173 悪役令嬢vs侍従

 私の言葉の意味を理解しようと考え込んでくれているレオナード殿下に、確かな手応えを感じる。


 ところが、まるでそれを台無しにするような、鋭く厳しい声が部屋に響いた。


「ゼンボルグ公爵令嬢、先ほどから黙って聞いていれば無礼な発言の数々、あまりにも許しがたい。ここは先王殿下、レオナード殿下の御前である。控えよ!」


 遂に侍従が口を挟んできたわね。

 まるで私を王家の敵と言わんばかりの、すごく怖い顔だ。


 忠言を口にする私に対抗しての、王家に対する忠義の現れかも知れないけど、忠義の使い方が間違っているわ。

 せっかくレオナード殿下が理解しようとしてくれているのに。


 だからここまでとは違い、なけなしの気品を総動員して、背筋を伸ばし、厳しくも凛とした表情と声音で、ゼンボルグ公爵令嬢として、またオルレアーナ王家を前にしたゼンボルグ王家の王女然として、その侍従を鋭く叱責する。


「黙りなさい! 控えるのはあなたです、無礼な!」

「なっ……!?」


 まさか七歳の私に、こんな風に格上の権力者としての振る舞いで叱責されるとは思っていなかったのか、侍従が一瞬言葉に詰まり、怒りに顔を真っ赤にした。


 でもそれにお構いなしで、私は咎める視線を鋭くする。

 そして普通なら、言外の言葉で察しろ、や、内心で思っていても王家の機嫌を損ねないよう口にしないだろう言葉を口にする。

 それも、身の程知らずの侍従と、未熟なレオナード殿下に理解させるためにわざと言っているんだと、あからさまに分かる態度で。


「先王殿下、第一王子殿下、そしてこの私、ゼンボルグ公爵令嬢が話をしているのです。侍従でありながら許しもなく勝手に口を挟み、あまつさえ第一王子殿下の客人であるこの私を愚弄するなど、何様のつもりですか!」

「くっ……!?」

「あなたのその自身の立場をわきまえない思い上がった振る舞いが、第一王子殿下に恥を掻かせ、王家の権威をおとしめていると知りなさい!」

「何を!?」


 侍従が怒りに任せて怒鳴ろうとしてくるのを完全に無視。

 いきなり名前を出されて『え? 僕?』みたいな顔で驚いているレオナード殿下に顔を向ける。


「第一王子殿下。侍従の躾がなっていないようですね」

「え……それは……」

「このような者が第一王子殿下の侍従などと、王家は人材に不足しているのか、人を見る目がないのか、いずれにせよ程度が知れますね。公の場で貴族や他国の者が見たら、果たしてどう思うことか」

「っ!!」


 それって僕の責任なの?

 そう言いたそうな顔のレオナード殿下と、怒鳴りかけて言葉に詰まる侍従。


 先王殿下は苦々しそうに私を睨んでくるけど、私がわざと口にしていることを察した上で、私の言っていることの方が正しいと理解しているからか、文句を言えないでいる。


「あの侍従は第一王子殿下の侍従でしょう? でしたら、客人の私や祖父であらせられる先王殿下より先に、第一王子殿下が侍従の間違った振る舞いを咎め、正さなくてはなりません」

「そう……なんだ……」


 レオナード殿下は少し難しい顔をして俯き考え込むと、顔を上げて真っ直ぐに私を見て、軽くではあるけど頭を下げた。


「ゼンボルグ嬢、僕の侍従が失礼なことを言って申し訳ありません」

「なっ!? レオナード殿下が頭を下げる必要などありません!」

「何を言っているのです。あなたが未だに自身の過ちを認めず謝罪しないから、あなたに代わり、第一王子殿下が頭を下げることになったのです。忠誠心が高いのは結構。ですが、その使い処を誤っては意味がありません。主に恥を掻かせ、頭を下げさせる真似をしたのはあなたですよ」

「このっ……!」


 お前が余計なことを言わなければ。

 握り締めた拳を震わせて、そう憎々しげに睨んでくるけど、まさに、あなたが余計な口を挟まなければ、こんなことにはならなかったのよ。


「なんですかその目は。私を子供だとあなどっているようですが、その子供でも分かる理屈を分かっていない振る舞いをしているのはあなた自身ですよ。まだ自身の行いをかえりみることが出来ないのですか? もう一度、あなたに代わって主に頭を下げさせるつもりですか?」


 オロオロしながら、私と侍従を見比べているレオナード殿下は、段々私に対して申し訳なさそうな顔になってくる。


「っ……申し訳、ありません、でした……!」


 それを目にしたからだろう。

 血を吐きそうなほど悔しそうな顔で、侍従がようやく謝罪の言葉を口にした。


「その謝罪を受け入れます」


 あっさり素直に頷いて、終わったことにする。


 本当にここまでする必要があったのか?

