171 悪役令嬢vs先王 1

「ゼンボルグ嬢、レオナードに余計なことを吹き込むのは止めて貰おうか」


 どうやら、お目こぼしの時間は終わりのようね。

 重々しく告げられた先王殿下のその言葉に、内心、遂に来たかと身構える。


 ただしそれは表情にも態度にも出さない。

 代わりに、キョトンとして、こてんと小首を傾げた。


「余計なこと、とはなんでしょう?」


 そんなことを言われても、心当たりがなくて私にはさっぱり分かりません。

 そのスタンスを貫く。


「お爺様?」


 レオナード殿下は、先王殿下が突然そんなことを言い出して会話に割り込んできたのに驚いたのか、顔を上げて先王殿下を振り向いた。


 部屋の隅に控えているメイドと侍従の私へ向ける視線は厳しい。


 でも多分、メイドの方はよく分かっていないんじゃないかしら。

 取りあえず、ゼンボルグ公爵令嬢の私が気に入らない、それで先王殿下がそんなことを言い出したから、不愉快に思って睨んだ。

 その程度だと思う。


 でも、侍従はレオナード殿下への影響を鑑みて、私を牽制したいみたいね。

 先王殿下が口火を切ったから、余計な口を挟まないでいるだけで。


「余計なことは、余計なことだ」


 先王殿下が答えになっていない答えで、私の疑問を切って捨てようとする。


 具体的な明言を避けたのは、レオナード殿下に理解させたくないからかしら?


 さっきの言葉だけでは、レオナード殿下の心に爪跡を残したと言うには、やや弱い。

 先王殿下の今の態度からすると、今後の先王殿下の言葉や教育の仕方次第で、なかったことにされてしまう可能性が高いわ。


 さて、ここで私はどうすべきか……。


 多分、普通の七歳のご令嬢なら、先王殿下にこうまで言われたら、怯えて引き下がって口をつぐむでしょうね。

 それで、新たに提供された話題に乗っかって、もう触れないでおくと思う。


 私もここで引き下がれば波風立たず、王家と余計な確執は生まなくて済むはず。

 現状、ゼンボルグ公爵領の扱いが今より悪くなる要素はないのだから、それが賢い立ち回りのような気がするわ。


 でも……。


 それは単に小さくまとまった、小利口なだけのような気もする。


 だって、これは大きなチャンスよ。

 次はないかも知れない。


 それなら、多少王家と対立したとしても、レオナード殿下の心にしっかりとした爪跡を残す方が、将来の展望を考えれば正解じゃないかしら。

 七歳ならまだ、子供の言うことだと、大きな問題にはなりにくいはずだし。


 厳めしい顔で、じっと私を睨むように見つめてくる先王殿下。

 その瞳の中に見えた感情に……私は決心した。


「余計なこととは、レオナード殿下のお気持ちが分かると言ったことですか? 心の痛みを理解して共感する。それの何がいけないのでしょう?」


 いいわ、対決しようじゃない!


『たかがゼンボルグ公爵家の田舎娘がぶんわきまえろ』


 そんな目で見下されたら、お父様とお母様の娘として引き下がれないわ!


「小娘……貴様」


 まさか言い返されるとは思っていなかったのか、先王殿下が一瞬唖然とする。


「え? え?」


 急に始まった先王殿下と私との対立に、レオナード殿下が付いて行けていない。


 それは部屋の隅に控えていたメイドと侍従も同様だ。

 特に侍従は、まだ七歳の私が先王殿下に言い返したことが理解不能なのか、愕然としている。


 この隙に、畳み掛けさせて貰うわ。


「第一王子殿下は愛する自国に対して心ない誹謗中傷をされ、お心を痛め、悔しい思いをされたご様子。私も、愛するゼンボルグ公爵領に対して心ない誹謗中傷をされ、同様に心を痛め悔しい思いをすることが多々あります。同じ痛みを知る者として、第一王子殿下のお心に寄り添い、その傷の痛みを少しでも和らげて差し上げたい。そう思い、行動することが、どうして余計なことになるのでしょう?」


