボルグ公爵令嬢マリエットローズ・ジエンドです。お会いできて嬉しいです」


 だから私も負けないよう気合を入れ直して、なけなしの気品を総動員すると、にっこり笑顔で歓迎する。

 これこれ、こういういかにも貴族令嬢同士と言う挨拶を交わしたかったのよ。


「……」


 ……あれ?


 クリスティーヌ様が何故か呆然と私を見ている。

 いえ、どちらかというと、目を見開いて面食らった感じ?


「あ、あの……?」


 私が声をかけると、はっと我に返ったように動き出して、何故か悔しそうな顔で私を睨んでくる。


「あ、あの……何か?」

「いいえ、なんでもありませんわ」


 なんでもないって顔でも声音でもないでしょう?


 もしかして私……嫌われてる!?

 これはやっぱり、事前に集めた情報通りだから!?


 続けてリチィレーン侯爵夫人が型通りの挨拶をしてくれたけど、狼狽えている間にほとんど聞き逃してしまった。


「お久しぶりね公爵夫人」


 戸惑う私を余所に、続けてリチィレーン侯爵夫人がお母様にそう話しかけた。


 その声音に、思わずリチィレーン侯爵夫人を振り仰ぐ。

 口調通り、表情も視線も挑発的だ。


「ええ、久しぶりね侯爵夫人」


 対してお母様も、これまでと違ってピリッと不機嫌な空気を纏わせていた。


 それからの二人は、字面だけを見れば旧交を温める会話が続くけど、どう見ても仲がいいようには見えない。

 いえ、ハッキリ言って、あからさまに険悪。

 だってお互いにことさら『公爵夫人』、『侯爵夫人』と呼び合って、名前で呼ぼうとしないし。


 もしかして……事前情報とは別に、お母様と侯爵夫人には何か因縁あり?

 だから、クリスティーヌ様も私が嫌い?

 リチィレーン侯爵家は招待したら駄目だった?

 でも、お父様もお母様もリストに挙げていたわよね?


 どうしていいのか分からなくて困っていると、クリスティーヌ様がそんな母親二人にはまるで興味なしで、何かを期待するようにソワソワキョロキョロと周囲を見回す。


「えっと……何かお探しですか?」

「本日、公爵様は?」

「お父様ですか? 生憎執務中で……お父様に何か?」

「ええ……いえ、別に何もありませんわ」


 それもやっぱり、何もないと言う顔じゃないわよね。


 目に見えてがっかりした顔で肩を落とすと、背後に立つお付き侍女を振り向く。

 お付き侍女は立派な装丁の書類ケースをとても大事そうに抱えていて、仕方なさそうに小さく首を横に振った。

 あからさまに落ち込むクリスティーヌ様。


 その書類ケースが、お父様と何か関係があるのかしら?


「あの……」

「いいえ、なんでもありませんわ」


 バッサリと、取り付く島もない。


 ……私に思うところがありそうだから、これ以上尋ねるのはこじれてしまうかも知れない。

 でも、さすがにこれはちょっと、私に対して失礼じゃないかしら。


「それでは会場へご案内します」


 タイミングを見計らっていたのか、お母様とリチィレーン侯爵夫人の終わりそうにない応酬にメイドが果敢にも割って入って、クリスティーヌ様とリチィレーン侯爵夫人を案内していく。


「いつもいつも、本当にいけ好かない女ね」


 お母様が、微かに聞こえるか聞こえないかでボソッと零した。

 リチィレーン侯爵夫人を見送る視線は鋭いままだ。


 これで二人には何か因縁があるのは確定ね。


 やっぱり招待する相手を間違ったのかしら……。


 いえ、そうじゃないわね。

 だからこそ、予定通り楽しませて、仲良くしないと損をするぞと思わせないと。


「とはいえ……」


 礼儀作法を置いてけぼりでグイグイくるミシュリーヌ様。

 コミュ障で会話が成り立たないソフィア様。

 私が嫌いそうなクリスティーヌ様。


 自分で選んだ相手とはいえ、まさかこんな癖のある子達ばかり集まったなんて……。


 最初はもっとこう、穏やかに、当たり障りなく、平穏無事に……ねえ?


「このお茶会……ちゃんと上手くいくのかしら……」


 一気に不安が増してきたわ。


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