202 お出迎え 1

 気合いを入れ直したところで、リビングにメイドが入ってくる。


「ブランローク伯爵令嬢、伯爵夫人、ご到着なさいました」


 来た!

 いよいよね!


「大丈夫よ、そんなに緊張しなくても」

「は、はい」


 お母様が微笑んで頭を撫でてくれたから、一度深呼吸して力を抜く。

 それから、二人連れ立って玄関ホールへ。


 玄関ホールには、生地は上等だけど、レースやフリルなどの飾り付けは控え目のシンプルな、淡い空色のドレスを着た女の子がいた。

 この子がジョベール先生の孫娘、ブランローク伯爵令嬢ミシュリーヌ・ジョベールね。


 ジョベール先生と同じ、亜麻色のさらさらのくせっ毛と藍色の瞳だ。

 それもあって、確かにどこかジョベール先生の面影がある。


 さあ、気合いを入れて歓迎のご挨拶よ。


「ようこそ――」

「あなたがマリエットローズ様!? うわぁ! 滅茶苦茶可愛い!」


 ――ええっ!?


 ドレスの裾を翻しながら、いきなり駆け寄って来たと思うと、満面の笑みでガシッと両手を掴まれ、ブンブンと振られる。


「アタシ、ミシュリーヌ! ミミって呼んで! アタシもマリーって呼ぶね!」

「へ? え?」

「間近で見たらもっと可愛い! こんなに可愛いって知ったら、ちいねえきっと羨ましがって悔しがる――あいったぁっ!?」


 勢いに飲まれて、されるがままになっていたら、ゴツンと大きく鈍い音が。

 それはもう鬼の形相で、ブランローク伯爵夫人がツカツカと、はしたなくならないギリギリの速度で近づいてきたと思ったら、特大の拳骨がミシュリーヌ様の頭に容赦なく。


 涙目になって頭を押さえてしゃがみ込んだミシュリーヌ様の頭をグイグイと下げさせながら、ブランローク伯爵夫人が恐縮しきりで頭を下げた。


「マリエットローズ様、公爵夫人、うちの馬鹿娘が本当に申し訳ありません!」

「ふふ、元気なお嬢さんね」


 お母様が笑顔で、だけどチクリと刺すものだから、ブランローク伯爵夫人は益々恐縮して恥ずかしそうに何度も頭を下げる。

 ブランローク伯爵夫人とミシュリーヌ様の後ろでは、二人のお付き侍女とお付きメイドまで一緒になって、ペコペコと頭を下げていた。


 なんだかすごく出端を挫かれた気分だけど……。

 これは私もフォローしないと駄目よね?


「あ、あの、人見知りや物怖じをせず、初対面の子にも積極的に話しかけて親しくなれるのは、ミシュリーヌ様のコミュニケーション能力の高さで、社交における武器であり、美点の一つだと思います」


 少々苦しいかな?

 距離感、ちょっとバグっているとしか思えないものね。


 私の精一杯のフォローに、ブランローク伯爵夫人は一瞬あっけにとられた顔をする。


「もう、ミミでいいのに。ほらママ、マリーもこう言って――あいったぁっ!?」

「いい加減にしなさい!」


 またしても、特大のゴツンが。


「ありがとうございます。マリエットローズ様は本当によく出来たお嬢様でいらっしゃいますね。公爵と公爵夫人が常日頃から自慢されているのがよく分かります」

「ふふ、そうでしょう?」


 お母様、私が褒められた途端、機嫌が良くなって微笑む。

 多分、チクリと刺したことで気まずくなるのを回避するために、敢えて乗っているんでしょうね。

 だって、いつもの娘自慢のドヤ顔じゃないもの。


 それを察したのか、ブランローク伯爵夫人がコホンと軽く咳払いをして姿勢を改めると、綺麗なカーテシーをした。


「改めてご挨拶させて戴きます。初めてお目にかかります、マリエットローズ様。ご無沙汰しております公爵夫人。ブランローク伯爵が妻、ミレーヌ・ジョベールと申します。本日は、マリエットローズ様ご主催のお茶会にご招待戴きありがとうございます」


