186 貧民街の顔役との交渉

 2023/06/13


 06/08に 182 貧民街での炊き出し を投稿した後、

 06/09に 184 町歩きもお仕事です を投稿してしまい、

 06/12に 187 職業訓練学校とは 1 を投稿するまで、183を飛ばしていることに気付きませんでした。


 なので、06/13は 183 貧民達へのお仕事 を位置を調整して投稿しますのでそちらをお読み下さい。

 大変申し訳ありませんでした。


 06/14は 188 職業訓練学校とは 2 を投稿します。


――――――――――






 各商会と職人の組合が、職業訓練学校の情報を平民達に広めてくれている。

 その甲斐あって、ゼンボルグ公爵家が職業訓練学校なる物を作ろうとしているらしい、と言う噂が、職人やお店とその客を中心に広まってきているみたい。

 まだまだ半信半疑の人が大半みたいだけどね。


 私も貧民街の炊き出しと町歩きで、顔と名前が広まってくれた。


 最初こそおっかなビックリで、みんなとの距離や心の壁があったけど。

 最近は大分慣れてくれたみたい。

 顔見知りになった店主や無邪気な子供達が、笑顔で挨拶してくれるようになったわ。


 おかげで、ロラの露店を始め、町歩きで立ち寄ったお店で、店主や買い物をしていたお客さんから、噂がどのくらい広まっているかの話や、職業訓練学校について質問されて、それなりに関心を持たれていることが伝わってきた。


 一部では、私が船員育成学校を作ったことも知られていて、職業訓練学校開校の噂に真実味を持たせているみたい。

 多分、サンテール商会が流したんでしょうね。


 さらに貧民街も少しは綺麗になって、多少は衛生状態の改善と、治安の向上が見られ、ほんの少しだけど貧民達の表情が明るくなったみたい。


「本当に貧民街での犯罪件数が減っています……特に凶悪犯罪でその傾向が大きく、驚きの結果です」

「マリーから聞いていた通りだが……数字として見せられても、にわかには信じがたい結果だな」


 そんな風に、報告に来た文官が言葉通り信じられないって驚きでいっぱいで、お父様も半信半疑で目を丸くしていたわ。


「さすがお嬢様です。まさか町の清掃作業に、本当に犯罪抑止の効果があったなんて」

「これでアラベルも、私の護衛、少しは安心出来るでしょう?」

「はい。ですが、くれぐれも油断はしないで下さい」

「ええ、分かっているわ」


 貧民街の住民の犯罪が減っただけで、外からやってくる者達の脅威がなくなったわけではないものね。


 でも、今のところその兆候はないから平気よ。

 だからその心配は一旦脇に置いておいて。


「そろそろ頃合いよしね。計画を次の段階へ進めましょうか」



「姫様、こんな老いぼれに、どういったご用件で?」


 今、私の目の前には一人のみすぼらしい身なりの老人がいる。

 場所は貧民街にある、この老人の家だ。


 狭いあばら屋で、壁の木板に隙間は多いし、家具は粗末なベッドと椅子代わりの物入れとテーブルがあるだけで、どの家具も古臭くて傷だらけ。

 でも、多少の埃っぽさはあっても、カビ臭くないし、ジメジメもしていない。

 貧民街の外の汚れ具合を考えると、まだ清潔感がある。

 貧しくとも、しっかりとした生活をしている証拠ね。


 そして自分を老いぼれと謙遜しているけど、年齢はオーバン先生と変わらないくらいの五十前後に見える。

 多少足腰が弱っているようだけど、まだまだしぶとく長生きしそうな、どこか芯がある力強さを感じさせる人だ。


「貧民街のこの区画周辺の顔役のあなたに、ご相談に来ました」

「姫様がこの老いぼれに相談ですか?」

「はい。貧民達に慕われているあなたに、是非協力して貰いたいことがあるんです」


 この貧民達の顔役の老人、ジスランさんの側には、私と同い年くらいと四歳くらいの子供が二人、ジスランさんと一緒にベッドに並んで座ってくっついている。

 この子供達は、足腰が弱いジスランさんの世話や雑用をしている近所の子供だ。

 それだけ、この区画の人達から頼られている証拠だと思う。


 ジスランさんもだけど、この子達とはみんな炊き出しの時に顔見知りになっている。

 だから子供達に、護衛として後ろに立っているアラベルや家の外にいる護衛の騎士達の雰囲気に戸惑いや気後れはあるみたいだけど、私自身に対する不安や敵意は感じられない。

 これも地道な広報活動のおかげね。


 お父様の調査によると、ジスランさんは恐らく、古参の貴族が治める領地で役人をしていた平民だろうと言う話だった。


 その貴族または上司と揉めたのか、はたまた彼らの不正の罪をなすりつけられて首になったのか。

 ともかく役人を辞めることになって、流れ流れて領都ゼンバールの貧民街に流れ着いたのだろう、と。


 それももう二十年以上前の話で、外部の人間との接触もなく、潜伏している他領の貴族の密偵の可能性は恐らくないらしい。


 だからなのか、貧民街に長く居着いたせいでかなり崩れてはいるけど、口ぶりや物腰が、かつてちゃんとした教育を受けたことがあることを窺わせた。


「姫様は貧民であろうと、分け隔てなく接して下さっている。炊き出しの日は、姫様を見た、話をしたと、嬉しそうに話を聞かせてくれて、この子達にも笑顔が増えました」


 ジスランさんが節くれ立った指で子供達の頭を撫でると、子供達が嬉しそうだったり照れ臭そうだったり笑顔を見せる。


「この老いぼれに出来ることであればいいのですが」


 さすがに、ジスランさんには警戒の色がある。


 炊き出しで世話になり、お礼や挨拶をするけど、それはそれ。

 貴族の令嬢が果たして何を言い出すつもりなのか。


 と言ったところかしら。


 でも、多少の警戒はあっても、聞く耳を持たないわけではないみたい。

 自分達に迷惑が掛からないことで、出来ることならと、目がそう言っているわ。


 だから私も、誠意を持ってお願いする。


「恐らくジスランさんにしか出来ないことだと思います。貧民街の人達が私達ゼンボルグ公爵家に協力してくれるよう、説得のお手伝いをお願いしたいのです」

「その協力とは?」


「現在ゼンボルグ公爵家では、職業訓練学校を開校する事業を進めています。開校予定地は、商業地区と職人街に近いこの貧民街の一画です。ですから区画整理が必要で、予定地に住んでいる方達には申し訳ないのですが、転居して戴かなくてはなりません。もちろん転居先はこちらで用意しますが、その転居先もまた、貧民街の一画を予定しており、そこも区画整理が必要になります。スムーズに事を運ぶためには、住民の方々の理解と協力が必要不可欠です。そのための説得を、ジスランさんに手伝って戴きたいのです」


 ジスランさんが驚きに目を見開く。

 しばし唖然とした後、ようやく動き出した。


「……失礼しました。あまりにも驚く内容ばかりだったものですから」

「いえ、構いません」


 微笑むと、ジスランさんはしばし私を見つめた後、確認するように切り出してきた。


「幾つかご質問しても?」

「はい、もちろん構いません。私で答えられることでしたらなんなりと」


 ジスランさんに言った通り、スムーズに事を運ぶためには住民の協力が必要不可欠なんだから、顔役のジスランさんを説得するのが早道だもの。

 さあなんでも聞いて頂戴。


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