174 レオナード殿下に語り聞かせる弟天使論
楽しい雑談と魔道具談義だったのが、余計な横槍が二度も入ったせいで、とても微妙な空気になってしまった。
だからここは一つ、大きく話題を変えて、明るく楽しい空気にする必要がある。
それに最適な話題と言えば一つでしょう。
「ところで」
「はい、なんでしょう?」
私が話題を変えようとしたことを察したらしいレオナード殿下が、ほっとした顔で乗ってくれた。
「第一王子殿下は、弟君の第二王子殿下のことを、なんと呼んでいるんですか?」
「……え? なんと、って?」
「私は、弟のエルヴェのことを、エルちゃんと呼んでいるんです」
「エルちゃん……ですか?」
「はい、エルちゃんです」
そう、ここは二人の共通の話題、愛すべき宝物、弟の話題に決まっているわ!
私が身を乗り出すと、レオナード殿下はちょっと困ったように視線が泳ぐ。
「特に愛称では……普通にシャルルって」
「そうなのですか? 確かに、特に愛称でないといけないことはないですけど、愛称で呼ぶと、弟がグッと身近で大切な存在なんだって感じられますよ」
「そういうものですか?」
「そういうものなんです」
至極真面目な顔で私が断言すると、レオナード殿下は、そういうものなのかな、と言う顔で、なんとなく頷く。
エルヴェの話題を出して思い出したら、無性に会いたくなってきたわ。
「エルちゃんは、お母様に言わせるとお父様によく似ていると言うんですけど、私はどちらかと言うとお母様に似ていると思うんです。確かに目元はお父様似かなと思うんですけど」
とってももどかしいわ。
ここでスマホがあったら、写真や動画を見せるところなのに!
「お父様は、どちらに似ていても、元気に育ってくれたらいいって言うんです。それはもちろん私もそう思うんですけど、将来お父様に似た格好いい男に育つのか、お母様に似た美人さんな男に育つのか、姉としては気になるところなんですよね。私より美人さんに育ったら、それはそれで嬉しいですけど、ちょっと複雑な乙女心もあると言いますか」
それによって、エルヴェに言い寄ってくるご令嬢のタイプが変わってくるだろうし、変な女からは姉として守ってあげないとね。
それに、美人さんになったら、そっちのけがある男性から言い寄られる可能性もあるわ。
そういう人達を否定するつもりはないけど、エルヴェにそういう趣味がない場合、やっぱり守ってあげないといけないと思うのよ。
だから、エルヴェがどんな風に育つのか、姉としては気になるところだわ。
「第一王子殿下は、第二王子殿下のこと、国王陛下と王妃殿下のどちらに似ていると思っていらっしゃいますか?」
「え……あ……どうだろう? そんなにじっくり見たことがないから」
「ええっ!? それはもったいないです!」
「もったいない?」
思わずさらに身を乗り出してしまった私に、レオナード殿下が身を逸らす。
「私、王都に来るまでは、毎日会いに行って声をかけていたんです。『おはよう』『エルちゃん、お姉ちゃんだよ』『エルちゃん大好きだよ』って」
「毎日会いに?」
「はい。第一王子殿下は、毎日会いに行っていないんですか?」
「そうですね……たまに、くらいで」
「それこそもったいない! 会いに行くのはエルちゃんが可愛いのはもちろんですが、赤ちゃんには、いっぱい話しかけてあげるのがいいんですよ。それだけ家族からの愛情を感じられるし、絆が深くなって、いい子に育つんです」
「そうなんですか?」
「はい。それに、ぷにぷにほっぺは触り心地はいいし、指を差し出すと小さなお手々できゅっと握ってきてとっても可愛いし、にぱっと嬉しそうに笑ったところなんて、もう天使が地上に舞い降りたって思うくらい可愛いんです!」
「そ、そういうもの、ですか……」
「はい、弟は天使! そのくらい可愛いんです! それなのに、毎日会いにも行かない、じっくり見たこともないなんて、すごくもったいないですよ! 人生の半分くらい損しています!」
「血は争えない、か……そっくりだな……」
「え? 先王殿下、今何か
「いや」
弟の可愛さを力説するのに夢中で聞き取り損ねてしまったけど、大したことじゃなかったのかしら?
だったら、そんなことよりも。
改めてレオナード殿下に向き直る。
「弟に本を読み聞かせてあげたり、一緒に遊んだりすると、とっても楽しいですよ。『うぶうぶ、あうあう』とお返事をしてくれたり、話しかけてきてくれて。まだ何を言っているか分からなくても、笑顔を見ているだけで癒されます。エルちゃんは私が守り、育てるんだって気力も湧いてきますし。姉弟仲良しが一番です」
「兄弟仲良しが一番……」
レオナード殿下が少し難しい顔をして考え込む。
たとえ家族でも、どうしても反りが合わないと言う人はいるわけだから、決して押し付ける気はない。
だけど、仲良く出来るならそれに越したことはないものね。
さっき奸臣の例を挙げたからか、先王殿下は何か言いたそうにしながらも、今度は邪魔しないみたい。
それなら遠慮なく、話せるわね。
「それでですね」
「え? まだ続くんですか……?」
「もちろんです。それでですね、エルちゃんが――」
気付けば、お開きの時間になっていた。
「第一王子殿下、本日はお招き戴きありがとうございました。とても楽しい時間を過ごせました」
「僕こそ、色んな話を聞けて勉強になりましたし、とても楽しかったです」
お互いに微笑みを交わす。
後半、いかに弟が可愛い宝物なのかを一方的に力説していただけのような気がするけど……ちゃんと爪跡は残せたかしら?
弟の愛らしさ、大切さに上書きされて、忘れ去られてはいないわよね?
「いつか領地へご招待しても?」
「はい、楽しみにしています」
玄関まで見送ってくれたレオナード殿下とお別れの挨拶をして、合流したお父様、お母様と一緒に馬車に乗り、窓から手を振る。
レオナード殿下も笑顔で手を振り返してくれた。
馬車がゆっくりと動き出し、王宮を後にする。
今日を境に、ゼンボルグ公爵領や派閥の貴族達への風向きが、少しでも変わってくれることを祈るわ。
そして、レオナード殿下とシャルル殿下が仲良くなれたなら、オルレアーナ王国の不安が一つ取り除かれて、付け入る隙が減ったことになる。
益々、余計なちょっかいをかけるくらいなら、領地を発展させた方がいいってなるはずよ。
結果が出るのはまだ先のことだけど……どっちも期待していいわよね?
だって、乙女ゲームの
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