166 王妃の待ち伏せ

「ご機嫌麗しく、王妃殿下」

「その後、体調は良さそうですわね。安心しましたわ、王妃殿下」


 公式の場ではないからか、丁寧ではあるけど格式張っていない挨拶をするお父様とお母様。

 二人は先日、第二王子のシャルル殿下の誕生をお祝いするために王宮に来ていたから、そこで挨拶は済ませていたんだろう。

 まだそれから一カ月かそこらだから、お久しぶりにもならないわね。


「ええ、体調はすっかり元通りよ。気を遣わせましたね」


 王妃殿下は鷹揚おうように頷くと、おもむろに私に目を向けた。


「その娘が噂の?」

「はい、娘のマリエットローズです」

「王妃殿下におかれましてはご機嫌麗しく。初めてお目にかかります。ゼンボルグ公爵令嬢、マリエットローズ・ジエンドです。この度はお招き戴きありがとうございます。ご挨拶が遅くなりましたが、第二王子ご生誕おめでとうございます」


 お父様の紹介の後、すかさず丁寧に挨拶をする。

 もちろん、なけなしの気品を総動員して。


 公式の場ではないから、そこまでする必要はないと思う。

 しかも社交界にデビュー前のまだ七歳の子供なんだから、多少の粗相は見逃して貰えるはず。


 でも、それに甘えたりしない。

 だってこれは、私からの先制攻撃なんだから。


「……オルレアーナ王国王妃、シャルロット・ラ・ド・オルレアーナよ。随分としっかりとした娘のようね。噂通り……いえ、噂以上かしら」

「恐れ入ります」


 お父様が、ちょっとドヤ顔になって微笑む。

 お母様も自慢げだ。


 厄介な気配を感じたんだろう、王妃殿下はお父様とお母様ではなくて、ことさら私に目を向ける。

 でないと、お父様とお母様の怒濤の娘自慢が始まりそうだったものね。


 あれは私も側で聞いていて恥ずかしいから、話を先に進めてくれるのは助かるわ。


「あなたにもお礼を言うべきなのかしら、ね?」


 王妃殿下はその必要はないけれど、一応は、と言う感じで、今の言葉をお礼にした。


 なんのお礼なのか。

 多分、魔道具と変更機構に私の名前が使われているから、だと思う。


 さすがに子供の私の前で、シャルル殿下誕生の切っ掛けになったマリエットローズ式ランプの話を匂わせることはしないでしょうけど。

 レオナード殿下から聞いた、普段使っているドライヤーや空調機、冷蔵庫のことに、それを紛れ込ませてのお礼よね。


 それらの意図を読んだ上で、こてんと小首を傾げる。


「お礼ですか? 王妃殿下とは、初めてお会いしますが」


 だって、『どういたしまして』どころか『第二王子殿下のことでしたらお気になさらずにどうぞ』なんて言うわけにはいかないじゃない?

 先制攻撃を仕掛けたとは言え、さすがに今の一言だけで紛れ込ませた意図まで読み切った子供――しかもこの歳でもう子供の作り方を知っているませた子供――と言う印象を、王妃と言う立場の人に与えるのはちょっと怖いし。

 ましてや、魔道具を開発しているのが私だと疑問を持たれることすら避けないと。


 だから、飽くまでも無関係で素知らぬ振りをする。


 お父様とお母様も、きっとそんな私の意図に気付いてくれているに違いないわ。

 余計な口出しをしないで、見守ってくれているから。


「王宮で使っている魔道具のことよ。あなたの名前が付いているでしょう?」

「そのことでしたか。それはお父様が付けたので。ですが、お言葉、ありがたく頂戴します。私の名が冠された魔道具が、日々、王家の皆様のお役に立てているのでしたら幸いです」


 ちょっと困ったように照れ笑いをして、その上で、私の名前が付いている物のことだからと、ちゃんとお礼の言葉を受け取る配慮までしておく。

 この配慮も、先制攻撃に続く二撃目だ。


 日本人の一般的な感覚だと、ここは謙遜するところでしょうけどね。


 私が開発した物じゃありません、と表向きはそうなっていて、誰もがそう思っていたとしても、私の名前が付いた魔道具で何かあったら私の名前や名誉に傷が付く。

 直接関係なくても不名誉を被るのなら、名誉や感謝もまた受け取ってしかるべきでしょう?

 いいことがあってもお前の手柄じゃない、でも、悪いことがあったらお前のせいだ、なんて理屈は道理が通らないわ。


 謙遜は美徳でも、場合によっては必ずしもそれが正解とはならないのよ。


「……本当に、随分としっかりとした娘ね。どのような教育をしたら、この歳でこれほどの教養と作法を身に着けられるのかしら」


 唖然とした王妃殿下に、お父様とお母様のドヤ顔が益々絶好調ね。

 だって本当に、お父様とお母様の貴族教育の賜物だもの。


 それに、先制攻撃、二撃目と言っても、別に王妃殿下と敵対するとか、やり込めたいとか、そういう話じゃないわ。


 王妃殿下が何故こんな廊下の途中で偶然を装って待ち構えていたのか。

 それは、私の品定めのために決まっている。


 無礼だったり、レオナード殿下に取り入る気満々で王妃殿下に媚びを売ったりすれば、著しく評価を下げたはず。

 下手をすればこのまま追い返されていたかも知れない。


 さすがに今の時点年齢でレオナード殿下とどうこうなるつもりはないわ。

 でも、だからと言って軽んじられるのは面白くないもの。

 だから少なくとも、レオナード殿下の招待に応じて面会しても大丈夫と思わせるだけの知性と品位を示して、ゼンボルグ公爵家の品格を上げるくらいはしておきたい。


 そのための先制攻撃ね。


 もちろん、レオナード殿下に気があると勘違いされないよう、現在話している相手は王妃殿下だから王妃殿下との会話に集中していますと言う意味も込めて、レオナード殿下の名前も話題も一切口にしない。


 そして、どうやら王妃殿下の警戒心を下げることに成功したみたい。

 王妃殿下が私から、お父様とお母様に視線を戻した。


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