192 ぼっちの公爵令嬢

「パパが? なんでですか?」


 さっきの思い当たる節の数々。

 あれが原因じゃないなら、むしろあれだけのことをまだ幼い私に許して成果を認めてくれる、その度量の広さは特筆すべきことだと思う。


「私はパパとママに感謝することはあっても、謝って貰わないといけないようなことなんてされていません。私は二人の娘として生まれてすごく幸せです。だからそんな悲しいことを言わないで下さい」


 お父様の袖を掴む。

 だって、そんなことを言われたら本気で悲しいよ。


「ありがとうマリー」

「マリー、愛しているわ」


 両側から抱き締められて、額に、頬に、キスの雨が降ってくる。


 くすぐったいし照れる。

 でも、すごく嬉しい。


 いっぱい私にキスをして満足したらしいお父様は、今度はまるで私の真意を探るように尋ねてきた。


「マリーはお茶会についてどう思う?」

「お茶会、ですか?」


 質問の意図が分からない。

 さっきのお父様が自省の言葉だって言った、私の育て方とどう繋がっているのか、全く読めないわ。


 ともかく、質問された以上、素直に思ったことを口にした方が良さそうだ。


「紳士淑女の社交の場ですよね? 自領の特産品を売り込んだり、他家に財力を見せつけたり、政治の裏側の動きの重要な情報収集をしたり、情報を発信したり、敢えて欺瞞ぎまん情報を流して反応を伺ったり、特に淑女の戦場だと思います」

「え、ええ、そうね。大体合っているかしら。でもそれだけではないのよ?」

「そうなんですか?」


 私が首を傾げると、お母様が困った風な顔をする。


「これまで幾度かお茶会のお誘いがあったわよね?」

「はい」


 でも、同年代の子供とどう接していいか分からなかったし、機密情報の漏洩があっても不味いから、全て断ってきた。

 それに前世の記憶がある分、まず間違いなく異質で浮いてしまうから。


 理由の説明はなかったけど、特に後者の、私が普通の子供とは違うと言う理由で、お父様もお母様も、私に参加の無理強いをしたことはない。


「本当はマリーに確認を取った以上に、お茶会の誘いは多かったんだ」

「そうなんですか?」

「ああ。それを止めていた一番の理由は、マリーも察しているだろう通り、マリーが賢く大人びていて同年代の子供達の中では浮いてしまうだろうことと、おかしなことを考える者達に目を付けられないためだった」

「はい、分かっています」


 だから、お茶会のお誘いがなくても、参加出来なくても、特に不満はなかったのよ。

 何より、学ぶべきことが多く、お仕事が忙しいから。


「実は王都にいる間も古参の貴族家から誘いがあったのだが、それらも全て断った」

「それはその理由とはまた別に、ゼンボルグ公爵領を貧乏だ田舎だと馬鹿にする筆頭のような貴族家からの誘いが多かったからなの」

「第一王子殿下の時とは違い、恐らくマリーを見下して馬鹿にすることを目的として、仲間を集め、仕込みをしていたことだろう。そんなお茶会に参加して、マリーが辛い思いをし、傷付く姿を見たくなかった」


「加えて、恐らくどこかの貴族家か王家の差し金で、これまで縁がなかった、うだつが上がらない弱小貴族家が急にマリーに接近しようとしてきて、警戒する必要もあったの」

「そうではない貴族家からの誘いもないではなかったが……『あいつの誘いは受けたのに、自分の誘いは断るのか』と、面倒が起きていただろう」


 だから全て断ったのね。


「パパ、ママ、ありがとうございます」


 私もそんな面倒はごめんだし、嫌がらせ目的の場になんて行きたくないわ。


 でも、そのことが、何故自省に繋がるの?

 むしろ、感謝しかないのだけど。


「今にして思えば、王都ではマリーが退屈を持て余していたのを分かっていながら、マリーのためだと全て断ってしまったのは本当に良かったのだろうか、とね……」

「ええ。わたし達は夜会やお茶会に呼び出されて忙しいのを理由にして、マリーをほったらかしにしてしまって……たとえ面倒が起きても、無難なお茶会には参加させてあげるべきだったのではないかしらと……」


 なるほど……お父様とお母様としては、それを気にしているのね。


「パパと店舗巡りや、ママと王都観光をしましたよ? 一緒に外食もしました」


 だから、ほったらかされていたなんて思わない。


「それに、エマとアラベルがいつも側にいてくれましたし、新しい魔道具の仕様書の作成など、やらなくてはいけないこともいっぱいありましたから」


 だから気にしないでと、安心させるつもりだったのに……。


「やはり、改めなくてはならないようだ」

「ええ、そうね」


 何故か二人とも沈痛な顔になってしまった。


 お父様とお母様が王都で急遽夜会やパーティーにたくさん参加していたのはお仕事の一環で、むしろその事態を引き起こしたのは私だ。

 私の方こそ、申し訳なくて、自省しないといけないと思う。

 だから二人が気にする必要なんて欠片もないのに。


「マリー、私はより深く反省した。その上でマリーに聞きたい」


 お父様の顔がすごく真剣だ。


「相手を厳選して、変な輩に目を付けられないよう、万全の態勢を整えよう。その上で、マリーはお茶会を開いたり、参加したりしたいと思うかい?」

「う~ん……特には」


 本音で答えたら、悲しそうな顔をさせてしまった。


 貴族令嬢として、いつまでもお茶会から逃げられない。

 それは一応理解しているつもりよ。

 同年代の子供達が少しでも育って私と話が合うようになるのを、そして、自分で自分の身が守れるように私が自衛手段を手に入れるのを、二人が待っていてくれたことも。

 私もそれでいいと思っていたから。


 でも、お父様がこういう聞き方をすると言うことは、私がお茶会を主催するか、お誘いに応じるかで、私にお茶会を体験させたい、と言うことよね。


「あ……」


 そこまで考えて、閃く。


「つまり私がお茶会で子供の立場を利用して、子供だから分からないだろうと油断している貴族達から情報収集する役目を担って欲しいと、そういうことですね?」


 貴族教育の一環で、そろそろそういう立ち回りを実践で覚える時期に来たんじゃないかしら。

 お茶会についてどう思うか聞かれたのも、そういう意味があったからに違いないわ。


 多分、正解。


 そう自信満々に答えたら、逆に二人は益々悲しい顔に……。

 何故?


「違うのよ、そういうことではないの」

「ああ……やはり私がマリーに幼い頃から仕事ばかりさせてきたせいだ……一緒に仕事が出来るのが嬉しいからと、マリーの成長が楽しいからと、マリーがやりたいようにさせて止めもせず、現実から目を逸らし続けてきた私の責任だ」

「あの……パパ、ママ?」


 そんな嘆かれたら、なんだか私って駄目な子みたいに思えてくるんだけど?


「あのね、マリー」


 お母様がわざわざソファーから降りて私と目線を合わせるように目の前にしゃがむと、両手で私の手を取った。


「お茶会は、マリーが言ったような意味を持つわ。それは否定しないし、正解よ。でもね、決してそれだけではないの」

「それだけではない、ですか?」

「ええ、お茶会はね、楽しくお喋りをして、お友達を作る場でもあるのよ」

「おとも……だち?」


 ……あれ?


 私……。


 お友達って呼べる子、一人もいない!?


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