 飽くまでも、レオナード殿下のためと言うスタンスでいく。

 そして、私も日々傷ついているんだと繰り返し口にすることで、レオナード殿下に印象づける。


 私の意図に気付いてか気付かないままか、いずれにせよ先王殿下は気に入らないのだろう。

 すぐさま私の言葉を遮った。


「同じ痛みを知るだと? 思い上がるな」


 怒気すら感じられるその強い語気に、思わず怯んでしまう。

 よほど私の言いようがお気に召さなかったみたいね。


「オルレアーナ王国は大国だ。それも、オルレアーナ王国とヴァンブルグ帝国の国力は拮抗しているのだぞ。ヴァンブルグ帝国貴族の子供が、我がオルレアーナ王国を田舎呼ばわりをするなど、その無礼についてはともかく、所詮は物を知らん子供の戯れ言だ」


 両国の国力は拮抗している。

 確かにそう教えられているし、オルレアーナ王国の誰もがそう言うわね。

 どこまで正確かは分からないけど、地図上でもほぼ同じ広さで描かれているし。


「翻って、ゼンボルグ公爵領はどうだ? 大陸の端。交易路の終着点。所詮は片田舎の貧しい一領地でしかない。我がオルレアーナ王国全てと比べること、それ自体がおこがましい」


 そう信じて疑っていない。

 それが分かる物言いだ。


 でもね?

 その両国が拮抗する国力と国土の広さは、広大なゼンボルグ公爵領を含めての話なのだけど。

 それを指摘したらさすがに先王殿下を刺激しすぎだと思うから、しないけどね。


「それを理解出来るだと? たかが一貴族の令嬢が、王家の第一王子を理解しようなどと考えることそれ自体が傲慢なのだ」


 一見すると筋が通っているようにも聞こえるけど、論点がずれているわよね。


「領地と国の広さ、貴族と王族の違いなど、この場合、比較の意味がないのではありませんか? 愛する故郷をおとしめられた。しかも間違った認識で。そういう意味では同じ立場なのですから、わざわざそこに無関係の理屈を持ち込んで別物として扱い、傷ついたお心に寄り添うことを妨げることに、なんの意味があると言うのでしょう?」


 先王殿下の目元がヒクヒクと歪む。

 どうやら、お怒りらしい。


「さすが田舎領主の娘だな、礼儀も何もあったものではない」

「意見を述べることを礼儀知らずとそしられては、誰も王家の方々に意見を述べることが出来なくなってしまいます」

「この私に口答えし刃向かうつもりか」

「いいえ、私は口答えし刃向かっているわけではありません。ただ第一王子殿下をお慰めしたいという臣下としての有り様を、道理にそぐわない理屈で理不尽に妨げられたことは、今後の王家と貴族家の関係にいらぬ歪みを生み出しかねないため、そのような事態を招かないようにと、忠言させて戴いたに過ぎません」


「この田舎娘が、何が忠言だ。口だけは達者なようだが、礼儀知らずにも程がある」

「忠言するのに、私がどこの貴族家の出身であるかが関係するのでしょうか?」

「その言葉を聞く価値のある相手と、そうでない相手がいると言うだけだ」

「では、私が中央の貴族家の出身でしたら、忠言に耳を傾けて戴けたと言うことでしょうか? しかし、私がゼンボルグ公爵家の娘だから差別し、私の忠言には耳を貸さず、忠言を発することも許さないと、そうおっしゃるのでしょうか? しかし、ゼンボルグ公爵家も他の貴族家同様、王家の臣下に変わりはありません」

「チッ……」


 先王殿下が、不機嫌を前面に出して、盛大に舌打ちする。


 さすがにここで、ゼンボルグ公爵家は他の貴族家と違い臣下として認めないとか、他の貴族家より格下で、その発言に耳を貸す必要はない、なんて公言は出来ないわよね。

 だから、どんな理不尽な目に遭わされても負けない、その気概を込めて、先王殿下を真っ直ぐに見つめる。


 ただほんの一瞬横目で確認すれば、レオナード殿下がその私の様子を見て、とても悲しそうな顔をしていた。

 きっと、ヴァンブルグ帝国大使館のパーティーでの自分と重ね合わせてくれているんだと思う。


 先王殿下はそれに気付かず、ゼンボルグ公爵家をこき下ろした。


 まだ七歳のレオナード殿下の純粋な気持ちを利用するようで良心が咎めるし、私も大概大人げないと思うけど……。


 でも、今の私の姿をよく見て覚えていて欲しい。

 中央の貴族達がゼンボルグ公爵派の貴族達に対して、普段からどういう態度を取っているのかを。

 それがいつか、オルレアーナ王国を乗っ取る陰謀すら生み出してしまう、恨みと憎しみの温床になってしまうと言うことを。


 そして考えて欲しい。

 いずれ王太子として立太子され、国王になる立場として、自分がどう振る舞うべきかを。


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