190 お仕事は順風満帆



「ふふん、ふんふ~ん♪」

「お嬢様、ご機嫌ですね」


 一仕事を終えて離れの屋敷マリーの仕事部屋を出たところで、エマがニコニコ笑顔で尋ねてきた。

 私がご機嫌だと、エマの笑顔も当社比五割増しでご機嫌になるの。

 それが嬉しくて、私も益々ご機嫌になってしまうわ。


「貧民街の区画整理も、スチーム美顔器と馬車用の空調機の開発も、既存の魔道具の販売も、どれも順調だからね」


 王都に行っている間、私の仕事は滞っていたし色々なことがあったわ。


 だけど領地に戻って来てからは順風満帆。

 全てが一気に進み始めた。


「町でも噂ですね。貧民街の再開発で、平民も貧民も無料で通える学校が出来ると」

「でしょう? ジスランさんによると、出来上がっていくアパートに、貧民達の間で次第に期待が高まっているらしいわ」

「お嬢様が民に顔を見せて直接話しかけているおかげで、ゼンボルグ公爵家が本気なのだと、民も信じているようですね」


 アラベルの言う通りね。


 あれからも、貧民街の炊き出しと町歩きは続けている。

 だって、貧民街の再開発と職業訓練学校の設立が軌道に乗った途端顔を出さなくなるなんて、感じ悪いじゃない?


 それに、町を見て回るのも、町に知り合いが増えるのも、ちょっと楽しいから。

 小さな子供達が『姫様~』って笑顔で手を振ってくれると、嬉しくなっちゃう。

 だから私も『こんにちは~』って笑顔で手を振り返すの。


 その甲斐あって、最近は、ロラを始め、顔見知りになった店主やお客さん達から、少しずつ気安く挨拶や声をかけられるようになってきたわ。

 それで、お土産を貰ったり、世間話をしたり、噂の真偽を尋ねられたり。


 おかげで、いい感じに注目が集まってきたわ。


 長期計画だから、結果が出るのはまだまだ先だけど。

 この調子で、話を広めていきたいわね。


「美容の魔道具も、そろそろ奥様にいい報告が出来そうですね」

「まったくお母様ったら、私じゃなく、エマをせっつくんだものね」

「ふふっ、それだけ奥様も心待ちにされているのでしょう」


 スチーム美顔器は、肝心の熱と振動で蒸気を作る部分がようやく完成。

 この部分は、さすがに私もあれこれ頭を捻って、開発チームのみんなが作った試作品をベースに、試行錯誤を繰り返したわ。

 蒸気をいい感じに噴き出す部分はドライヤーの応用で難しくないし、後は外観をどうするかだけね。


 馬車用の空調機は、床下と座席の暖房は早々に完成。

 今は天井の空調機をどこまで薄型、軽量に出来るかに挑戦中。


 外注のサスペンションの製造がやや難航しているみたいだけど、問題となるほどの遅れにはなっていない。

 馬車の改良は急ぎではないから、じっくり腰を据えて取り組んで欲しいわ。


「懸念されていた魔道具の販売数も、それほど影響を受けていませんでしたね」

「それはわたしも安心しました」

「ええ、そこの安心が一番大きいわね」


 魔石の価格が上がって、その一部を魔道具の価格に転嫁したことで、販売数が大きく減る可能性があったのだけど……。


 エドモンさん達の報告によると、賢雅会とのやり取りは多くの貴族が知るところだったようで、大きな問題にはならなかったみたい。

 文句なら、価格を吊り上げた賢雅会の特許利権貴族達に言ってくれ、よね。


 それに貴族の見栄やプライドとしても、ちょっと値段が上がっただけで買えなくなったとは言えないはずよ。

 エドモンさん達も、そういう方向へ話を持って行っているみたいだし。


 しかも、残りを特許使用料へ転嫁したことで、賢雅会もその分値上げをしたから、賢雅会との価格競争も深刻な事態にはなっていないみたい。


「領内の魔道具師や職人達へはその分だけ補助金を出しているから、減益なのは減益だけどね」

「ですがそれは、お嬢様の身の安全を買うための必要経費です」

「ええ。一人勝ちすれば、一層恨みを買ってしまうもの」


 甘んじて減益を受け入れたのは、賢雅会の特許利権貴族達、王家、その他、痛み分けと思わせて警戒心を解かせ、さらなるトラブルを回避するため。


 私の身を守るため、大勢の護衛を雇って厳重な警備態勢を敷くことになれば、結局そのための給与、装備、寮、事務手続き等、様々な経費が掛かってしまう。

 それと比べれば、手間も掛からず安全で安心だわ。


「それに、大型船が就航して交易が始まれば、きっとすぐに取り返せるわ」


 大型船も、艤装が終わって遂にジエンド商会に引き渡されたそうよ。

 操船訓練も順調で、お披露目の日もそう遠くないらしいわ。


「はい。大型船、楽しみですね」

「実に楽しみです」


 エマとアラベルが進水式で見た大型船を思い出したのか、笑顔が零れる。


「ええ、私もよ」


 釣られて私の声も弾んでしまった。


 そこからは大型船の話になって、さらにあちこち話題が飛びながら、母屋の屋敷へと戻って来る。


「このくらいの時間だと、お父様とお母様はリビングよね」


 ただいまの挨拶をするため、足取り軽くリビングへとやってきてドアを開け――


「私はマリーの育て方を間違ったかも知れない……」


 ――た途端、お父様の苦悩する重々しい言葉が聞こえてきた。


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