164 閑話:ハードな食事会 王都グルメ探訪

◆◆◆



「わぁ~美味しそう♪」


 運ばれてきた格式高いフルコースの一品目である前菜と、その料理の説明に、マリエットローズが歓声を上げる。

 その様子にエドモンは微笑ましそうに頷いた。


「お嬢様のリクエスト通り、スパイスブーム以前の味付けで頼んでありますので、安心してお召し上がり下さい」

「スパイスでせっかくのお料理の味が台無しになったらがっかりだものね♪」

「ええ、なので店側もとても協力的でしたよ」

「ふふ、後でシェフにお礼を言わないと♪」


 給仕係は口元にわずかに満足げな笑みを浮かべ、一礼すると退室した。


 そして、大人三人は赤ワイン、マリエットローズはブドウジュースで乾杯し、食事が始まる。


 本日、エドモンは、マリエットローズ、リシャール、マリアンローズのゼンボルグ公爵家の三人を、商業地区にほど近い貴族街にある料理店へと案内していた。


 割高ながらも魔石購入の目処が立ったおかげで、マリエットローズが賢雅会の特許利権貴族達から直接害される可能性はほぼなくなった。

 そこで、そのお祝いの食事会を開くことになり、その店の選定と予約をエドモンが依頼されたのである。

 そうして選んだのがこの店、王族もお忍びで訪れると言う、王都で貴族達に人気の有名店だった。


 王族や貴族が利用するだけあって店の格式は高く、個室のみ。

 誰に気兼ねすることなく、安心して食事が出来る。


 おかげで、全員がリラックスしたいい雰囲気で食事を楽しむことが出来た。


 前菜は、ニンジンのムースとゼリー。

 スープは、澄んだ色合が美しい牛のスネ肉由来のコンソメスープ。

 魚料理は、マスのムニエルのレモンソース掛け。

 肉料理は、牛肉のローストの赤ワインソース掛け。

 生野菜は、オークレタスなどの新鮮な葉野菜と季節の根菜のサラダ、フレンチドレッシング掛け。

 チーズは、クリーミーなカマンベールチーズ、青カビのロックフォール、山羊乳のクロタンチーズの盛り合わせと、チーズを載せるバゲット。

 デザートは、ラム酒漬けのスポンジケーキであるババ・オ・ラム。

 フルーツは、洋梨のコンポート。


「ん~~美味しい♪」

「マリー、気に入ったかい?」

「はい、すごく♪ ゼンボルグ公爵領と同様の食材でも、ソースなどの味付けが違って新鮮で楽しいです」

「ふふ、それは良かったわ」


 リシャールとマリアンローズは会食などで何度かこの店を利用したことがあったが、マリエットローズは当然初めてである。

 公爵令嬢らしくマナーに則って、そしてリシャールとマリアンローズとの会話を楽しみながら、心から美味しそうに料理を口に運ぶ様子に、エドモンは内心胸を撫で下ろしていた。


 しかし、同時に別種の緊張を孕み、耳を澄ませる。


突き出しアミューズはまだ――セールスポイ――」


「ポタ――も早い――どれも原産が――」


「――リームは当然――デザートのバリエ――」


 あまりにも小声のためほとんど聞き取れず、全容は窺い知れない。

 しかし、マリエットローズの料理を見つめる眼差しは、無邪気に料理を楽しんでいる様子とは一転して真剣だった。


 おかげで、知らず、ナイフとフォークを握る手に力が入ってしまっていた。


 最後にコーヒーと丸い焼き菓子ブールドネージュでコースが終わると、マリエットローズからは笑顔が零れる。


「ご馳走様でした。どれも美味しかったわ♪」

「お嬢様にご満足戴けたようで何よりです」


 マリエットローズの満足げな様子に、リシャールとマリアンローズも笑顔を零して、エドモンはブルーローズ商会副商会長として面目躍如である。


「さて、お料理は十分堪能しましたし、検討会を開きたいと思います」


 そう、満を持してマリエットローズが宣言する。

 食事会の本番はここからだった。


「前菜でよく使われるアスパラガスやグリーンピースは、今は季節が合わないですけど、冷蔵倉庫と冷凍倉庫があれば旬以外でも楽しめますよね」

「そうだな。同様に葉野菜の新鮮さも引き延ばせる。今回は王都近郊で収穫したオークレタスがメインだったが、王都へ持ち込める範囲は広がるだろう」

「王都の水運を利用して、ゼンボルグ公爵領うちから持ち込めないかしら?」


 分かっていたことではあるが、目の前で、公爵のリシャールと公爵夫人のマリアンローズと、まだ七歳のマリエットローズが同じ目線で検討をしている姿に、エドモンは改めて舌を巻く。

