165 王宮へ



 空には灰色の雲が重く垂れ込め、しんしんと雪が降る。

 王都オルレアスの町並は、白く雪景色に染まっていた。


 冬が到来し、オルレアーナ王国は本格的な社交シーズンを迎えた。


 普段、お父様とお母様はゼンボルグ公爵領にいて、特に用がなければわざわざ王都まで来ることはない。

 それは社交シーズンでも同様で、王都へやってきて社交界に顔を出すのは、三年に一度くらいの頻度だったと思う。

 例年なら、領地で派閥の貴族達を迎えての社交ね。


 だけど今年は親子三人で王都に滞在だ。


 魔道具の販売は順調。

 大型船の完成も目前。

 だから今後の交易のことを考えて、あちこちに顔繋ぎをしたり影響力を持ったりと、色々準備を進めておきたいらしい。


 また、かなり人数は少ないけど、派閥の貴族達の中には社交シーズンを王都で過ごす貴族もいて、派閥だけの小さな夜会への参加もあるみたい。

 もちろん夜会だから、デビュー前の私は不参加ね。


 じゃあ代わりに子供達が集まるお茶会があるかと言えば、それもない。

 一カ月もの長旅になるし、ゼンボルグ公爵領の子供は貧乏だ田舎者だと馬鹿にされるから、それを嫌って王都に来たがらないらしいわ。


 それに加えて。


 私がうっかり漏らしたと言うていの、美容の魔道具の情報。

 これが王都に滞在する貴族達の間にあっという間に広まった。


 その結果、詳しく話を聞きたい、優先的に手に入れたいと、お父様とお母様にパーティーやお茶会の招待状が殺到してしまったの。

 ちなみに、期待通りそれらの貴族達の圧力も多数あって、賢雅会の特許利権貴族達はブルーローズ商会うちへの魔石販売の早期再開を決めざるを得なかったそうよ。


 おかげで無下にも出来ず、お父様とお母様はこの冬、とても忙しいことに。

 大使館のパーティーが済んで、魔石の問題も片付いたから、本格的な冬の到来の前に領地へ帰る、と言うわけにはいかなくなってしまったのね。


 そしてもう一つ。

 私に絶対外せない予定が入ってしまったから。


 それが何かと言えば、レオナード殿下からの王宮へのご招待だ。



 私は冬用の厚手の生地のドレスに身を包み、ヴァンブルグ帝国大使館のパーティーの時以上に磨き上げられ、飾り付けられ、輝くばかりのお姫様に仕上げられて、王家の迎えの馬車に揺られていた。


 さすが王家の馬車だけあって乗り心地はいいわ。

 ゼンボルグ公爵家うちの馬車に負けないくらい振動が少ないもの。


 それに足下には、火鉢と言うか小型電気ストーブと言うか、そのくらいの出力の暖房の魔道具が置いてあって、車内がほんのり暖かい。

 多分、マルゼー侯爵領製じゃないかしら。


 ただ、十分に暖房が効いていると言えるほどの暖かさではないのよね。

 どうせなら、うちの空調機を載せて温風を出させた方が暖かいと思う。


 でも、魔道具を足下に置いたら邪魔だわ。

 お父様とお母様は、これはこういう物だと思っているみたいだから、邪魔だとも考えていなさそうだけど。


 どうせなら足下は床下暖房にして、座席にも同じく暖房を付けて、空調機は首振り機能をカットした上で薄型にして天井に付けたら、省スペースかつより暖かく出来るんじゃないかしら。


