167 ゼンボルグ公爵領への間違った印象
「偶然ここで出会えたのもいい機会だわ。公爵、公爵夫人、場所を変えてお茶でもいかがかしら?」
「でしたら妻のマリアンローズと二人、ご婦人同士でどうぞ。娘の付き添いもありますし、男の私は辞退しておきましょう」
「あら、遠慮せずに公爵もいらっしゃいな。子供は子供同士。そこに大人が交じるのは無粋でしょう。それに是非私も聞かせて欲しいものだわ、美容の魔道具について」
そういうことなのね。
お父様とお母様、そして私を分断すること、きっとそれが真の目的だったんだわ。
もし私がレオナード殿下と結婚したがっていて、そこにお父様やお母様が同席したら、上手く話を誘導されてレオナード殿下は言質を取られてしまうかも知れない。
でもその場にお父様とお母様がいなければ、子供同士の口約束なんて、いくらでもなかったことに出来る。
それに、美容の魔道具について詳しく知りたいのも本音でしょうし。
こう言われてしまったら、お父様とお母様も断りにくかったみたい。
「謹んで、ご招待を受けさせて戴きます」
「ええ、そうなさい」
お父様が誘いを受けると、王妃殿下が満足げに頷く。
そして周囲に控えていた侍女や護衛――自分が暮らす屋敷で大勢の護衛を連れ歩いている時点で絶対に偶然じゃないわよね――と共に、王妃殿下が先に立って歩き出した。
「済まないがマリー」
「はい、大丈夫です。お父様とお母様は王妃殿下と共に」
「ええ。マリーなら一人でも大丈夫。しっかりね」
「は、はい」
これは、慣れない王宮で一人不安になるだろう娘を勇気づけているように見せかけて、しっかり目的を果たしなさい、と言う激励よね。
言葉を交わした後、お父様とお母様、その護衛の騎士達は、王妃殿下に付いて去って行く。
「それでは公爵令嬢、どうぞこちらへ」
レオナード殿下の侍従と同行していた護衛の騎士達に囲まれたまま、私とアラベルだけが別方向へ案内されていく。
相手の人数はそのままで、こちらの人数が減ったから、威圧感が半端ない。
そうして私を牽制するのも目的の一つだったのかもね。
しかも、誰も彼もが前を向いたまま、黙々と歩き続けている。
職務に忠実と言うこともあるんでしょうけど、ことさら無視していると言った方が正しい寒々しさだ。
王宮の廊下は幅広く、さらに天井が高く、冬だけに空気がひんやりと冷たく、待ち構えていた王妃殿下一行以外、使用人とすらすれ違わないから、余計にね。
レオナード殿下がゼンボルグ公爵令嬢の私を招待したのが、よほどお気に召さないらしい。
この塩対応に、アラベルが不機嫌になっていっているのが、背中越しでも伝わってくるわ。
「どうですか、我らが王宮は」
不意に、隊長らしい年配の騎士がチラリと振り返って、そんなことを聞いてきた。
目と口元に小馬鹿にするような笑みが浮かんでいる。
もしかして、ゼンボルグ公爵領の田舎者のご令嬢が、王宮に圧倒されて緊張し、田舎者丸出しのお上りさんをしているとでも思っているのかしら?
いえ、それを期待している顔ね。
なんというか……ゼンボルグ公爵領を貧乏だ田舎だと馬鹿にするレッテルを迂闊にも鵜呑みにして、深く考えていないことが丸分かりだわ。
「ええ、大変立派な王宮ですね」
だから私は、事も無げに答える。
廊下の壁や柱の装飾は豪華で、飾られている壷や絵画も品が良く高価そうだ。
壷などは、デザインからすると中東の国の物かしら。
絵画は風景や戦いを描いた物が目立つ。
さらに一定間隔ごとに、魔道具のランプが壁に掛けられていた。
ボタンが複数あるからマリエットローズ式のようね。
多少洒落てはいても、アンティークシリーズに相当する従来のデザインだ。
残念ながら王宮は賢雅会の特許利権貴族達の縄張りで、
事実、立派でお金が掛かっていて、招いた者達にその財力と権威を見せつけるようになっている。
けど、それが何? と言う感じよ。
だから、私が期待通りの反応をしなかったことがお気に召さなかったらしい。
その騎士は、あからさまに不機嫌な顔になる。
「それだけですか? これほど立派な王宮は他にはないでしょう。初めて目にして、感動しているのではありませんか?」
「いえ。だって
初めてお出かけするときに馬車の中から見た立派な宮殿。
帰宅後、あそこをツアー客よろしく見学させて貰ったわ。
その時のガイド役はお父様ね。
うちの宮殿と、この王宮は、建築様式や装飾に違いはあれど、規模その他、大きな差があるとは感じない。
余所様の家と言う物珍しさはあれど、それだけだ。
だけど、どうやらこの騎士はそれが分からないみたいね。
「ははっ、まさか。田舎のゼンボルグ公爵領にこれほどの王宮があるわけがないでしょう」
子供の見栄か何かだと決めつけているのかしら。
むしろ、うちの方が魔道具関係でお金が掛かっていると言ったことに、苛ついたみたい。
それ以前に、この騎士も三十代半ばと言ったところ。
七歳児相手に、いい大人がマウント取りに行くって、恥ずかしくないのかしら?
私が詳しく説明しようと口を開きかけたら、それより早く、アラベルがあからさまに不機嫌な声音で咎めるように反論する。
「貴様、何を勘違いしている。ゼンボルグ公爵領は今でこそオルレアーナ王国の領地だが、かつてはゼンボルグ王国だったのだ。それゆえその広さも、一公爵家の領地とは比較にならない程に広大だ。そして領都ゼンバールはかつての王都。一国の王都に、この王宮に匹敵する宮殿があって何がおかしい」
何故そこに考えが至らない。
貧乏だ田舎だと貼り付けたレッテルで勘違いし、考えなしの的外れな批判をするな。
それが公爵令嬢のお嬢様に対する態度か。
ましてや世が世ならお嬢様は王女殿下で、元より貴様達とは身分が違う。
そう言外の文句付きだ。
「チッ……」
言われて思い至ったらしい騎士は、舌打ちすると前を向く。
そしてそのまま、私達をガン無視だ。
「隊長、そこまでにしておきなさい」
この一連のやり取りを、レオナード殿下の侍従は終わってから形だけ咎める。
そんなの、注意しましたと言うポーズを取っただけで、ただのアリバイ工作でしかない。
「なんて無礼で幼稚な……」
アラベルがボソッと文句を漏らすけど、まさにその通りだわ。
程度が知れるというものよ。
「アラベル、人の振り見て我が振り直せ、よ。小娘一人になった途端、大勢で囲んでいるのをいいことに饒舌になり、それを見逃し許すだなんてことがないよう、
「はっ、失礼しましたお嬢様。さすが大人でいらっしゃる」
そう聞こえよがしに小声の振りでたしなめると、アラベルが文句を漏らしたことを恥じ入るように頷いた。
当然、侍従と周囲の騎士達から、生意気な小娘どもめ、みたいな苛ついた気配が伝わってくる。
これが王家に仕える侍従と騎士なの?
本当に、程度が知れるわ。
まだレオナード殿下のところに辿り着いてもいないのにこれだなんて。
なんだかもう疲れて帰りたくなってきたのだけど。
そして……。
「ようこそゼンボルグ嬢」
レオナード殿下が待っていると言う応接室へ案内されて、真っ先に頭に浮かんだのは『してやられた』だった。
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