168 レオナード殿下との交流 1

 そしてもう一つ、『大人げない』だ。


 王族であるレオナード殿下の私的なご招待で会うのに、部屋の中まで護衛を連れて行くわけにはいかない。

 それは、レオナード殿下を、ひいては王家を警戒して信用していない。

 または、レオナード殿下を害する意図がある。

 そう解釈されてしまう失礼な、状況によっては敵対的な行為とされる。


 だから応接室の前で、護衛のアラベルと案内してきた騎士達は、従者や護衛が控える隣室へと案内された。

 つまり、応接室に入ったのは、ゼンボルグ公爵家側では私一人だけだ。


 ここで、一人がけのソファーから立ち上がったレオナード殿下が、笑顔で歓迎してくれた。

 他に、部屋の隅にメイドが控えていて、案内してきた侍従も一緒に部屋に入ってきて壁際に控えたところまではよしとするわ。

 元よりレオナード殿下と完全に二人きりになれるはずがないのだから。


 ところがこの場に、それ以外の異物とでも言うべき人物がいた。


 二人がけのソファーに堂々と座っている先王殿下、その人だ。


 しかも立ち上がりもしなければ、挨拶の言葉もかけてこない。

 ジロリと、明らかに歓迎していない目を向けてくるだけ。


 これは、完全に『してやられた』。


 お父様とお母様と分断されただけじゃなくて、相手は保護者付き。

 こちらはメイドも侍女も護衛もいない。

 アウェーで孤立無援だ。


 何が『子供は子供同士。そこに大人が交じるのは無粋でしょう』よ。

 この屋敷は王妃殿下と二人の王子が暮らす屋敷だ。

 王妃殿下がこの状況を知らないわけがない。


 先王殿下の役割はまず間違いなく、私がレオナード殿下に対してアプローチを仕掛けたり、何か都合が悪いことを言ったりした場合に、邪魔すること。


 初めて王宮を訪れるため、勝手が分からず心細いだろうまだ幼いご令嬢。

 そのご令嬢を気遣って、保護者として同行した両親。

 それなのに、わざわざ両親と引き離し、自分達は監視役の怖い大人を居座らせその言動に目を光らせ、まだ幼いご令嬢を独りぼっちにさせる。


 これを『大人げない』と言わずしてなんと言うの?


 ……もっとも、半分くらいは自業自得の気がしないでもないけど。


 ヴァンブルグ帝国大使館のパーティーでは色々あったから、完全に目を付けられてしまったんでしょうね。

 それも、悪い方の意味で。


「本日はお招き戴きありがとうございます、第一王子殿下」


 ともかく、動揺も警戒も顔と態度に出さないように気を付けながら、にこやかにお礼を言ってカーテシーする。


「先王殿下におかれましてはご機嫌麗しく。先日のヴァンブルグ帝国大使館のパーティーではゆっくりご挨拶も出来ず、また王家の方々をお騒がせしてしまい、失礼しました」


 ソファーに座ったまま、絶対に不機嫌で歓迎もしていないだろう大人げない態度の先王殿下には、こちらが大人になって謝罪も含めて丁寧に挨拶をする。


「ふん」


 私の挨拶に対して、鼻を鳴らすのみ。

 改めて、大人げない、偏屈な年寄りだわ。


 レオナード殿下が困った顔をして先王殿下を見てから、改めて私に笑顔を向けてくれる。


「ゼンボルグ嬢、どうぞ座って下さい」

「はい、失礼します」


 私は客人でも、レオナード殿下より身分は下になる。

 だからレオナード殿下が座ってから、私もソファーに座った。

 レオナード殿下の正面の一人がけのソファーに。


 二人がけのソファーに先王殿下が居座っているせいで、レオナード殿下との距離が微妙に遠い。


 部屋の隅に控えていたメイドが紅茶を淹れてくれて、お茶菓子と一緒に全員に配る。

 さすが王宮で雇われたメイドだけあって、所作は綺麗だし、カップとソーサーを置くときに物音一つ立てない。


 エマもゼンボルグ公爵家のメイドに、しかも長女の私のお付きメイドに相応しいだけの教育を受けているけど、さすがにここまではいかない。

 多分、このメイドは上級貴族の血筋に連なる者で、幼い頃から徹底的に教育されてきたんだと思う。

 その点、大商会とはいえ平民出身のエマとは、どうしても下地から違ってしまう。


 ただこのメイド、愛想は悪い。


 澄まし顔で、話しかけるな仕事だから対応するけどそれだけだオーラが、これでもかと醸し出されているんだもの。

 ほんのわずかな所作の違いだけど、レオナード殿下と先王殿下に給仕する時と、空気の柔らかさが違うことからも明白ね。


 本当に、徹底的にアウェーだわ。


 でも、それならそれで、腹をくくれると言うものよ。


 わざわざこちらから敵対しようとは思わないし、するつもりもない。

 だけど、一方的にやられるのを我慢して、舐められるわけにはいかないもの。

 つまり、相応の反撃をしても構わない、と言うことよね。


 殴っていいのは殴られる覚悟がある奴だけだ、と言う格言通りに。


「ん……美味しい」


 舌を湿らせておこうと、カップに口を付けて驚く。

 一口飲めば、余計な渋みはなく、香り高い上にまろやかな味わいがあった。


王家うちの直轄地で栽培している茶葉なんです」


 レオナード殿下がちょっと自慢げで嬉しそうだ。

 自分の領地の物を褒められたら嬉しいわよね。


「まあ、そうだったのですか。王家で栽培されている茶葉なのですね」


 お母様直伝によると、男の子の自慢話は大げさに驚いて感心するのがいい、らしい。

 さらに、相手の言葉を繰り返して言うことで、あなたの話を関心を持ってちゃんと聞いていますよと言うアピールになる、と言う話なので、合わせて実践する。


「はい、そうなんです」


 レオナード殿下が益々自慢げで嬉しそうな顔をする。


「どこかの商会で扱っている品でしたらご紹介戴こうと思ったのですが。それは残念です」

「それは済みません。王家うちでしか出していない茶葉なので」


 では帰りにお土産に持たせましょう、と言う展開にはならないのね。


 してはいけないのか、それもとまだそこまでスマートに対応出来ないのか。

 飽くまで話題作りのためで、本当に欲しかったわけじゃないからいいのだけど。

 だってゼンボルグ公爵領うちにだって、美味しい茶葉はちゃんとあるもの。


 それなら代わりに。


「では、とても貴重な茶葉なのですね。そんな茶葉で歓待して戴いてありがとうございます」


 微笑むと、少し申し訳なさそうな顔をしていたレオナード殿下が、ほっとしたように微笑む。

 掴みはオーケーかしら。


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