 うん、いいわね、冷暖房完備の新型馬車。

 屋敷に帰ったら、忘れないうちに仕様書をまとめてしまおう。


 ……なんて、ちょっと現実逃避をしてしまったわ。

 パーティーで招待に応じたものの、まさか本当に王家が許可を出すなんて……。


「……目立ちましたよね?」

「そうだな」

「王家の紋章が入った馬車が、わざわざゼンボルグ公爵家うちの屋敷にまでやってきたのですものね」


 向かいの席に座るお父様が困り顔や思案する顔、私の隣に座るお母様が嬉しそうな顔や企みを巡らす顔、様々な表情を見せる。


 きっと今ごろ、お迎えを目撃した他の屋敷の門番や使用人達が、屋敷の主人に報告しているんじゃないかしら。

 あっという間に王都中の貴族達に噂が広まりそうだわ。


「もし、マリーが第一王子殿下と結婚したいのなら、これは大きなチャンスだ」

「そうね。殿下がマリーに一目惚れして、最有力の婚約者候補として王宮へ私的に招待したと、そう噂を広めれば、反発も招くでしょうけど牽制にもなるわ」

「マリーがその後も頻繁に第一王子殿下と会う機会を作れれば、さらにその噂に信憑性が出る」

「殿下をうちの屋敷へ、そして領地へご招待出来ればなおいいわね」


「当然、王家は火消しに走るだろう。しかしそれを上回る勢いで噂を広めて既成事実を重ねれば、形だけでもマリーを婚約者候補に入れざるを得なくなる」

「そこまでこぎ着ければ、後はマリー次第ね。殿下のお心を射止めて、殿下に絶対にマリーと結婚したいと言わせることが出来れば、婚約者の座に手が届くわ」

「私もマリアも全力で万難を排し、なんとしてでもマリーが婚約者に決まるように動くと約束しよう」

「……私、まだそこまでは考えられません」


 いま私がどんな顔をしているか分からないけど、そんな私を見て、お父様とお母様が苦笑を漏らす。


「だろうね。もちろん、それで構わないよ」

「ええ。だってマリーの気持ちと幸せが最優先だもの。ただ、絶好の機会と言えばそうだから、ちょっとだけもったいない気もするけど」


 正直、もったいないどころか、頭を抱えて転がり回りたいくらいだわ。

 だってこの状況、まるで陰謀の前倒しよ。


 オルレアーナ王国を乗っ取る意図はなくても、やろうとしていることは同じなんだもの。

 動機の根っこが、オルレアーナ王国への恨み辛みか、私の幸せかの違いなだけで。


 幸いなのは、これが強制じゃないこと。

 選択肢は私の手の中にある。


 現状、『ゼンボルグ公爵領世界の中心計画』は順調に進んでいるから、今は子供同士仲良くする程度で十分のはずよ。

 政略結婚は出来れば遠慮したいし、恋だ愛だと語るにはまだ早すぎるわ。


 でも……。


 別の視点から見れば、こんな絶好の機会、滅多にあるものじゃないわ。

 だって、いずれ王太子に、そして国王になるレオナード殿下と、差し向かいで話を出来るなんて。


 レオナード殿下の意識改革。

 王家とゼンボルグ公爵家との関係改善。

 働きかけたいことはいくらでもある。


 だから、頭を抱えて転がり回りたいけど、気持ちを切り替えて、色々と語らせて貰うとしましょう。

 ゼンボルグ公爵領の明るい未来のために。


 そんなことを考えていると、やがて王宮の門が見えてきた。

 門をくぐり、そこからさらにしばし馬車で移動して、やがて王宮の一画にある屋敷の前に到着する。


 馬車を降りると、出迎えの使用人達と、警備と言う名の監視役の騎士達がずらりと揃っていた。


「ようこそお出で下さいました、ゼンボルグ公爵閣下、公爵夫人、公爵令嬢。私は案内を務めさせて戴きます――」


 レオナード殿下の侍従だと言う人の挨拶の後、先導されて屋敷へと入る。

 当然、お父様、お母様、私、それぞれの護衛の騎士も一緒だ。

 その護衛の騎士達の中でもアラベルが一番年下でこういう経験が少ないからか、すごく緊張しているみたい。


 玄関ホールは広く、壁や柱の装飾は豪華で、シャンデリアも大きい。

 ホール中央と、ホールを囲むように配置された階段には赤い絨毯が敷かれていて、いかにもな雰囲気ね。


 王宮と言っても、その敷地内には数多くの豪華な宮殿や屋敷が建っている。

 建物ごとに、謁見の間や式典が行われる大広間などの政治の場、ダンスホールや会食のための広間などの交流の場、王族の生活の場、などと役割が決まっているの。


 今回案内されたのは、王族の生活の場となる屋敷の中でも、王妃殿下と二人の王子殿下が暮らす屋敷だ。

 招待してくれたのがレオナード殿下だから、そこに問題はない。


 問題なのは――


「まあ、ゼンボルグ公爵、公爵夫人、いらしていたのね」


 ――ホールを抜けて廊下を進んでいる途中、王妃殿下が偶然を装って待ち構えていたことだ。


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