172 悪役令嬢vs先王 2

「先ほどから先王殿下はゼンボルグ公爵領を田舎だとおっしゃいますが、ゼンボルグ公爵領は田舎ではありません。領都も宮殿も、この王都と王宮に負けないくらい、大きく発展しています」

「馬鹿馬鹿しい。それこそ戯れ言だな」


 本気で馬鹿馬鹿しいと思っていそうね。


「事実ですよ? 先王殿下はゼンボルグ公爵領へいらしたことはありますか?」

「……ないが、それがどうした?」


 さっきの案内役の騎士達の隊長みたいに、貧乏だ田舎だと言うレッテルでイメージを固めてしまっているのね。

 それは、かつて国王だった者としてどうなのかしら?


「でしたら、お招きしますので、一度ゼンボルグ公爵領へいらして下さい。そうすれば、私が言っていることが本当だと分かって戴けます」

「その必要はない」

「どうしてでしょう?」

「見なくても分かる。ゼンボルグ公爵領の領都がこの王都のように栄えてるなどあり得ん」


 これは、相当に偏屈な老人ね。


「見なくても分かるなど、先王殿下はおすごいのですね」

「何が言いたい」

「いえ、おすごいのだなと」


 実際にゼンボルグ公爵領の領都にある宮殿内の屋敷に住み、王都へやってきて王宮へ招待され、両方を比べて見た私の言葉より、王都と王宮しか見ていない先王殿下の認識と言葉の方が正しいなんて、あり得ないでしょう。

 そこまで行くと、傲慢としか思えないわ。


 さすがにそれを馬鹿正直に言うと、本気で先王殿下を怒らせてしまいそうだから言わないけど。


 ただ、ニュアンスは伝わってしまったみたい。

 先王殿下が怒りで顔を真っ赤にしているわ。


 レオナード殿下はと言うと、そんな先王殿下を訝しそうに見ている。

 多分、レオナード殿下にも伝わったのでしょうね。


「第一王子殿下。よろしければ第一王子殿下だけでもゼンボルグ公爵領へいらっしゃいませんか? 私が王都を見て楽しんだように、第一王子殿下にも、うちの領都を見て楽しんで戴きたいです」


 本当に貧乏で田舎なのかどうか、その目で見て確かめて欲しい。


 言外に込めたその意味に、レオナード殿下は気付いてくれたみたい。

 少し目を伏せて考え込んで、それから決意した目で私を見る。


「是非僕も――」

「その必要はない」


 重く厳しい声音で、ピシャリと遮る先王殿下。

 レオナード殿下が皆まで言えず、驚きに目を丸くして先王殿下を見る。


「どうしてでしょう? 第一王子殿下は招待に応じて戴けるようですが」

「そのような必要はないから必要ないと言っている」


 またそれなの?

 元王様として、そう言えば全てを黙らせられるとでも?

 それはろくな王様じゃないわよ。


「なんだ?」

「いえ」


 ジロリと睨まれたんで、素知らぬ顔で誤魔化しておく。


「先王殿下が招待に応じて戴けないことは分かりましたが、第一王子殿下のそれを妨げる理由はないはずです。名目は視察でもなんでも、将来の王太子候補として、国内の領地を巡り見聞を広めることは、第一王子殿下にとって、とても有益で大切なことだと思いますが」


「レオナード、この者の言葉に耳を貸す必要はない」

「ですがお爺様、僕は――」

「お前は黙って私の言葉に従っていればいいんだ」

「――っ」


 怒りの滲んだ先王殿下の声音に、レオナード殿下が怯んで言葉を詰まらせる。


 これは良くないわ。

 頭ごなしに否定して、大人の意見をただ押し付けるだけだなんて、レオナード殿下の教育上、非常に良くないわ。


「僭越ながら先王殿下。第一王子殿下がご自身で確かめ、考え、判断し、行動することを妨げることは、将来オルレアーナ王国が大きな災禍に見舞われることとなるため、ご再考戴けますよう、具申致します」

