184 町歩きもお仕事です
2023/06/13
06/08に 182 貧民街での炊き出し を投稿した後、
06/09に 184 町歩きもお仕事です を投稿してしまい、
06/12に 187 職業訓練学校とは 1 を投稿するまで、183を飛ばしていることに気付きませんでした。
なので、06/13は 183 貧民達へのお仕事 を位置を調整して投稿しますのでそちらをお読み下さい。
大変申し訳ありませんでした。
06/14は 188 職業訓練学校とは 2 を投稿します。
――――――――――
「ふんふふ、ふんふんふ~ん♪」
私は鼻歌交じりに、領都の商業地区にある市場のお店を眺めながら歩く。
恰好は、平民が着るような地味目のワンピースだ。
さすがに染めてもいない生地そのままの色のワンピースはエマに却下されてしまって、安物だけどちゃんと染めている生地を使ったいい物だけど。
髪留めも、平民がちょっとした贅沢のお洒落で付けるような、簡素な物だ。
貧民街の炊き出しの時は、ゼンボルグ公爵令嬢としてちゃんとお高い服を着ている。
その後の掃除があるから、動きやすく汚れてもいい服だけどね。
それと比べると、今ならどこからどう見ても、ちょっといい所のお嬢さん程度にしか見えないと思う。
「お嬢様、もう少しゆっくり歩いて下さい。人混みの中で離れてしまったら、わたしの護衛の意味がありません」
ただし、私の斜め後ろには、護衛のアラベルが一緒に付いて歩いているけどね。
「あっ、ごめんね、楽しくてつい」
そのアラベルも、今日は騎士服や鎧じゃない。
簡素なシャツとズボンに、胸当てや籠手、脛当て程度の軽装の革鎧を身に着けていて、いい所のお嬢さんの護衛の私兵程度にしか見えないと思う。
でも、腰に
さらにブーツも支給品。
剣とブーツは使い慣れている物じゃないと、いざという時に不覚を取るかも知れなくて、私を守るのにそんな不安要素は持ち込めないと言うから、快く許可したわ。
ちなみに、アラベル以外にも、そこかしこに一般人や商人の用心棒などの振りをした護衛の騎士達がいるみたいなんだけど、正確な人数は知らない。
知らない方が、いかにもお忍びで町に遊びに来ているお嬢様っぽくて、ちょっと楽しいじゃない?
だからお供はアラベル一人と言う
「……あら? もしかしてこれ苺?」
今日も、そうして市場を散策していたら、野菜や果物を台の上に色々並べている露店の一つで、驚いたことに小粒で数が少ないながら苺を発見してしまった。
「やっぱり苺よね?」
「ほう! お目が高いねお嬢ちゃん! よく苺だって分かっ――」
苺から顔を上げて店主のおじさんに声をかけると、おじさんが私を見て目を丸くして顔を引きつらせた。
「――ひ、姫様!? い、いらっ、いらっしゃられませませぇ!?」
途端に素っ頓狂な声を上げたから、余裕の笑顔でにっこりウィンクする。
「今の私はお忍び中で、町娘の『ロゼ』なの。そういうことでよろしくね、おじさん♪」
「へ!? へ、へい! い、いやぁ、噂で聞いちゃいましたが、姫様がお忍びで、町娘の恰好で遊びに来てるってのは本当だったんですかい……」
「そういうこと。だから変に畏まらず、普通のお客さんと同じように接してくれればいいわ。だって私はロゼだから」
「へ、へい、そういうことでしたら」
ここまでの会話で分かるとおり、実はお忍び中の領主様の所のお姫様、と言うのを前面に押し出して、全然正体を隠していないの。
アラベルが愛用の剣やブーツそのままなのも、敢えて私の正体を晒すためでもあるわけね。
何故そんな真似をしているのか。
現在私は、お仕事の一環として週に一回、貧民街の炊き出しに顔を出している。
だけど、それだけだとバランスが取れないの。
何とバランスが取れないのかと言うと、一般の平民達との触れ合いで。
貧民街には、ゼンボルグ公爵令嬢と言う公の立場を前面に押し出して通っているわ。
だから一般の商業地区や住宅街に全然顔を出さなかったら――
『領主様の所のお姫様は、貧民相手の慈善活動は熱心だけど、俺達のことはどう思ってんだろうな?』
『慈善活動って言ったって、どうせお貴族様の売名行為だろう?』
『本当のところ、お姫様には俺達平民なんてどうでもいいのさ』
――と、こう思われてしまうわけね。
みんながみんなそう思うわけではないだろうし、悪く考えすぎかも知れないけど。
でも、貧民達を贔屓していると思われて、貧民達への当たりが強くなってしまったら、今後の計画に支障が出てしまう。
ましてや私の言葉に真剣に耳を傾けて貰えなくなったら、非常に困るわ。
だから、そうならないよう、バランスを取る必要があるの。
そのための、正体バレバレのお忍びで町歩き、と言うわけね。
じゃあ、もしお忍びじゃなかったら?