 リシャールとマリアンローズも、このときばかりはマリエットローズを娘と言うよりも、信頼の置けるビジネスパートナーや、なんなら王として宰相に相談するように接しているのだから、気持ちだけでも置いて行かれないようにするのが大変だった。


「牛肉は噛み応えがありましたね」

「そうだな。決して筋張っていて固いと言うことはなく、問題なく噛み切れるが、肉質は固めと言えるだろう」

「そのいかにもお肉を食べていると言う歯ごたえが、男性には人気よ。でもわたしやマリーには、ちょっと重たいわね」

「はい。だから、シャルラー伯爵領産の牛肉は脂の甘みが強くて柔らかく、口の中でとろけるような食感が楽しいですから、王都で出せば差別化を図れ、女性客を期待出来ると思うのですけど、どうでしょう?」


 マリエットローズが振り向き、リシャールとマリアンローズも目を向けてきて、エドモンは心持ち姿勢を正す。


「お嬢様のおっしゃる通り、十分に需要はあるかと。むしろそこを大々的に宣伝するべきだと思います」


 満足そうに頷いたマリエットローズに、エドモンは顔に出さず、内心で大きく胸を撫で下ろした。


 しかし、聞かれたことに答えるだけでは信頼は得られない。

 ましてや、商人としてのプライドが許さない。


「魚料理も、今は川魚ばかりです。北海岸も南海岸も獲れる魚は他領と同じ物が多くなりますから、フィゲーラ侯爵領など西海岸からの冷凍輸送を主眼に置くべきかと」


 我が意を得たりとばかりに嬉しそうに頷いたマリエットローズに、エドモンはまたしても内心で大きく胸を撫で下ろした。


「お父様、ジエンド商会うちが出す料理店のフルコースでは、魚料理と肉料理の間に一品追加したいです」

「ふむ、それはどんな料理なんだい?」

「魚料理も肉料理も味付けが濃いですから、口直しでさっぱりさせて、肉料理をより楽しめるようにするための料理で、ソルベと言います」

「ソルベ、とは?」

「シャーベットです。例えば甘い果汁のシロップを凍らせて――」


 その淀みない説明に、エドモンのみならず、リシャールとマリアンローズも驚きを隠せなかった。


 冷凍庫を食材の保存や輸送のみならず、お菓子作りにまで使う。

 そのあまりにも自由で柔軟な発想に、鳥肌が立ち、身震いしていた。


 氷菓と呼ばれるデザートは、現在もあるにはある。

 万年雪を莫大な輸送コストをかけて運び、それに果汁や蜂蜜をかけて食べると言う、王族や一部の上級貴族でも滅多に食べることが出来ない、超高級品だ。


 エドモンも、冷凍庫があれば道中で万年雪が溶けるのを防ぎ、超が取れた高級品くらいにまで価格を下げられるだろう、と言う目算はあった。


 しかし今回も、マリエットローズの発想はその遥か上を行った。


 冷凍庫さえあれば誰でも作れる新たな製法。

 より美味しそうなレシピ。

 しかも万年雪の輸送コストを全てカット出来るため、今この瞬間、季節限定の超高級品の氷菓が、季節を問わない嘘みたいに安価なデザートに早変わりしてしまったのだ。


「お嬢様……それは流通の革命に続く氷菓の革命です……デザート事情が一変します」


 目眩がしそうな思いで、やっとそれだけを搾り出す。


「もう、エドモンさんはいつも大げさね」


 いつも謙遜して照れ笑いするマリエットローズだが、エドモンにしてみれば、毎回掛け値なしの本音である。


 この幼いお嬢様の中に、まだ自分が知らない知識と発想が果たしてどれ程詰まっているのか。

 それを想像するだけで、鳥肌と身震いが収まりそうになかった。



 そんな驚きの食事会は終わりを迎え、支配人や副支配人に見送られ店を出る。

 ほっと肩から力が抜けたのは、仕方がない話だろう。


「そうだエドモンさん」


 不意に、前を歩いていたマリエットローズが振り返る。


「はい、なんでしょうか?」

「他のお店でもリサーチしたいわ。またどこかいいお店を紹介して貰えないかしら」

「畏まりました。期待していて下さい」


 反射的に笑顔でそう答えながら、エドモンの全身から脂汗が噴き出してくる。

 これは、毎回ハードな食事会になりそうだ、と。


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