 日本人的感覚としては、そう思うかも知れない。

 私自身、そう思わないでもないから。


 じゃあ波風立てないように、侍従の言う通り、私が先に謝って黙るべきだった?


 いいえ、それは愚策も愚策よ。

 私は望むと望まざるとに関わらず、ゼンボルグ公爵令嬢、マリエットローズ・ジエンドなの。


 良い悪いではなく、この世界の社会制度に照らし合わせれば、もはや私は平民じゃないし、立場もこの侍従とは対等じゃない。

 だから、普段はともかく、このような場では、元日本人としての感覚で日本人の常識に従って動くわけにはいかないのよ。


 だってゼンボルグ公爵令嬢である私が、ゼンボルグ公爵家の娘だから何を言ってもいいと考えて立場を弁えない侍従程度に舐められていいとでも?

 ましてや、そんな理不尽な真似をされておきながら、黙って従ったり謝ったりしたら、私は侍従より下の立場なのだと自他共に認めたことになってしまう。


 そんなの、ゼンボルグ公爵家の権威が地に落ちてしまうわ。

 そして私のみならず、お父様が、お母様が、ゼンボルグ公爵派の貴族、領地、領民全てが、嘲笑われ、侮られるでしょうね。


 ゼンボルグ公爵領やゼンボルグ公爵派に対して、何をしても、何を言ってもいい。

 貴族はおろか末端の使用人にまで、そう増長させることを許してしまうのよ。


 もちろん、謝るべきところでは謝るべきだし、頭を下げるべきよ。

 でも、今の侍従とのやり取りは、非があるのは明らかに侍従の方だもの。

 だからここは波風が立っても、この侍従に逆恨みされても、引き下がれないのよ。


 ただし、侍従に対してはこれでいいとしても、先王殿下には一言言わせて貰わないとね。


「先王殿下」

「な、なんだ」


 まさか七歳児でしかない私がここまで言い、ここまで出来るとは思っていなかったのでしょうね。

 唖然、呆然としていたところに声をかけられて、一瞬、反応が遅れる。


 でも、そんなのは無視して、言うべきことは言わせて貰うわ。


「第一王子殿下はまだこのようなやり取りにはうといご様子。であれば、祖父であらせられる先王殿下が率先して侍従の軽率な振る舞いを咎め、正し、王族としての範を示す必要があったのではありませんか?」

「む、それは……」


 舐めて貰っては困ると、目に力を込めてじっと真っ直ぐに先王殿下の目を見る。


「まさか、私が咎めなければ見逃していた、ゼンボルグ公爵家の娘相手だからこの程度の無礼は見逃してもいい、などと考えておられたわけではありませんよね?」

「ま、まさかそのようなはずがなかろう。無礼であるぞ」

「そうですか。それなら結構です。失礼しました」


 無礼呼ばわりに力がないし、私も形だけの謝罪を口にしておく。


 本当は、そのつもりで見逃していたんでしょうけどね。

 そんなせこいことを考えているから、こんなことになるのよ。


「あ、あの……」


 レオナード殿下が怖ず怖ずと話しかけてくる。


「ゼンボルグ嬢、ご不快な思いをされましたよね? 申し訳ありません」


 この中で、レオナード殿下だけが素直でいい子ね。


「いえ。私も少々きつく言い過ぎたかと思います。私こそ、第一王子殿下にご不快な思いをさせてしまっていたら申し訳ありません」


 それから二人で、いえいえこちらこそと、何度か似たようなやり取りをしてしまって、つい可笑しくなって、二人で噴き出してしまう。

 本当に、レオナード殿下は素直で可愛いんだけどなぁ。


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