お化粧をして、ドレスを着て、着飾って、護衛を大勢引き連れて、豪華な馬車で乗り付けて、となってしまう。
これじゃあ、一般の人達には
お店だって、立ち寄るなら警備の関係上、護衛の騎士達がまず店の中を改めて、お客さん達にはお帰り戴いて、貸し切り状態にしないといけない。
言葉遣いも態度も、無礼を働くわけにはいかないと、戦々恐々になってしまうでしょうね。
それだと平民の人達と距離がありすぎて、やる意味がなくなってしまう。
むしろ来ないでくれと思われてしまうかも知れない。
そんなの本末転倒でしょう?
だって貧民街でそうしているように、より多くの人達に、私の顔と名前、人となりを広く知って貰い、いずれちゃんと私の言葉に耳を傾けて貰うのが目的なんだから。
だから、貴族のご令嬢だけど貴族のご令嬢じゃないから、貴族扱いしなくても問題にしませんよと言うお約束の、お忍びがベストなの。
と言うわけで、改めて。
「市場で普通に苺を売っているなんて驚いたわ。最近になってから、よね?」
「へい。最近、姫様の……ああいや、ロゼ、ちゃん、の? ええい、まあいいや、ともかくジエンド商会や各地の商会が、魔道具を載せた荷馬車で遠方から新鮮な野菜や果物、肉や魚なんかを仕入れたり領都で卸し始めたりして、それで一部が料理店や他の商会だけじゃなく、うちみたいな露店にも回ってくるようになったんでさ」
「そうだったのね」
荷馬車の冷蔵庫、冷凍庫がしっかりと活躍を、しかも
「苺だと、北方のブランローク伯爵領やその周辺からかしら?」
「へい、さすが姫様、じゃねぇ、さすがロゼちゃん、その通りでさ」
新しい流通網が順調で、つい笑みが零れてしまうわ。
「その苺、二粒、戴けるかしら?」
「へい、どうぞ」
「おいくら?」
「姫様から金を貰うわけにはいかねぇですよ」
「今はロゼだから、ちゃんと払うわよ」
「そうですかい? じゃあ、おまけして二粒で二百リデラで」
「二百リデラね。アラベル」
こういうとき、お嬢様は自分でお金を出さず、従者や護衛の騎士に預けているお金から支払わせるらしいの。
だからアラベルが、預けている革袋の財布から百リデラ銅貨を二枚取り出して払ってくれる。
物によって物価が違うから、一概に一リデラを一円換算は出来ないけど、仮にそのレートなら一粒百円だから、日本のスーパーでパック売りしている二十個程入っている小粒の苺と比べると、結構お高い。
しかもおまけしてくれてだから、本当はもう少し高いのよね。
それも、
だって北方のブランローク伯爵領の苺が
「はい、一つはアラベルの分」
「よろしいのですか? 護衛任務の最中ですが」
「いいのよ。せっかくだから一緒に食べましょう」
「……では、お言葉に甘えて。あ、先に毒味を……ん……美味しいです」
「うん、美味しい♪」
品種改良はまだ偶然任せで進んでいないから、決して糖度は高くなくて、酸味の方が強い甘酸っぱさだけど。
でも、新鮮で、私が開発した魔道具と作り上げた流通網のおかげで食べられた味だと思うと、それだけで頬が緩んで美味しく感じてしまうわ。
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