「なんだと?」


 将来オルレアーナ王国が大きな災禍に見舞われる。

 そんな不吉なことを、ゼンボルグ公爵令嬢の私が口にしたからか、先王殿下は今にも怒りを爆発させて、『お前が災禍を引き起こすつもりか』と怒鳴り散らしそうだ。


 レオナード殿下は『どういうこと?』とあからさまに狼狽えている。


 自分に関係することでそんなことが起きたらと思うと、怖いわよね。

 レオナード殿下の関心を強く引けたし、先王殿下が下手なことを言い出して収拾が付かなくなる前に畳み掛ける。


「第一王子殿下がご自身で確かめ、考え、判断し、行動することを妨げてしまい、誰かの言うことを聞いて鵜呑みにするだけでは、奸臣の付け入る隙を作ってしまうからです」

「ぬっ……」


 さすがに先王殿下には、この一言だけで理解して貰えたようね。

 レオナード殿下はまだピンと来ていないようだけど。

 あと、部屋の隅のメイドも理解していなさそう。

 侍従は……私を睨むばかりで、理解したのかしていないのか、よく分からないわ。


 だから、主にレオナード殿下へ向けて言葉を続ける。


「もし第一王子殿下が誰かの言葉を鵜呑みにするだけの王太子になってしまっては、甘言でおだてて取り入り操り人形にしようとする者達や、よからぬことを吹き込む者達が現れるでしょう」

「それって……どんなよからぬことを?」

「例えば、『第二王子殿下は第一王子殿下のことがお嫌いで、王太子の座を、ゆくゆくは国王の座を奪い取ろうと考えています。お会いになられては危険です』とか」

「えっ!?」

「しかも、第二王子殿下には『第二王子殿下は第一王子殿下より国王になるのが相応しいお方。第一王子殿下は第二王子殿下を恐れて邪魔に思い、害し排除しようと画策されています』とか」

「そんな!? 僕はシャルルを邪魔だなんて!」

「そうでしょう、そうでしょうとも! 弟はとっても可愛くて、愛しくて、大切な宝物で――コホン!」


 いけない、いけない。

 楽しい弟談義は後でにしないと。


「そうしてよからぬことを考えた者達が、お二人を争わせ、王国を疲弊させ、その隙に玉座を簒奪さんだつしたり、他国と通じ王国を滅ぼしたりするかも知れません」

「そっ、そんなことが!?」

「はい。他者の言葉を鵜呑みにせず、第二王子殿下と直接お会いしてお話をし、ご自身で確かめていれば、そんなことはなかったと避けられた悲劇かも知れないのに、それを怠ったばかりに……です」


 レオナード殿下が青い顔になる。

 ここからは先王殿下にも向けて話す。


「帝国との親善パーティーで、魔道具の特許についての扱いや、魔道具、魔石の輸出入の話が上がりました。それはこれまでにないことです。それは魔道具を切っ掛けに、社会や生活が変わりつつあるためと言えるでしょう」


 それに加えて、ゼンボルグ公爵領がアグリカ大陸と直通航路で交易を開始し、新大陸を発見すれば、さらに時代の変革は進んで行くことになる。


「その新しい時代を作り上げていくのは、他ならぬ第一王子殿下です。新しい時代に対応し、他国に後れを取らないだけの見識と行動力を身につけるためにも、『あれは駄目、これは駄目』と押さえ付けるのではなく、様々な考えに触れ、見聞を広めることこそ、国益に資することと愚考致します。いかがでしょう?」


 先王殿下はもう年を取り過ぎて、今更容易に考え方も生き方も変えられないだろうけど、レオナード殿下はまだ子供なんだから。


「……」

「……」


 レオナード殿下は深く考え込み、先王殿下が不愉快そうに唸る。

 これは、単に『ゼンボルグ公爵領は貧乏でも田舎でもない』と主張するだけより、大きな爪跡を残せたんじゃないかしら?


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