 ブランローク伯爵夫人は三十代前半で五児の母。

 ブランローク伯爵家は武門の家系と言うだけあって、馬術、剣術が得意らしくて、胸は控え目ながら、すらりと背が高く、とても引き締まったスタイルをしている。

 アラベルに通じる雰囲気を感じるから、きっと本格的に馬術、剣術を修めていて強いのでしょうね。


 仕切り直しのそのご挨拶に、私も改めてカーテシーでご挨拶をする。


「ようこそいらっしゃいました、ミシュリーヌ様、ブランローク伯爵夫人。ゼンボルグ公爵令嬢マリエットローズ・ジエンドです。お会いできて嬉しいです」


 一瞬、呆然とするブランローク伯爵夫人とミシュリーヌ様。


「わぁ! マリーすごい! 本物のお姫様みた――あいったぁっ!?」


 三度みたびの拳骨が、ゴツンとすごい音を立てた。


「では応接室へご案内します。どうぞこちらへ」


 これ以上グダグダになって、特にブランローク伯爵夫人が恐縮しなくて済むようにと、案内役のメイドが気を利かせて、早々に二人を応接室へと案内していく。


 お茶会の会場じゃないのは、まだ他の二人のご令嬢が到着していないから。


 私が現在、懐中時計の開発を依頼していることから分かるように、まだ個人で携帯出来る時計はない。

 おかげで、お茶会の開始をお昼過ぎの二時頃と決めても、実際に集合するのは前後一時間くらいは優に幅があったりする。

 だから全員が揃うか、いい時間になるからそろそろ始めましょうとなるまで、先に到着したお客様は一旦応接室へ案内されて待つわけね。


 これが親しい間柄なら、先に始めて軽くお茶を飲みながら残りのメンバーを待つのでもいいけど。

 さすがに今日は初対面で初回の開催だから、全員揃うまで別室待機だ。


「あの、お母様……」


 一応、笑顔を見せてくれたけど、きっと内心では呆れてご機嫌斜めだろうお母様をチラリと見上げた。


 お母様は笑顔を消して、小さく溜息を吐く。


元気がいい子だとは聞いていたけど、まさかあそこまでだったなんて……」


 それは……私もいきなりで驚いたわ。

 まさかこんな癖が強い子だったなんて。


「大丈夫よマリー。今日の主役はあなたと子供達。マリーがお友達を作るための大事な初めてのお茶会だもの。相手の人柄を知るためにも多少のことには目を瞑るわ」

「ほっ……ありがとうございます」


 これは、大丈夫そう?


「だけど、あまりにも度が過ぎるようなら、お付き合いは考えなさい」

「は、はい」


 さすが公爵夫人。

 そこはしっかりシビアなのね。


「でも、一番大事なのはマリーの気持ちよ。だから、どうしてもお友達になりたいと思ったのなら構わないわ」

「いいんですか?」

「もちろんよ」


 もちろんまだ、お友達になれると決まったわけじゃない。

 でも、少々元気が良すぎるだけで、悪い子ではなさそうだもの。


 貴族令嬢としてはどうかと思うけど、まだ六歳、つまり日本の小学一年生くらいと考えれば、あのくらい元気でもいいわよね。


「ただし」


 と思ったら、お母様の声のトーンがやや落ちてドキッとする。


「ご令嬢達のまとめ役の責任を負う立場だと、理解していたわね?」

「は、はい」

「難しいことは考えずに、とは言ったけれど……お友達としてお付き合いしていくつもりなら、マリーがしっかり目を配って、言い聞かせて、マリー公爵令嬢のお友達として相応しくあるよう教え諭しなさい。それも練習よ」

「は、はい!」


 こうなると、ちょっと不安になってくるわね。

 他の二人はどんな子達なのかしら?

 あまり癖が強い子じゃないといいのだけど……。


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